記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【推しの子】考察 ゴロー生存+犯人説 アンチミステリ+ミステリ 165話

 165話が公開され、残すところあと1話になりました。
 ここまでくると、悲劇的な結末で幕を下ろし謎は読者に多く残されたままとなります。けれどチェス盤をひっくり返して考えてみると、種明かしはなし、つまりこれは読者への挑戦状であり、受けて立たないわけにはいきません!
 考察に真っ向から取り組み、考えも二転三転しましたが、ついに妥当性の高い結論を得られたので投稿してみます。


これまでの考察
・アイと子をもうけた父親は:カミキヒカル
 しかしアクアとルビーの父親はカミキヒカルではない(時系列が合わない)
 アイとカミキの子は転生前のツクヨミである
 現ツクヨミはカミキと正妻の間の子である

・ゴロー殺しの犯人は:(おそらく)斉藤壱護
 アイの出産が宮崎の病院だと知っているのは、本来はアイ、ゴロー、斉藤壱護のみ
 (情報を漏らした人間に傷害意図があったと見なす場合)
 アイとゴローは懇意のため、斉藤壱護しか残らない
 またゴロー殺害者には、本人か協力者が宮崎の病院周りの土地の権利を持っている必要がある(ゴローの遺体が転落した位置から移動させられ、そこから16年見つからない必要がある)

・アイの父親は:(おそらく)さりなの父親
 アイとさりなは同い年、さりながもし親が芸能人だったらについて言及している、ゴローがアイに入れ込んでいるなどを考慮するとアイとさりなは父親が共通
 天童寺まりな54歳と同年代とすると、金田一敏郎56歳とも歳が近くララライ立ち上げ時の失敗に関わった可能性がある

・この作品はフィクションなため、フィクションの脚色として転生は否定できる(別の手段で転生を説明できる)


アンチミステリ - 絡新婦の理と虚無への供物

 165話から、ニノの供述をもとに同様の被害者の存在、そしてアクアのつけたアウトラインと同じ解釈を警察側もしていることが描写されました。しかしそれでもなおカミキには殺人教唆で立件できない程度の関与しかありませんでした。
 作中の公式見解としてニノの供述にアクアの転落心中が合わさって、重要人物としてカミキが浮かび上がってきたのではないでしょうか。しかし私は、カミキを諸悪の根源だと主張する発想はニノがオリジナルなのではないかと考えています。15年の嘘を進行するうえで、アイの母親にも取材したアクアがニノに接触していないわけがありません。アクアがカミキを告発するうえでニノの論理を援用したように感じています。つまり結局カミキの周りでただ人がたくさん死んでいるだけに過ぎないのです。
 カミキを真犯人とすると時系列が大いに乱れるのは既に多くの読者が指摘する通りです。ではなぜアクアは破綻したカミキ真犯人説を巨額の金を掛けてまで告発したのでしょうか。これがどうやっても解き明かせない大きな謎でした。
 彼の心情を推し量るのに使えるのが「絡新婦の理」と「虚無への供物」です。両者は「環境が人を殺す」という点で共通ですがその背景で主張が異なってきます。
 「絡新婦の理」の「環境が人を殺す」は、殺人の動機(メカニズム)のある人間を殺人可能な環境におけば殺人を犯させることができる、真犯人である蜘蛛はその環境をコントロールすることで意図して殺害を引き起こし利益を得ていたという話でした。
 「虚無への供物」の「環境が人を殺す」は、変死者が相次いで起きていた家系にまたも死体が出たが、犯人の動機は愛する父の無意味な事故死を、意味あるものに変えなければ耐えられなかったゆえだと語られます。
 全ての元凶として、蜘蛛はアイです。メフィストのCDジャケットでもアイドル衣装のアヴちゃんのモチーフが蜘蛛なことに表れています。ですが彼女が死してなおも積み重なる死体やアクアたちの行く末が、はたして意図されたものなのか偶然の産物なのか、はたまた運命なのかは誰にもジャッジできません。
 絡新婦の理の死体にはすべて犯人の意図がはたらいていますが、虚無への供物の死体は意図した殺人以外はすべて事故死の死体です。こうして見比べるとアクアの陥っている環境はむしろ「虚無への供物」に近いと目せるのではないでしょうか。突発的なアイの死に、意図を見出せなければ耐え切れなくて、「絡新婦の理」のロジックをニノから援用してカミキを告発した。
 尻切れトンボに思える幕引きも、「虚無への供物」が連続して死体が発生する前半部分までが乱歩賞に応募されたことの踏襲なのではないでしょうか。その後作中で、作中人物の書いた真相を暗示させる小説『凶鳥の死』が披露されていることも、【推しの子】が冒頭でフィクションと断られていることと似通います。【推しの子】は虚無への供物を踏襲したアンチミステリ、いや『凶鳥の死』を踏襲した物語とも言えそうです。つまり、推理小説でありながら推理小説であることを拒否する反推理小説である――――

