第二十四章 除夕血案
中册
「血の大晦日」
これは収まりが良い気がする。
(自画自賛
ドラマだと14話 大みそかの夜
ですね!
さて、前章終わりで極めつけの一言を
投げかけた梅長蘇。
言闕は…?
◎◎◎◎
梅長蘇の声は低かったが、
適度に言闕の耳へ届き、
言闕の顔に視線を定めた。
一分ごとの表情の変化も
見逃さないように。
しかし、
言闕の表情は、
静かで安らかで伸びやかだった。
突如投げかけられたその言葉は
まるで彼になんの心の動揺を与えてない
かのようだ。
それは梅長蘇に自分の推測と判断が
完全に間違いだったと
思わせんばかりだった。
だがこの感覚はほんの一瞬で、
彼はすぐに自分が間違っていなかった
ことを確信する。
何故なら言闕が頭を上げて
彼を見たからだった。
いつもであれば瞼が垂れて隠されていた
彼の双眸は、
その平静を保った表情とは違い、
年老いていても濁っていない瞳は
動いて異常なほど複雑な気持ちが
織り混ざっていた。
驚き、絶望、怨嗟、悲哀、
ただ唯一恐怖だけが無かった。
だが言闕は恐怖を
感じていなければならない。
彼のはかりごとは、
どの角度から見ようとも、
大逆無道であり、
九族の族誅(ぞくちゅう)に足りる。
この様な大きい犯罪が、
この目の前のさっぱりとした
書生の手中に握られているのは
明らかだったからだ。
しかしながら、
言闕は恐怖を感じてはいなかった。
彼はただ梅長蘇を見定めて、
表情は無く、
その両目には
疲労、悲哀、
同時に深く刻み込まれた
冷静ではいられなくなるほどの
憤怒があった。
この眼差しは
梅長蘇に、
まるで山道で歩き回るのが困難に
なった旅人と同じように思わせた。
様々な苦痛や困難に耐え、
やっと山頂に辿り着いた旅人が、
突然目の前に飛び越える事の出来ない
大きな溝を発見したように。
冷酷に彼に言った。
「引き返しましょう。
これ以上前に進むことは出来ません。」
梅長蘇は彼の前を阻み、
彼が失敗したことを告げた。
この時の言闕は
失敗した後にどんな
血生臭い結果が起こるか
などと考える余裕は無かった。
ただ頭の中には一つの
想いしか無い。
殺すことが出来なかった。
今回失敗したら、
おそらく今後あの男を殺す機会は
二度とやって来ない。
◎◎◎◎
そこへ、豫津と景睿がゆっくり駆け寄って来て、
二人を怪訝そうに見ます。
梅長蘇は豫津に二人きりで静かに話せる場所が無いか尋ね、
豫津は裏に「画楼」があると言います。
豫津は二人の表情から何かを読み取り、
早速案内をします。
梅長蘇が案内され、言闕も仕方なく一緒に行きます。
「画楼」はどうやら絵を描く場所らしく、
家具は簡単なものばかりで、
壁際には本でいっぱいの本棚
と机が一つ、几帳(きちょう:ついたてのこと)、
椅子が二脚、窓辺に長椅子
があるだけでした。
豫津と景睿は外で待ちます。
◎◎◎◎
「言侯」二人が椅子に座ると、
梅長蘇は単刀直入に言った。
「祭壇の下に火薬を仕掛け
られましたね?」
言闕の両頬は引き締まり、
何も言葉を発しない。
「言侯が認めなくても構いません。
でも何も難しい事は無いのです。
蒙摯を通じて祭壇を
調べれは済むこです。」
語気も冷え冷えと、
全く気を緩ませることなく追及した。
「私が思いますに、
仙人道を求めるのは
ただ大祭の法師と交流がある事を
人に悟られない様に
する為ではないでしょうか?
