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第二十三章 云收雾散

中册

「雲散霧消」

原題:煙や雲の様に消えて無くなる
原題比喩:物事がきれいさっぱり消えて無くなること

ドラマだと 13話 「消えた火薬」
です。
今回も長くなりそうです(;^_^A
本文15ページしか無いんですけど・・・

蒙摯は勤務を終えると真っすぐに統領府へ
帰宅します。
自分の部屋に入るとすぐ異変を感じ、
急ぎもせず、遅すぎもせず官服から着替えます。
警戒は解かずに、
まるで警戒して身を縮ませる
猟豹(りょうひょう:チーター)の様に、
どんな攻撃でも即座に対応できる体制を
整えます。
でも、すぐに招かざる客の正体が分かります。
それは、その客が自分の存在を
隠そうともしていなかったからです。

◎◎◎◎
「遅い!」梁の上から不機嫌そうな少年の声が
降って来た。

「何が遅いのだ?」
蒙摯は梅長蘇ではなかったので、
飛流の言っている意味を計り兼ねた。

「帰って来たのが遅いのか、
服を着替えるのが遅いのか?」

「全部!」

蒙摯はハハと大笑いし、すぐに帯を締めた。
「飛流、一人で来たのか?」

「うん!」

「何しに来たんだ?腕比べか?」

「呼んでる!」

「呼んでる?」蒙摯は考えた。
「それはつまり、蘇哥哥が家に来いと?」

「うん!」

蒙摯は、にわかに緊張した。
何日か前に梅長蘇は病に伏せったと聞いた。
見舞いに行こうと思った矢先、
大事(だいじ)ないので来ないで欲しいと
彼から伝言があったので、我慢したのだ。
今、飛流を使いに出し、
わざわざ呼び出すなどと、
もしかして病が悪化したのではと
急いで言った。
「蘇哥哥の具合はどうだ?」

「病気!」

「病気なのは知ってる。
病気の状況はどうなのだ?」

「病気!」飛流は楽しそうにもう一度繰り返した。
この叔父さんは鈍いなと思っていた。
一度答えたのにまた聞くなんて。

蒙摯は仕方ないと頭を振った。
飛流から何も聞き出せる事は出来ないと分かり、
素早く支度を整え、
速足で門を出て
馬に騎乗すると鞍に座る事こと無く
蘇府へ馬を走らせた。
◎◎◎◎

 ※この時代の邸宅の作りが気になります。
  門を出た外に厩があるのでしょうか?
  ドラマだと必ず門前で馬から降りていました。
  あと、ドラマだと蘇宅でしたが、
         ここでは蘇府となっています。
  「府」と言う中国語を調べると、
  意味の一つに「旧封建時代の貴族や官僚の主宅」、
  とあり、蘇哲は皇帝から「客卿」(きゃくけい)と言う
       官位を貰っているので、
        本来ならば「蘇府」となるのかもしれません。
  ドラマ見直さないと分かりませんが、
       「宅」「府」を使い分けて
  居るのには理由がある気がします。
  ※飛流と蒙摯のやり取りはコントみたいですね^^

蘇宅に着くと、馬を預け、
直接裏庭へ行き
梅長蘇の部屋へ駆け込みます。見ると、
部屋の主人が炕(カン)の上に座り、
包まり、温まりながら
湯気を上げている薬湯を
一口一口飲んでいました。
顔色は蒼白でしたが、
元気なように見受けられました。


炕(カン) 元々は北方の寒い地方のベッドで、
               (韓国ではオンドルと言います。)
                 冬の寒い時期に下で火を燃やして温まります。
     金陵は現在の南京の設定らしいので、
     一般的に炕(カン)は無かったと思います。(多分)
     梅長蘇が寒さのを嫌うので、
                   特別に作らせた可能性も・・・
     写真の炕(カン)よりきっと豪華だったのでは?
     と思います。

炕(カン)

◎◎◎◎
「小殊、大事無いか?」

梅長蘇は体を屈めて挨拶しながら、
「蒙大哥、座って。大事無いよ。
ただ寒気に当てられただけなんだ。
医者が薬を飲んで汗をかけって。」

「驚かせやがって。」蒙摯は長い安堵の息をついた。
「俺を呼び出すなんて、
何か良くない事が起きたのかと思ったぞ。
なんだ、今日は別の用事か?」

梅長蘇は飲み終わった茶碗を机の上に置き、
続いて蒙摯の為に運ばれてきたお茶を受け取り、
手渡して、聞いた。
「皇后が病気なのは聞いたかい?」

蒙摯は驚いた。
「耳が早いな。
昨日まで伏せっていて、
症状も急を要したと聞いていたんだが。
私は皇帝の傍に控えているだけで、
自由に禁苑へ出入りも出来ない。
だから具体的な事は分からないんだ。
ただ御典医が出てきた時に少し聞いたら、
病状は重くなさそうだ。」

梅長蘇は眉根を寄せ、まるで解せないと言うように
「誉王が後宮からの知らせを受けた時、
たまたまここに居たんだ。
もし大事(おおごと)じゃ無かったのなら、
あんなにも慌てて出て行くことは無かろうに・・・。」

「突然 倒れたからだろ。
症状は最初重そうに見えたそうだ。
だから慌てたんじゃないか?」
蒙摯は思い出しながら言った。
「御典医は、命の危険は確実に無いと言っていた。」

「一体なんの病気だろう。
どのくらいで完治するかは聞いた?」

「それは・・・」
蒙摯は頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「そんなこと聞かれるとは思ってなかったから、
聞いてない・・・」

