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【推しの子】考察 カミキヒカルの一人二役

 この記事は【推しの子】考察 父親は斉藤壱護の補遺になります。


再読と双子トリック

 暫定の真実にたどり着いてから、改めて推しの子を読み返すのはなかなかに面白かった。壱護周りの描写はやはり丁寧だなとか、この場所はここまで自分から言っちゃうのとか、一番顕著だったのは2巻序盤の地下アイドル関連で「贔屓メンバーが運営と付き合ってる」という愚痴だった。これはひとえにアイの神秘性一つで覆い隠していたと言っていい。(うみねこのなく頃にの序盤で絵羽おばさんの指摘で全部真相を掠らせてるのと似てクソ度胸一本で勝負してて最高になる)

 終盤まで読み進めて「ん?」と思ったのが、ツクヨミが幼少期の双子を一人二役で演じる様だ。ミステリで双子といえば、双子の入れ替わりや双子の片方が二人とも演じていたなど、双子トリックには枚挙に暇がない。本作では男女の双子なため双子トリックの出番はなかったが、それにしても舞台からして双子役の一人二役はいわくありげだ。
 メルトがゴローを演じる話で、見えない位置のアイグッズへの認識の有無でルビーの心証がガラリと変わる回がある。これはある事実が明らかになることで、出来事への印象がガラリと変えられてしまう、この作品自体も含めた自己言及も織り込んだエピソードだ。こうした場面それ自体が何かを指し示しているという配置は推しの子では少なくない。
 気になっているのは「カミキヒカル」という表記だ。異質さを表しながら、漢字表記が明らかになったのは153話まで下ってのことだ。一方で2巻に表れた「神崎光」の名刺も気になる。やはり神崎光はカミキヒカルと読むのではないか。途中まで私はカミキを神崎光だと思って、カミキが苺プロにスタッフとしてどうやって在籍していたかを考えていた。

カミキヒカルの一人二役

 そこでひらめいたのが、同姓同名だった。この場合は同音同名と言うべきか。神木輝も神崎光もカミキヒカルなのだ。神崎光が苺プロに在籍していたなら、おそらく彼が斉藤壱護だ。壱護が通名で神崎光が本名なのだろう。

 カミキヒカルは二人の名前だった。神木輝と神崎光をいっぺんに指し、それはカミキと壱護のことだった。「カミキヒカル」という文字列が、一人二役だったのだ。

 まさに漫画という紙面表現が生かされた見事なトリックだと言えよう。カミキヒカルという存在の特異さで、カタカナ表記である理由も目的もすっかり覆い隠されてしまう。
 カタカナ表記が貫かれたのは、ひとえに「カミキヒカル」の二重性を保持するためだろう。カミキヒカルと書かれたとき、双方に当てはまる場面もあれば、神木だけ、壱護だけに該当する内容もあるはずだ。それらを曖昧にはぐらかしながら、一人の人名として内包するのが「カミキヒカル」だ。作品が読者へつく嘘の、一つの重要なトリックだと言えるだろう。

 このカミキヒカルの重なり合いに、私は恩田陸の「六番目の小夜子」を思い出した。ある高校で三年ごとに生徒の中から選ばれる「サヨコ」という儀式の年に、同じ名前を持つ津村沙世子という少女が転校してきてしまう。次々に起こる不可解な出来事ははたしてどの「サヨコ」の仕業なのか、という小説だ。「サヨコ」とは代名詞であり、その正体は読者の興味を結末まで牽引する重要な謎である。この「代名詞」を介した犯人当て(フーダニット)がまさしく【推しの子】と共通する部分でもある。決してアンフェアではない、先駆者のいるれっきとしたトリックなのだ。

家系図

 そして、神木と壱護が同じカミキヒカルであることにはもう一つメリットがある。それは、アイとルビーのような相似形を見出だせることだ。カミキに惹かれたアイ、アクアに惹かれたルビーのような関係性の相似を神木・壱護にも想定することで、周辺関係を含めた家系図を完成させることができる。

家系図(仮)