この法師は当然貴方さまの同党です。
もしくは、
自分の同党を全て法師に変えさせたか。
違いますか?」
言闕は彼をちらりと見て、
冷たく言った。
「知恵者も極まると
物の怪になりますな。
蘇先生はこんなに賢いが、
寿命が縮まるなぞ
恐れないと言う事ですね?」
「寿命は天が決める事です。
必要以上に心を煩わせて
何になりましょう。」
梅長蘇は何も気にしていないかのように
彼の眼の光を見た。
「まさか言侯・・・
成功するとでもお思いでしたか?」
「少なくとも貴方が現れる前までは、
全てが順調でしたからな。
私の法師たちは演習の名目で、
密かに火薬を全て仕掛けました。
導火線は祭壇の炉の中に。
当日皇帝が線香へ火を点け、
天を拝み、
錫の紙を炉へ投げ込んだ時、
祭壇は爆発する手はずでした。」
「なるほどそうでしたか。」
梅長蘇はため息をつき言った。
「皇帝が線香へ火を点ける時、
諸皇子は大臣と共に祭壇の下に
九尺離れた所で跪拝しており、
難から逃れられるでしょう。
しかし、皇后様は祭壇上で
おそばに従っています。
・・・たとえお二人が何年も
往来がなくとも、
兄妹の情はまだ少し
残っておいでなのですね。
だからなんとか皇后さまを
大祭に参列させないよう
方法を考えた。
違いますか?」
「その通りだ。」
言闕は率直に言った。
「彼女に罪があろうとも、
やはり兄妹だからな。
なんとか粉々にならぬよう考えた・・・
蘇先生は彼女の病気がおかしいと考えて
私に辿り着いたのですかな?」
「それだけではありません。
皇后さまのご病気以外に、
豫津の言った言葉が
私に綻びを感じさせたのです。」
「豫津が?」
「あの晩、数箱の嶺南蜜柑を
私に届けてくれたのです。
官船で運ばれたものだと言っており、
とても人気があると。
けれど言侯が予約していたので、
手に入れる事が出来たと
話しておりました。」
梅長蘇はちらりと彼を見て、
目つきは鋭く刀の様に
「このように仙人道を求め、
家の事など無関心で
大晦日の夜でさえ家族と
一緒に過ごさないお方が、
新鮮な果物を年末の為に
わざわざ予約するなどと
あり得ましょうか?
それはただの口実で、
官船の入港日を確認することが
真の目的でしょう。
そうして貴方さまは火薬を
戸部の火薬と同時期に入京させた。
誰かが異変を感じたら、
その捜索の糸口を闇制炮坊へ
向けさせればいい。
ただ時間を合わせるだけで、
第三者が見破ることは
難しくなりましょう。」
「しかし惜しい、貴方に
見破られてしまった。」
言闕は当てこする様に言った。
「蘇先生は優秀ですね。
なるほど、誰もが貴方を
手に入れたがるはずです。」
梅長蘇は彼の当てつけを
まったく相手にせず、
静かに言った。
「言侯が危険を冒してまで
皇帝を亡き者に
しようとしたのは
一体何をなさりたかったので
ございましょうか?」
言闕は彼をしばし見つめ、
突然大声で笑い始めた。
「私は他に何も考えておらぬ。
ただ奴に死んで欲しかっただけだ。
皇帝を亡き者にする。
それが私の最終目的だ。
彼は死ななければならない。
どんなに天に逆らうことであろうと、
どんなに大逆無道であろうとも、
私は全く意に介さぬ。
ただ彼奴(あやつ)を殺すことが
出来るのであれば
私は何でもやりましょう。」
梅長蘇は目を光らせ前を向き、
低い声で言った。
「宸妃さまの為では?」
言闕は全身を震わせた。
急に笑いをやめ、
振り向いて彼を見た。
「そなた…
まさか宸妃を知っておるのか?」
「そんなに昔の事では
ありますまい。
知っていても
何もおかしくはございません。
当時の皇長子、
祁王が死を賜り、
生母の宸妃様が
後宮で自害された。
現在彼らの事を語る者は
おりませんが、
あれからまだ十二年経っただけ
にございます…」
「十二年…」
言闕の笑顔はとても
悲壮だった。
微かに涙を含んだ双眸は
灼熱の炎に似ていた。
「すでに長い時が過ぎた。
今、私を除いて他に
誰が彼女を覚えているか…」
梅長蘇はしばし黙し、
淡々と言った。
「言侯はまだこの様に宸妃さまへの
お気持ちが深く重いのですね。
当時なぜ宸妃様が入内されるのを
黙って見ておられたのですか?」
「なぜだと?」
言闕は歯噛みした。
「なぜなら彼奴(やつ)が皇帝だからだ。
当時我々はお互い死しても
お互いを守ろうとした。
皇帝の即位へも力を尽くした。
幼き頃から共に勉強し、
武と文を習った。
大梁の危機を平定し、
友と言っても良かった。
だが一度皇帝に即位すると、
この世では君臣この二文字に尽きる。
私たち三人…かつては何度も
誓いを立てたものだ。
苦難を同じくし、
富貴を分け合う。
生死に関わればそれを助け、
永遠にお互いを裏切らない。
彼奴(やつ)は一つも実現する事はなかった。
登極の二年後、
楽瑶を奪い去った。
我々が明らかにお互いを
想い合っている事を知りつつ、
何の躊躇いもなく手を下した。
林大哥はわたしに耐えるよう勧めた。
だが私は少しも耐える事は出来なかった。
景禹が生まれ、
楽瑶が宸妃に封じられた時、
私は完全に諦めても良いと思った。
彼奴が彼女に対して優しければ・・・
だが、結果はどうだ?
