チョコレートを貰った話
バレンタインデーなんてものは無くなればいいと思っていたのは高校の時。
ワックスで髪の毛を尖らせ、ワイシャツはズボンにしまわずに出し、カラフルな靴下を履いているいわゆるイケてる(何故かその時は僕もイケてると思っていたが今となってはあまりイケてないと思う)メンズがチョコレートちょうだい!と言って、当時僕が想いを寄せていた女の子からもらっているのを僕は横目で睨みながら、イケてない集団でまるで寒さを凌ぐために体を寄せ合うペンギンのように固まっていた。
家に帰ると母親と妹達がチョコレート貰った?と決まって言うし、手作りのチョコレートをくれる。
それがたまらなく僕の自尊心を傷つけたし、自分の価値が低いのだと感じる事さえあった。
まあ今ではバレンタインと聞いても何も思うところがないつまらない人間になったし、これは成長なのか退化なのか僕には判断がつかない。
もっとも今は貰えないわけではない。これは弁解しておく。
ただ弁解をすることによって僕のモテなさそうな感じをさらに演出してしまうこともリスクとして承知している。
そんな僕に10日の夜、イニスフリーのマヌカハニーのパックをしている時に、彼女から14日のお15時からお散歩しようとの招待が届いた。
僕はチョコレートをくれるんだろうなと感じたし理解したのだけど、それは口に出さないのが礼儀だと言う事も知っていたので、彼女の好きなクマのスタンプでオッケーとだけ返信をしてお気に入りの白い靴を磨くことにした。
その靴はナイキの白いハイカットスニーカーで僕は少しの汚れも許さないようにしている。
もちろん少し臭うがしっかりと消臭スプレーを履く前にかけてあげることで多少の軽減を計っている。
そんな白い靴と黒のダボダボのニットに赤いチェックが入ったデニムジャケットとスキニーの淡いデニムを合わせて、めいいっぱいのおしゃれを完了させたら僕は20分前には集合場所に到着するように出発した。
彼女も10分前には到着して、いつものように軽い挨拶と微笑みを見せてくれた。
やはりいつ見ても素敵だし何故僕を好いてくれているのかは謎に包まれている。
彼女はチョコレートの話は一切せず、他愛無い話をしながら多摩川の河川敷を二子玉川に向かって歩き出した。
『はは〜ん最後に渡すってことか…楽しみにしておこう』と心の中でニヒルな笑みをこぼしながら呟いて、僕はその数分後には何を話したか忘れてしまいそうな話に興じることにした。
いつも通りに二子玉川の大人気のスターバックスではなくシナボンのイタリアンソーダをテイクアウトしてまた来た道を戻り、いつも通りに解散の時が来た。
武蔵小杉駅の改札前でコロナが収まったら〜なんていう既にほぼ全てのカップルが幾度と繰り返したであろう話題を今更ながらにして帰宅の雰囲気になった。
あれ?彼女はバレンタインを忘れているのでは?
そんな考えが浮かれて僕の心に生えていた翼を今にもへし折ろうとしていたし、バレンタインにチョコレートを貰えないと思って悲しくなる自分を子供っぽく感じていた。
ふと高校時代のイケてる同級生達の事を思い出して『チョコちょうだい』と言うと笑いながら彼女はハッピーバレンタインと言いながらリンツのチョコレートを手渡してくれた。
渡すのを忘れていたらしい。
ふぅ〜。
彼女はやはり刺激的で魅力に溢れていると僕は感じた。
僕の失われていた青臭さを取り戻させてくれたし、青い春の憧れの彼らは素直なだけだったのだと考えさせてくれた。
赤い夕日を見ながら黒いリンツの袋を振り回して帰る僕は子供っぽかっただろうし、こんな名言を思いついた。
少年よ素直になれ
過去の僕には届かないだろうけど未来のペンギン達に送りたい。
+チョコレートと若さ
-570円