 家系図ミステリとしての集大成といった感じだ。
 時系列順に見ていくと、神崎光(壱護)はカミキ(神木輝)のように、10代前半のうちに女に襲われ、子供を産まれる。それがカミキ(神木輝)だ。壱護はアラサーになり、アイと出会い、子を儲ける。姫川愛梨は壱護ともカミキ(神木輝)とも寝ており、アイも壱護と関係を持ちながらカミキを愛した。
 壱護とカミキの顕著な相似形は、10代前半に女に襲われる部分だろうか。カミキが気に病んだ姫川大輝の存在は、実際は壱護の種だったわけだが、壱護の場合は見事に女が産み落とし、それがカミキだったわけだ。ややこしい!
アイとカミキの間に子がなせていたら、ものすごいインブリードが起きていただろうことがわかるだろう。逆に、壱護とカミキに血縁があることで、アクアがカミキの子でなくともカミキとよく似ていることが説明できると思う。
こう考えていくと、アクアと壱護の間にも物語的な相似を見出だせてくる。アクアのメインヒロインはそれぞれルビー、有馬かな、黒川あかねだが、壱護が子をもうけた女性はアイ、姫川愛梨、10代の頃の女と、それぞれ3人いる。役どころは禁断の女、最愛の女、不幸になる女とでも言えようか。

ツクヨミの正体

 少し脱線になるのだが、ツクヨミの話だ。ドームのタイミングでアイが殺されたのが、アイの二度目の妊娠に起因するのなら、その子供の父親こそがおそらくカミキだ。生まれられなかったアイとカミキの近親相姦の子、その生まれ変わりがツクヨミなのではないか。ツクヨミの持つ神としての特異性は、近親相姦により煮詰められた神懸かりだとしたら説得力はないだろうか。
 私は転生もオカルトを介在させずに説明できると思っている(平たく言えば死人の情報を知る大人が子供に教えてしまえば実現すると考えている)。ツクヨミの現世の体は、大人が死人の情報をもたらしたいと思う子供、つまり因果と血縁の深い子供であると考えられる。家系図の中に組み込める存在なはずだ。
 第一候補はカミキの実子だ。アクアもヒロイン三人、壱護も女三人と関わりが深いのならカミキにも枝を伸ばして、カミキが現在家庭を持っており、その娘がツクヨミだと考える。アクア18歳のときカミキ33歳、アイの死後五年の二十歳前後に子を授かったと考えればあながち大外れでもないのではないか。
 壱護が失踪中にもうけた子という可能性もないではない。真犯人が壱護な以上、真相を語り得るのも伝え得るのもまず第一に壱護だ。ただ壱護とカミキは親戚筋(!)でもあり、仕事柄の関わりなども考えると、ツクヨミがカミキの子でも壱護との接触回数はある程度確保されるのかもしれない。
 いずれにせよ、ツクヨミは生まれる前も生まれ変わった後も「カミキヒカル」の子ということなのかもしれない。
(私は依然としてカミキ(神木)の子支持である。何せヒロインの数が三人で揃うとバランスがいい!)

 これでツクヨミの瞬間移動のタネも説明できる。子供一人では大移動できなくとも、子供なのだから関係者である親に伴って移動しているにすぎないのだ。


 改めて家系図を眺めると万感の念がある。推しの子を読むたびに、推理するたびに、引きたくてやまなかった家系図でもある。うれしい。
 子供世代に注目すると、絡新婦の理の四人娘とも照応が見出せる部分があるのも感慨もひとしおだ。
・姫川大輝 …当主と別の女の間に生まれた長子、織作紫
・星野アクア…不明の父親を探す次女、織作茜
・星野ルビー…アクアとの間ではDNA鑑定を行っておらず、異父過妊娠だと
       母親が他所の男と関係を持ち孕んだ可能性を残す。
       不明の父親にして外の父親。織作茜であり織作葵
・ツクヨミ …是明と真佐子の近親相姦の実子、織作碧

大輝と神木輝の字が同じほか、子供世代4人がみんな輝きにちなんだ名前なのも面白い。脈々と星の輝きが受け継がれているのだろう。

(家系図について補遺:アイとさりなの父親と壱護の関係について、本来二人は血縁があれば遠縁でも問題ない。カミキの10代前半の性的搾取を壱護にも相似させて組み上げた家系図なため、さらにその父親まで相似の線を伸ばして推測で組んでみたのがアイさりなの父親と壱護との関係線だ。仮にこれが本当だった場合アクア・ルビー時点で血の濃さが尋常じゃないため、実際はもう少し穏やかな血縁になると考えられる)