景禹は死に、楽瑶も死んだ。
林大哥も…冷酷に
根こそぎにされてしまった。
もし私が意気消沈し、
この世から隠遁していなかったらなら、
私のこの命も添え物になった事だろう
・・・この様に冷酷で薄情な皇帝は
死に値すると思わんかね?」
「そこで貴方さまは何年もかけて
計画を練ったという事でございますね。
皇帝を亡き者にしたかっただけだと?」
梅長蘇は言闕の少し老けた目を
凝視して言った。
「では、殺した後は?
祭壇上で皇帝が灰燼と帰し、
混乱した状況下で、
皇太子と誉王が争う。
朝廷の混乱は必至でしょう。
辺境も不安定になり、
最後に災いが降りかかるのは
誰でしょうか?
そして、最も得を
するの誰でしょうか?
貴方さまが大切に思う人々の汚名は
まだ変わらずその身に刻まれたまま、
少しの雪辱も果たせません。
変わらず祁王は反逆者、
林家は逆臣、
宸妃様の魂は孤独なまま、
位牌も陵墓もありません。
天をも覆す国難を起こして、
結局はただ一人を殺しただけに過ぎません。」
梅長蘇は病身であるが故に急いでいた。
一つ、時間上の制約
二つ、言侯の安全を確保する
この時の語気は鋭く、責めたてた。
そのうち心中
徐々にと真(まこと)に怒りが湧き、
声もさらに激しさを増し、
顔はほのかに赤みを帯びた。
「言侯、貴方さまは復讐とお考えでしょうか?
間違っております。
本当の復讐とはその様なことでは
ございません。
それはだた鬱憤を晴らしている
だけにございます。
貴方さまの気を晴らすために、
どれだけ多くの人々が巻き添えになると
お思いでしょうか?
懸鏡司はただ飯を食っていると
お思いですか?
皇帝が暗殺されて彼らが
何も捜査しないとでも?
私が貴方さまに行き着いたのです、
彼らは貴方さまに辿り着くことでしょう。
生きる事に無関心で死など関係ない、
とお思いかもしれませんが、
無辜の豫津を巻き添えにする事になりましょう?
彼がたとえ心から望んだ相手の子供でなくとも、
貴方さまの血を分けた子供に変わりありません。
小さい頃から貴方さまの愛情も関心も
受けていない事は
置いておくと致しましても、
若くして貴方さまの大逆の罪を背負い、
一緒に誅殺されるなど、
貴方さまの良心は全く痛まないので
ございましょうか?
皇帝のことを散々情に薄いと
口にしておきながら、
では、貴方さまのなさり様(よう)は
果たして皇帝と比べて
情があると言えましょうか?」
彼のこの激しい言葉は、
まるで皮膚を突き刺すかのようだった。
言闕の唇は図らずも激しく震えだし、
手を伸ばして自分の目を塞ぎ、
唸るように言った。
「豫津に申し訳ないと思っている…
今生で私の息子となった事が
不幸だったのだ…
彼の運命と言っていいだろう…」
梅長蘇は言った。
「すでに成功の希望はございません。
もし少しでも豫津に申し訳なさを
お感じになるのでしたら、
なぜ早いうちに改心なさらなかったの
でしょうか?」
「改心?」言闕は痛々しく笑った。
「矢は引き絞られた。なぜ改心するなどと?」
「大祭はまだ始まっておりません。
皇帝がまだ紙を投げ入れる前です、
なぜ改心出来ないのでしょうか?」
梅長蘇の目は穏やかに光り、
表情は厳しく言った。
「貴方さまが火薬を埋めても、
取り出します。
その後闇制炮坊付近へ運べば、
人を手配して受け取ることが出来ます。」
言闕は頭を上げて彼を見た。
目は十分驚きを持ち「それは何の話だ?