死亡時期偽装のミステリ

 と結論付けようとしましたがそうは問屋が卸しません。未解決の謎がまだまだ残っているのです。やはりゴロー殺しは浮いているし、ララライ初期の話も回収されていません。カミキの関与した人死にが他にも多数あるとゴローの死も含まれていたコマで、むしろゴローの死を埋没させるための叙述なのではと疑ってかかっています。星野家にとってやはりゴローの死は奇異なのです。
 推しの子がアクアの主観を尊重する書かれ方をしているのを踏まえて読み返していた時、ふとルビーの供述が引っ掛かりました。私は推しの子がフィクションだと断っている以上、転生も作中現実では起こっていないと認識しています。ですがルビーの口ぶりは、やはりゴローと交流があったような語り口なのです。
 推しの子ではルビーはさりなの転生体として語られていますが、1巻7話で「武道館の時もっと手高かったよ」と「ママのライブの映像は何百…何千回も見た 振りだって全部覚えてる」でのコマ内描写は食い違います。さりなは12歳までしか生きられなかったのに、アイは12歳時点で武道館の地を踏めているわけがないのです。だから武道館の振りを何百回と見たのはさりなではなくルビーです。
 ルビーはあかね相手にせんせへの思いの丈を語っています。推しの子がアクアの主観視点で語られるとして、他者同士の間であった客観的事実には編集が働きずらいです。あかねがこの話題に特に引っ掛かりを覚えている様子もなく、ではルビーとせんせの間の交流とは実際にあったことなのではないでしょうか?ルビーはゴローの死体に遭遇し名前を聞きショックを受けていることから、ルビーの認識の中でせんせとゴローは同一です。つまりゴローはアイ出産以後も生存していたのではないでしょうか?

 アイの死後、壱護も失踪していることから、同タイミングからのゴローの消息もまた追えなくてもよいです。また、ゴローの死体を成立させるためには長期間死体を放置しなおかつ発見されない状況を維持しなければならないため、病院周りの土地の権利に何らかの関与ができる必要があります。それだけの権利を持つ者ならば、警察を抱き込んでの死体の偽証も可能でしょう。土地の権力者と類推できる天童寺の名も作中で登場しています。ゴローの生存を問わなければならないのは、アイの出産からアイの死までの4年間です。この期間に生きていたとしたらゴローがアイの死に関わることは十分可能です。
 前提条件を変えて眺めてみると、そもそも壱護が宮崎の病院を決めたのはゴローに診てもらうためという可能性もありそうです。(壱護とゴローの間に人脈があったらの仮定になりますが)
 ルビーだけアクアよりゴローと会う機会が多かったとしたら、ルビーがゴローに懐いていることも、二人分のDVDが分けられて用意されていたことも説明がつくのではないでしょうか。双子それぞれに父親への思いの違いがあり、アイはそれを見計らいながら徐々にゴローに接触させていたのではないでしょうか。そう考えると、やはり私がこれまで考えてきたアイとゴローが懇意になり、ゴローが双子の育ての親を買って出たという線はありえそうに思えてきます。

 アクアは、アイの殺害前後で犯人に繋がる決定的な証拠を見聞きしているのでは?と考えます。急激なストレスがかかり抑圧下におかれた事物は極端に認識されにくくなります。母の死に関連して決定的な証拠を知っているのに、その証拠は抑圧下にあり本人には認識できない。歪んだ認知のまま犯人を明らかにすることに取りつかれた結果がカミキの告発であり、抑圧された認識がゴローの転生として出力されているのではないかと考えます。
 アクアは少なからずアイの死に負い目を感じているだろうと思います。一方でゴローが犯人である証拠を見聞きしていたりして、もう一方で既にゴローが死んでいることも見聞きしているとします。自分のせい・死の原因・ゴローの死、これらが統合されると自分はゴローの生まれ変わり…に繋がるのではと思います。アイの死に、自分のせいとゴローのせいが並立しており、
内心はゴロー犯人説を主張しているものの証拠の記憶は事件のショックで抑圧され、ゴローの死によってもゴロー犯人説が否定されるため、事件の原因を自分に結び付けざるを得ない、
自分のせいでアイが死に、自分はその原因を知っていて(しかし抑圧下にあり認識できない)、ゴローが死んでいることも知っている、ならば自分が死んだゴローでありアイの死から逃れられない、こう繋げられないでしょうか。
(ゴローの死として聞かされたのではなく、ゴローを(育ての)父親だと仄めかされたうえで、(実の)父親がいない理由としてもう既にいない(死んでいる)とぼかされて伝えられていたのかもしれません。当時三歳という年齢的に想定できる範囲です)

