初めてタバコを吸った日の話
僕はバイトというものを大学生になって初めてした人間で、それまで部活動もまともにしていなかったので先輩という存在をその時初めて手に入れた。
その先輩というのが僕の二つ上の大学生で、頼り甲斐がありお洒落で話も上手く女性にもモテていて、僕の目には何もかもが格好良く映っており、もはや信者と言えるようなレベルで尊敬の念を払っていた。
そして家も近所だったので夜のバイトが終わると一緒に帰るのが僕の楽しみであった。
帰り道にはコンビニエンスストアがあり決まって先輩はそこを通る時に『タバコ吸っていってもいい?』と僕に了承を取る。
僕は神からの承諾を得ようとするその台詞に、まるでその台詞しか持ち合わせていないかのように『もちろんです』と答えるのがお決まりだった。
先輩が吸っていたのはアメリカンスピリットのメンソールライト。
深い緑色をしたインディアンが描かれたパッケージに、黄色いチャコールフィルターと、白色の巻紙にこれでもかと詰められたオーガニックのタバコ葉と、優しいメンソールが特徴のタバコである。
先輩は暑い夏を除くほぼ全ての季節で燃えるような赤いカーフのレザージャケットと夜に同化する黒色のスキニーパンツを愛用していた。
そんな先輩が深夜に燻らせる紫煙は臭いなどを気にさせず、僕の信仰の具合をより高めるのは当然のことだった。
そんな僕がタバコを手に取るのは時間の問題だけでしかなかったのは誰もが頷く事であり、その先輩と帰り道を共にするようになって二ヶ月後にはその時が訪れていた。
僕は冒険をしない人間であり、ノーマルな平均値を好む人間であるし、先輩と同じものを手にするのは恐れ多かった為、最初の相棒に選んだのはメビウススーパーライトというタバコだった。
メビウスは青いパッケージに真っ白なボディをしていて、喫煙者の方の多くが一度は手にとっているだろうし選び続けてるタバコだ。
そして僕の父も昔からずっと吸っていて、当時はおつかいといえば買えたのでよく買いに行かされたタバコだった。
その時にはマイルドセブンという名前だったと思う。(メビウスの方がかっこいいと思うが、マイルドセブンに慣れ親しんだ年齢が上の方はメビウスという名称にしっくりこないらしい)
タバコを初めて買う時には、クラスの前でアサガオの自由研究の発表をする時よりも緊張をした。
そして購入したタバコを家に持ち帰り、家族がいない事を念入りに確認して、灰皿の置いてあるベランダへと出た。
綺麗な青のパッケージを包む白いビニールの包装を慣れない手つきで開け、人の形をした方の銀紙をこれまた慣れない手つきで開けた事をよく覚えている。
開けた方と逆側をトントンと優しく叩いてやれば、タバコは自ら顔を出してくれるのだが、チェリーの僕はそんな知識を持っておらず力ずくで一本のタバコを取り出した。
まずは匂いを嗅いでみた。
煙のような臭さはなく少し甘いような匂いをしており僕は少し期待感を膨らませた。
そしてタバコは吸いながら火を当てなければ点かないというのを知っていたので、少し潰れてしまったタバコの先端を咥えて、家にあったピンク色のチャッカマン(ライターを買い忘れた)で火を当てた。
上手く着火できたことに喜ぶことはできなかった。
一緒に吸い込んだ初めてのタバコは僕のチェリーの身体には少し刺激的すぎた。
吸い込んだ空気を全て吐き出すようにして咳き込んだ僕は、少し前まであんなにも甘美で格好良く見えていたタバコの本性を理解した。
しかし僕は先輩の信者であり、420円と羞恥を対価に手に入れたタバコを無駄にすることはないので、こいつへの理解を深めることにして身体に鞭を打ちながら、そのタバコを余すことなく吸い終えた。
口の中は苦味で満ち満ちているし、頭はぼーっとして胃がむかむかしていた。
それでも僕はやり遂げた達成感と、大人になったような優越感と、少し悪い事をしてるような背徳感で気分が良かった。
そんな青い日をなんとなく思い出した今日のお昼。
禁煙してます。(二ヶ月と二日)