なぜそのような誤魔化しを?」
「私は誉王側におります。
貴方さまが大逆の罪を犯そうとすれば、
皇后様も責任を問われましょう。
大事(おおごと)を小さく、
小さく出来れば良い選択と言えましょう。」
梅長蘇は淡々と述べ、
「もし私が善意で来たのでなければ、
なぜわざわざ貴方さまと密談する必要が
ありましょうか?
直接懸鏡司へ赴き、
告発すれば済むことです。」
「貴方は・・・」
言闕の瞳は光り動き、
この弱弱しい書生をしばし見つめた。
頭の中で何を思ったのか分からないが、
顔色はだんだんと激情から冷静へと変わった。
「私を見逃してくれるのは結構。
しかし失礼な話をさせて頂く。
今回の事で網を投げ、
私を手中に収めたと考えているかもしれないが、
貴方の主の為に動こうなど言う考えは毛頭ない。」
梅長蘇は笑った。
「私も誉王の為に貴方さまを使おうなどと
思っておりません。
ただ言侯には安心して仙人道を
追及して行って頂きたいのです。
朝廷の事は、
そのまま静観して頂きたいのでございます。」
言闕は信じ難いと言った様子で彼を見て、
頭を振り言った。
「この世には何の見返りもない善意などあり得ぬ。
私を見逃した上に何の見返りも求めないなどと、
一体これはどういう下心をお持ちなのかね?」
梅長蘇の目は微かに光り、
荒涼とした笑みを微かに浮かべた。
「言侯が宸妃様をお忘れにならないのは
情がございますからでしょう。
林帥をお忘れでないのは
義をお持ちだからでございます。
この世に情と義を持っている者は
少ないのでございます。
救えるものはお救い致します・・・
言侯には本日私が申し上げた忠告をお聞き届け頂き、
今後軽率な行動は慎んで頂きたく存じます。」
言闕は深々と彼を凝視し、
長い溜息を一つつくと、
朗らかに笑いだした。
「良きかな!
蘇先生はお若いが、この様な気迫をお持ちだ。
私も今後は妄想と憶測は止めておく。
祭壇下の火薬は私が手だてを考え運び出す。
しかし祭礼が近づき警備も厳しくなっておろう。
もし私が少しでも失敗し
痕跡を残してしまったならば、
どうか息子との関係に免じて
その命をお救い頂きたい。」
梅長蘇は眉を軽く上げ、
にこりと微笑んで言った。
「言侯と蒙大統領は旧交が
無かった訳では
ございませんでしょう。
今年は良い年でしたし、
おそらく彼も真剣に
捕まえようとはしません。
ですから言侯には
ただ気をつけて頂くだけで
大きな障害に当たることは
ございませんでしょう。」
「それでは、先生の言葉
承知致した。」
言闕は挙手礼を行い
微笑し、完全にいつもの落ち着きを
取り戻した。
この心慌意乱(しんこういらん)、
生死に関わる会談は
彼が何年も掛けた計画を
ついに断念させた。
しかし彼は気持ちを
この短い時間の間に
すぐさま落ち着かせた。
確かに彼の度胸は出色しており、
梅長蘇は思わず心の中で暗に讃えた。
話はここに至り、
これ以上の言葉は
不要だった。
二人は黙って立ち上がり、
画楼を出た。
扉が開くと、豫津がすぐさま駆けつけ、
叫んだ。
「父上、蘇兄、お二人は…」
そこまで問いかけ、
突然何をどう問えば良いか分からなくなり、
口籠った。
「ご尊父とお話ししてね、
今年の大晦日はご先祖様に
礼拝した後、
親子で年越しをされるそうだよ。」
梅長蘇は微笑して言った。
「飛流のことは、
申し訳ないがまた別の時間を探して
遊びに連れて行って欲しい。」
言豫津はこちらを見、あちらを見、
心の中では画楼での密談がこんな
可笑しな話で無い事は分かっていたが、
彼は機微に敏感であり、
笑いの中に智慧を持つ人であったから、
暫く驚いたのち、
腹一杯の疑念を押し留め、
明るい笑顔を見せ、頷いて答えた。
「いいですよ!」
梅長蘇も一緒に笑い、左右を見渡した。
「景睿は?」
「卓家の父上母上が今晩到着するので、