 この作品がゴローの転生を強固に主張し続けなければならない理由が、まさしくゴローの死亡時期をズラすアリバイ・嘘であり、そうすることでゴローは死者として自由に作品世界を闊歩できる・闊歩していることをマスクできると考えます。ゴローが死体・転生体として隠され続けなければならないことこそ、ゴローこそが真犯人である証だと主張します。
 ミステリでも死亡偽装をして容疑者から外れるトリックなどは定番ですし、視点主・語り手が精神異常を起こしているあたりも例があります。百鬼夜行シリーズ壱作目では主人公が目の前にある死体を認識できないという事態が描写に織り込まれています。仮にゴロー犯人説をとった場合のアクアはまさしくそのケースに当てはまり、見えているはずの真相が見えないという様相に重なります。
 そのような意味で推しの子は、アンチミステリの骨組みの上に通された歴としたミステリであると主張できます。

 時系列としてはこうです。アイが妊娠し、宮崎の病院でゴローと出会い懇意になります。ゴローが音信不通になったのはアイの出産日ですが、リョースケに突き落とされたのはゴローとは限りません。双子が生まれた後、アイの願いで父親としてゴローはたびたび双子と接触します。
 ドームライブが近づいてくるころ、アイはカミキとの子を妊娠します。アイはその子を産むことを決断し、おそらく卒業を決めていたと思います。ただこれ以上命を背負い込むことでカミキはさらに不安定化しそうだったため、アイはカミキから離れました。
 アイのカミキの子を産みアイドルを卒業するという決断が、托卵という意味でか、さりなの果たせなかった夢を投げ出すという意味でか、母親として責任がないと見なしたか、ゴローの逆鱗に触れ、アイを懲らしめる画策を始めます。ゴローがカミキと面識があったなら、弱みと怒りを刺激して、カミキの自供通りリョースケに住所を教え花束を渡すような状態にしました。
 ですが主に誘導したのはリョースケの方です、ゴローはおそらくリョースケとは接触していて、宮崎の病院で突き落として逃げた人物がいることを聞き出していたでしょう。その人物と自分とを入れ替えた。死体を用意してゴローを示す所持品を身につけさせ、病院裏の祠に遺棄し、自分自身は失踪しました。真実を知るのは年端もいかない双子のみ、という寸法です。

 アクアとルビーの父親は最後まで分からずじまいですが、絡新婦の理でも最後の父親当てには答え合わせがないため、踏襲としても美しいのではないでしょうか。



 いかがでしたでしょうか。
 ところどころ強引すぎるきらいもあったと思いますが、「なぜ転生が必要なのか」について「ゴローの死亡時期と犯人説をカバーするための叙述トリック(フィクション)だから」とするときれいに説明できるのが気に入っています。
 私は、推しの子が冒頭でフィクションと断っている限りにおいて、目的のある嘘であり解けるフェアなミステリだと思って読んできました。ほかの皆さんのミステリとしての考察が読みたくてめちゃくちゃ飢えてます。みんなも読者への挑戦、やろう!


追記:絡新婦の理は既読なんですけど、虚無への供物を未読のままwikiをさらって考察しています。未読なのになぜ虚無への供物を挙げられたかというと、推しの子ってうみねこのなく頃にに似てるな…って考えてたからです。幻想描写と愛という名の嘘だったり、踏まえられてる部分があるんじゃないかなと想像してました。虚無への供物にたどりついてから、うみねこの虚無への供物成分に気が付いたり、うみねこのミステリvsアンチミステリのキャッチコピーを思い出したりしました。そういう意味で推しの子は、アンチミステリの上にミステリが乗ってる変な構造をしているんじゃないかと思って表題をつけた次第です。
(と思ってググりなおしてみたらどうやらうみねこのキャッチコピーはアンチミステリvsアンチファンタジーだった…)
 

いいなと思ったら応援しよう!