ニノの電話とカミキヒカル

 カミキヒカルが二人いる仮定の元で組んだ家系図から、副産物として得られたのは、焦点となる男たちのヒロインたち三人の立ち位置がそれぞれ重なりあうことだ。

 今まで、重曹ちゃんとの恋愛パートは、ゴローとして過去に囚われるかアクアとして今を選べるかの表れとして理解していた部分がある。しかしそれ以上に、アイをスカウトした壱護に、有馬かなを勧誘したアクアがオーバーラップしているのだと気付いた。加えて壱護にとってはアクアにとってのルビーかそれ以上の輝きをアイに見ていたのだからむべなるかな。
 こうした重ね合わせはルビーと有馬かな、アイとニノの間でも行われている。しかしアイとニノの決別という幕引きを、ルビーと有馬かなは乗り越えた。きっとアクアと有馬かなも、アイと壱護の結末を超えていける。

 唯一作中で明確に「カミキヒカル」が壱護を指していたと推測できる部分がある。15年の嘘の撮影に見学に来たニノが電話をかけた「カミキヒカル」はおそらく壱護だ。
アイが人の名前を覚えられないのも真実だろうが、壱護が複数の名義を使っていたのもまた事実なのではないか。ニノらは初期組のため、限定された文脈では壱護の本来の名前がカミキヒカルなら呼んでいてもおかしくはない。
 アイに狂おしいほどの愛憎を抱えていたのはニノだが、45510の書き手はめいめいではないかと私は考えている。ニノはアイへの愛憎を片時も忘れたことはないだろう。一方で45510の書き手は「当時の気持ちが蘇ってきそうで」と綴っている。逆にいえば、ニノほどの激情を持たないめいめいであっても、45510に書かれた信仰の気持ちを抱えていたということになる。

 ニノもめいめいも強烈なアイ信仰を持つなら、誰より強くアイを信仰していたのは他ならぬ壱護だ。そして同時に強く愛し、強く恋していた。
壱護が誰よりアイを信仰していたからこそ、メンバーにアイの贔屓を疑問視させなかった。実力だと、アイの特異性によるものだと、メンバーの中にもアイへの信仰心を育んでいった。

 ルビーの演じた怒りは正当だ。アイを一人の少女ではなく偶像にした怒りは、他ならぬ苺プロとB小町へ向けられていた。

 動機が分かれば、おのずから経緯もわかってくる。
 ホワイダニットがわかれば、ハウダニットもわかる。

 アイはドームライブで卒業を発表するつもりでいた。二度目の妊娠を期に。けれど壱護は嫌だと思った。やめないでほしい、もっと輝きを見せてほしい、双子の妊娠の時みたいに戻ってくればいい。卒業の発表さえさせなければ、アイを引き留められるかもしれない。
 リョースケがカミキからアイの住所を聞いていたのは、転がり込んできた好機のようなものだった。不確実な賭けでもあった、それでもどうか当日騒ぎになって何もかもが有耶無耶になりますようにと、それまでさんざん準備を進めてきた手で祈った。少しでも襲撃が起きてほしいと、焚きつける情報を余計にリョースケに手渡した(もしかしたらニノの手を介して)。もちろん細心の注意を払って、カミキの手で動いたように見えるように。
 壱護にとっても殺人は予想外だった、ということだろう。リョースケの殺意までは、激情までは誰もコントロールできなかった。それほどの失意が彼を失踪させ、またこの事件が青天の霹靂だった証になるだろう。

 改めて、ニノの電話の真意としては、15年の嘘とそれに伴うアクアの企てについて、アイを知る者としてその試みに(アイの再解釈に)同意しないというコンセンサスを電話口の両者が持つ、という意味になるだろう。

結びに

 「カミキヒカル」の二重性に気がつくことで、両者の相似性から家系図を組み上げることができ、そこから男たちに現れる三人のヒロインとそれぞれの重なりあいを見出だすことができた。ファタールの歌詞を借りるなら、三人のヒロインたちをそれぞれ致命的、運命的、必然的と呼べるかもしれない。
 また、ニノの電話の相手から、アイの死の真相を類推することができる。信仰と恋、この二つがカミキヒカルの二重性によって複雑に絡み合い、真相を霧の彼方へ隠している。【推しの子】の重要なメインギミックの一つと言えよう。

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