迎えにでなければならず、
帰らせました。」
「卓鼎風が到着したのか…」
梅長蘇は軽く眉毛を上げ
「彼らは毎年くるのかい?」
「二年に一度ですね。
連続で何年も来ることもあります。
謝伯父が要職にあるため、
王都を離れられないので、
卓家が訪ねるしか無いのです。」
「おぉ。」梅長蘇は軽く頷き、
言闕の探る様な視線を感じたが、
気にする様子は無く、
天空を望んだ。
時間が過ぎ、日は暮れ、
残光は尽きた。
長い1日はついに終わろうとしていた。
しかし明日はまたどんな波乱が巻き起こる
かは分からない。
「豫津、蘇先生の輿を二の門までくるよう
呼びに行きなさい。
夜風が吹いてきた。
歩く距離は短い方がいいだろう。」
言闕は静かに息子に言いつけ、
彼が言いつけ通り
身を翻して去った後、
視線を梅長蘇へ戻し
低い声で尋ねた。
「先ほど考えたのだが、
先生が私の罪を暴いたのは
誉王の意思ではありませんね?」
「誉王は全くご存知ありません。」
梅長蘇はあっさりと答えた。
「言侯にお会いするまで、
私にも自信はございませんでした。」
言闕はきつく目を閉じ、
ため息をつき言った。
「誉王のどこに徳と能力があって、
先生の様な人物を得ることが出来たのか!
おそらく将来の天下は
彼のものだ…」
梅長蘇は彼を一目見て、
「言侯と皇后様はご兄妹であらせられる。
誉王が国を得て
何か良くないことでもございますか?」
「何か良くない?」
言闕はまだらに白くなった双髷を
夜の微かな光の下で動かした。
そげた頬にはまるで霜を塗った様だった。
「薄情で冷酷、冷たい気性なのは
お互い様なのだ、何という事も無い。
私は恋人を失い、友を亡くし、
どうにか命を繋ぎとめ今に至る。
だが彼らに公明正大を
求めることも出来ない。
人生はここまで来てしまった。
誰が天下を取ろうが関係ないのだ。」
梅長蘇は眸に微かに
煌めきを見せ
尋ねた。
「言侯は私を誉王側の人間
と既にご存知ですね。
この話が何か不都合な事を
招くかも知れませんが構わないと?」
「私のこの考えは既に誉王も知っておる。
ただ私が朝廷に関わらない限りは、
皇后は私を放って置くように
命令しているのだ。
だからお互い今日(こんにち)のように
関わり合いを持っていない。」
言闕は冷たく笑った。
「先生のこの珠玉の才は、
私を簡単に排除出来る。
誉王の為に私を制御し、
操ろうと考えるのは
お止め頂きたい。」
「言侯ご安心下さい。
蘇はお聞きしたかっただけに
ございます。」
梅長蘇の様子は淡々とし、
気持ちは安らかだった。
「今後言侯に何の異常も無ければ、
蘇は今後絶対にこの件で
脅したり悩ませる事はございません。
誉王に関しましても、
すでに言侯への助力を
期待してはおりません。」
言闕は後ろ手で立ち、
瞳の色は深遠で、
梅長蘇のこの保証を
彼が信じているかどうかは
分からなかった。
だが、言豫津が蘇哲の輿
を呼んで来た時、
彼は再び口を開く事は無く、
ただ顔を上げて寒く凍った階段に立ち、
静かに黙するだけであった。
輿が軽く揺れて動き出したその瞬間、
梅長蘇は在りし日の英雄が
長々とため息を吐いたのを聞いた。
ため息は静かに長く続き、
そのため息は懐古の念に満ち、
まるで時間の彼方に届くかのようであった。
◎◎◎◎
梅長蘇は邸宅に戻ったとき、
全身に悪寒を感じ、
力が抜けていましたが
無理やり気力を保ち、
人を手配して言闕の行動を
見張るよう手配します。
やっとふらふらになりながら、
寝台に戻り晏大夫に謝罪します。
謝りましたが、晏大夫は相手にしません。
梅長蘇に針を打ちます。
あまりにも厳しい顔をしているので、
黎綱は彼が別の場所に針を刺してしまうのでは
無いかと心配します。
※ちょっと笑ってしまった。
黎綱意外と心配性笑
三日伏せって、梅長蘇も徐々に回復して行きます。
皇帝が皇后の病気を公表し、
年末の大祭は許淑妃が代行して
行うことになりました。
皇帝は越妃に代行させたかった様ですが、
越妃が分をわきまえ、断ったようです。
皇帝はそれを評したため、
誉王は面白くありませんでした。
今回の件は片方の大勝はなく、
片方の損失もありませでした。
年の暮れにやる事は多かったので
双方共にそれ以上争うことはしませんでした。
蘇宅では新年の準備が始まっていましたが、
梅長蘇が関わる事はなく、
黎綱と宮羽が行っているそうです。
穆王府、誉王府、言府、謝府、統領府
から贈り物が届き、
靖王も人を遣わしてわざわさ贈り物を
届けに来ました。
その中で飛流が気に入ったのは、
穆王府から贈られて来た花火でした。
七箱贈られて来たのに
毎晩花火をあげていたので、
大晦日にならないうちに
終わってしまします。
黎綱が人を遣わして買いに行かせますが、
穆王府が贈って来た花火は
宮中御用達の物で手に入りません。
そこで梅長蘇は霓凰に
更に十箱代わりに購入して欲しい旨
の手紙を送ります。
一日後、すぐに花火が届き飛流は
大喜び。
それを見た梅長蘇も喜んでいました。
※ドラマで飛流が花火を上げていましたが、
こんな裏話があったのですね…(^^)
霓凰、優しい。
まぁ林殊からの依頼だったら喜んで
引き受けるでしょうけど^^;
大晦日の大祭も滞りなく終わり、
皇太子を始め、誉王、諸皇子、と
褒賞が行われます。
靖王は諸皇子と変わりは
ありませんでしたが、
ただ銀の鎧だけ多く下賜
されました。
それは特に大きな注目も
されない程度の物でした。
大晦日の夜は咸安殿で宴席が開かれます。
皇帝はまず慈安宮へ向かい
皇后へ会いに行ったあと、
后妃、皇子、宗家一族と年越しし、
その宴席中に大臣へ料理を贈ります。
しかし、この時誰もこの「賜菜」(しさい)が
大事件を引き起こすとは
思いもよりませんでした。
新年を迎えた京城は、爆竹の騒がしい音、
爆竹の後に残る紙で通りは埋め尽くされ、
家家では年越しをし、
明るい灯で満ちていました。
賑やかなことは賑やかでしたが、
元宵節と違い、
人々はみな家で親しい人と過ごし、
街には家の前で爆竹を放つ子供たちが
いるのみで、他に人影はありません。
「賜菜」の太監は黄色の衫を着て、
五人一組で馬に乗り疾走し、
料理を届けます。
真ん中にに太監がおり、
その周りを囲う様に四名の伴走者が
並走し、手には目も眩むような
官制のガラス灯を持っています。
宮城を囲うように明るい大きな
赤い灯籠が掲げられ、
明るく照らしていましたが、
高い宮城の壁の影を
全てを照らし出すほどではなく、
光りが届かない場所には大きな闇が広がっていました。
驚く様な変化はこの闇から起き、
まるで影のない疾風のよう。
攻撃を受けた者でさえ
何が自分の命を奪ったのか
分からないくらいでした。
人が落馬しても馬はそのまま疾走し、
微かな叫び声は爆竹にかき消されました。
絢爛豪華な花火が空中に花開き、
その時 正に新旧の年が交わる時刻で、
巡回中の兵もその足を止め
空中の盛大な美しい花火を見つめ天を仰ぎ、
爆竹は城内に響き渡ります。
梅長蘇は一本の長香を持ち、
飛流のために残しておいた
最大の花火に自ら点火します。
天に向かって打ち上げられた
花火は暗闇を引き裂くかの様に
一筋の炎の跡を描き、
もっとも深い夜の闇に向かうと、
一気に花開き、
目も眩むような光が空から
天空いっぱいに広がり落ちて来ました。
※この辺りの表現がとても好きです^^
蘇府では新年を祝う声で包まれます。
黎綱はどこからかラッパを取り出し吹き、
若い護衛は銅鑼を叩き、走り回ります。
梅長蘇は琴を弾くと雰囲気を壊すと言い、
傍らの椅子に座り栗を剝きながら花火を鑑賞します。
年越しの鐘が鳴り終わると、
吉おばも厨房から出てきて、
皆で宗主への新年のあいさつの為に並び始めます。
新年の挨拶が終わると、梅長蘇は紅包(ホンバオ:お年玉)
を手渡します。
飛流は一番若いので一番最後でした。
梅長蘇は「今年も良い子でいるんだよ」と声をかけます。
紅包が何かわかっていませんでしたが、
皆が喜んでいるので彼も笑顔を見せます。
梅長蘇は晏大夫の元へ行き、新年のあいさつをします。
晏大夫もさすがに新年に怒っている訳にもいかないので、
髭を吹きふき、「人に良い子で、と言っている場合じゃない、
自分も良い子でいないとな」と告げました。
「はい」梅長蘇は笑いをこらえながら答えます。
他のみんなはお互いに新年の挨拶を誰彼構わず順番におこない、
とても賑やかでした。
吉おばが「餃子だよ!みんな、運んでおくれ」
その声が聞こえると皆彼女の元へ。
梅長蘇は晏大夫の腕を取り飛流と一緒に部屋に入ります。
様々なおかずとお酒が用意され、餃子は熱々で湯気を立てており、
良い香りが漂います。
吉おばは餃子につけるよう、ネギとショウガの千切りと酢をいれた
小皿を人数分用意していました。
けれどみんな小皿を避けて大きなお椀を持ちます。
飛流もそれを見て大きなお椀に変えました。
「どうやら私たち二人だけが文化人ですね」
梅長蘇は晏大夫に冗談を言い、しばし笑いました。
宗主が箸を持ち先に餃子をとってたれに付けると、
それを見た他の皆は我先にと餃子を取り、
あっと言う間に最初のの餃子は無くなります。
吉おばは驚きながらも、すぐに新しい餃子を出します。
お箸を剣の様に使いながら奪い合う者も出ていました。
晏大夫と梅長蘇の前には専用の餃子があり、
梅長蘇は飛流にそのなかから餃子を分けてあげます。
飛流は奪い合えば天下無敵でしたが、
餃子が熱く、ゆっくり食べていたのでまだ十個ほどしか
食べていませんでした。
三番目のお皿も空になり、
飛流はからのお皿を眺めて呆然としていたのです。
吉おじが「宗主の皿の餃子はもう冷めているから、
一気に食べてしまいなさい!」
その餃子を一気に放り込み、噛んでいると違和感を感じます。
口から銅銭を机に吐き出しました。その音は軽く響きます。
「福が付いた、福が付いた!」
皆は福にあやかろうと飛流を撫で始めます。
飛流は訳が分からず、梁に飛び上がってしまいました。
吉おばが餃子を持ってきても収まらず、
遂にはは梅長蘇が飛流を呼び、
彼の手を一人一人撫でさせることで
やっと落ち着つきました。
飛流は皆が自分を撫でたいと知り、
新しい習慣を覚えて驚きに満ちています。
「飛流が銅銭を食べ当てたからね。
今年一番の福の持ち主になったんだ。
皆飛流を撫でてあやかりたいんだよ」
飛流は考えて突然言った。「全然ない!」
この部屋の中でただ一人梅長蘇はその意味を分かっていました。
笑って、「去年は蔺晨哥哥が銅銭を当てたけど、
飛流は撫でてなかったのかい?」
「そう!」
「それは蔺晨哥哥が間違ってる。次に会った時には、
撫で返してやりなさい」
そう言うと、部屋の中の蔺晨を知る人たちは
皆お腹を抱えて笑い転げます。
飛流は真面目に考えて、寒気を感じ
頭を振って「いやだ!」と答えました。
吉おばが「早く餃子を食べないと冷めちゃうよ!」
と告げるとみな机に戻ります。
梅長蘇の皿を熱々の餃子と交換し、
「宗主、あと二つ食べて下さいな」と告げた。
「これくらいでいいだろう」吉おばを晏大夫が止めると、
薬膳粥を持ってくるように伝え、粥を食べたら寝る様にと。
梅長蘇は確かに疲れていたので、微笑してそれに応えて、
熱々の粥をゆっくりと食べて部屋に戻りました。
◎◎◎◎
この時、すでに夜半も過ぎていたが、
京城内は依然として喧騒に満ちており、
華やかな賑わいの中、空から雪粒が漂い始めた
ことに気づいた者はいなかった。
◎◎◎◎
いかがでしたでしょうか?
血の大晦日の題名なのに、
事件はあっと言う間に起きて、
誰にも気がつかれませんねぇ(^^;)
描写も他の部分と比べたら短くてびっくりです。
ほぼ言侯とのやり取りでした(;'∀')
ドラマのあの緊張感は再現できていましたでしょうか?
読み返してもどう訳して良いか分からない所が
何ヵ所かありました・・・
少しでも言侯がカッコよく描けていたら良いのですが。
話は変わって
中国の旧正月(春節)は爆竹と花火が欠かせません。
ところが、私が中国に居た時期(1993年~96年)は
大都市での個人の爆竹と花火が禁止されていました。
なので、新年の年越しも春節も校内はひっそりとして居たようです。
(最も中国人学生は帰省し、
留学生も帰国するか旅行へ出る人が多かったです)
遊び半分で学校内で爆竹を鳴らしたとした何人もの留学生が
公安に捕まる事態になっていました。
(公安は校内に派出所がありました)
中国人の友人も、つまらないと言っていましたね・・・
火事が起きたり、爆竹での怪我をしたり、
色々問題があって禁止されていたのですが・・・
あとは騒音もあったかな?
(その後ルールが作られて解禁されたとか聞きますが、真相は不明です)
実は私は留学中一回も春節を現地で過ごしたことがなくて・・・
聞くところによると、昔の日本と一緒でお店は全て閉まるんだそうです。
春節の期間中は買い置きした物を食べないといけないと聞き、
しかも中国人学生はみんな家に帰ってしまうので、
つまらないと聞いたのです。
でも一度くらい残ってお寺とか見て回りたかったです。
餃子(水餃子)は北京では肉まん(包子:パオズ)
と同じくらい一般的で、食堂でいつでもどこでも食べられます。
なので、特に年越しに特別に食べる気分にもなれず。
でも、中国の方はみんな年越しに必ず水餃子を食べます。
普段外で食べていても、この時はみんな皮から作って
みんなで包み、みんなで食べます。(と、聞いています)
私は水餃子より、1月15日の元宵節(ユエンシャオジエ)に食べる
汤圆(タンユエン)と言う、餅の中に胡麻餡や餡子が入って
温かい汁の中に入っているスイーツが大好きでした。
これが日本で食べられないのが不思議なのです・・・
最近は中華街行っていませんが、売ってるのかなぁ?
杏仁豆腐より美味しいと私は思っています。
その双璧を成すのが愛玉子(オーギョーチ)
台湾のスイーツですが、日本でも最近売っているところがあるので
嬉しいです♪
あとは香港の糖朝の豆花ですかねぇ。
マンゴープリンも美味しいです。
日本では高いですけど、香港では安くて美味しいんです。
上海の南翔饅頭店にしろ、台湾の鼎泰富にしろ、
現地では安くて美味しいものが、
日本に来ると何故か高級店になります。
なぜ???
元宵節と言うと、ドラマの梅長蘇が金魚の提灯を見て、
林殊と霓凰の若い頃を思い出し感傷的になっていたのを思い出します。
あの表情がたまらなく好きなんですよね・・・
色とりどりの提灯で飾られた屋敷で金魚の提灯を仰ぎ見、
昔を懐かしんでいると霓凰本人が現れる・・・
でも、昔の様に親しくも出来ない。
そんな場面は原作にあるのでしょうか?
楽しみですね!^^
厳密にはちがう食べ物なのですね・・・
ご興味あればどうぞ!
元宵節の食べ物「元宵」と「湯圓」
元宵節とは
元宵節は中華ドラマでよく出てくるので
ご存じの方も多いと思いますが、
もし気になる方はこちらもお読みください!
ここまでお読みいただきありがとうございました!
だいぶ間が空いてしまいました(;^_^A
次の更新もいつになるか分かりません・・・
年越しもありますし。
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