梅長蘇は独りごちてから言った。
「こうしようか、蒙大哥。
霓凰に後宮へお見舞いに行ってもらおう。
御典医の処方をどうにかして手に入れてもらたい。
それを僕に見せて欲しいんだ。
景寧公主も何か知っているかもしれないから、
聞いてもらいたいな。
・・・誉王については、
僕から誉王に
皇后の飲食するものは気を付ける様に
進言するよ・・・」

「もしかして誰かが、皇后を故意に病気にしたと
疑っているのか?」

梅長蘇は頷いた。「時期が時期だからね。
調べないと安心できない。」

「もし誰かが皇后を病気にしたとして、
一番に嫌疑がかかるのは越妃と皇太子だが・・・」

「間違いでは無いが、
説明しきれない部分があるんだ。」
梅長蘇は微かに眉を顰め、考えながら言った。
「まず、彼らが一番手を下す可能性が高いけれど、
一番成功する可能性も低いんだ。
ここ何年か皇后は
宮中で越妃と争うことが最も重要だったから、
警戒心も高かったはずだ。
以前、越妃の勢力が一番強かった時でさえ、
皇后へ手出しすることは出来なかった。
だから、今回の様に上手く行く可能性は無いんだ。
それに、今回の病気は皇后の命を脅かすほどでなかった。
皇太子と越妃の仕業だったら、
こんなに軽く済むはずが無い。
手を下したのなら、必ず死に追い込むはずだ。
ただ数日の病だけで済むはずもない。
これでは大した利が得られないからね。」

「彼らの目的が
ただ単に皇后の大祭参列を妨害することで、
越妃が変わりに・・・」

「今回一回変わって何になる?
実質的な利が無い上に、
ただ争うと示すだけに過ぎない。
もちろん皇后を病気にさせることは出来たとしても、
直接死を下すに事に比べたら生ぬるい。
どうして後顧の憂いを絶たない?
更に言うと、忘れないで欲しいんだが、
越妃はまだ一品皇貴妃に復位していないんだ。
現在の後宮では、
彼女の前にまだ許淑妃と陳徳妃がいる。
この二人の妃には(子供が)公主しかいないし、
後宮で目立つことはしたくないとしても、
身分の上では越妃より一級高いんだ。
何を以って越妃が皇后の代わりになると?」
◎◎◎◎  
  ※どこで切って良いか分からなかったです(;^_^A

蒙摯は皇太子と越妃の仕業では無いと知り、
驚きます。
梅長蘇はまだ結論を出すには早いし
断言は出来ないと言いますが、
それにしても今回の大祭に越妃が代わりに参列しても
あまり意味は無いと言います。
もしかしたら本当に病気かもしれないし、
とにかく判断するには、まだ情報が少なすぎると。
大祭まであと何日も無いので、
一刻の猶予もありません。
この皇后の病気には何か深い理由があると
梅長蘇は直感的に思うのでした。
蒙摯はさっそく情報を集めるために、
辞去します。

◎◎◎◎
梅長蘇は長くため息をつき、
すぐに枕に頭を乗せ仰向けになった。
長考していると何だか疲れを感じ、
うつらうつらとし始めた。
精神的な疲れを防ぐため、
あまり考え過ぎないように努め、
頭の中の雑念を払い、
息を整え眠る事にした。
ただ、眠りは深くなく、
朦朧としていたが、
いつの間にか時間もかなり経ち、
再び目を開けた時には、すでに午後だった。

眠ろうと思っても眠れなくなった
梅長蘇は服を肩に引っ掛け
上半身だけ起き上がった。
晏大夫が指定した桂圓粥を食べ、
精神を安定させてくれる、
経典を手に取り、ゆっくりと読み始めた。
飛流は傍らに座り蜜柑を食べた。
周囲は静かで、ただ風が吹く音が微かに聞こえた。
◎◎◎◎
  ※精神を安定させるために経典を読むと言うのが
   インテリ!
   人が来ると疲れるんですね(;^_^

十三先生からも、蒙摯からもその後の情報は来ません。
それは当たり前のことで、
お願いしてからまだ数時間しか経っていませんでした。
情報はそんなに簡単に手に入れられるものではありません。
ですが、梅長蘇は自分でも理由は
明確でないものの、
自分の手の届かない場所で
何かが動いているのを感じていました。
注意深く捉えようとしても、
指の間からすり抜け、
捉えることが出来ないのです。
思考があちこちへ漂っていると、
門前が突然騒がしくなり、
黎綱の慌てた様子の声が聞こえます。
「どうぞ、どうぞこちらへ。」
   ※ここで、您(ニン)と言っています。
   您は你(ニイ)の丁寧語です。
   この辺りで、中国人は身分の高い人が
   来たと分かります。

◎◎◎◎
梅長蘇は眉を少し上げた。
人が尋ねて来たとしても、
彼が応対しているのは蒙摯でも、
もちろん童路でもない。
何故なら、
この二人だとしたら、
黎綱がこんなに丁寧に案内などしないからだ。

「飛流、あの椅子を蘇哥哥の寝台の傍に置いてくれないかい?」
飛流は手に持っていた全ての蜜柑の房を口に入れ、
椅子を言われた所へ置いた。
彼が置き終わると同時に、扉が開かれ
黎綱が声高く言った。
「宗主、靖王殿下がお見舞いにお越しになられました。」

「殿下、お入りください。」
梅長蘇は鷹揚に言った。

言われたと同時に、靖王が大股で入って来た。
黎綱は彼の後ろにいない。
また外へ出たのだろう。

「先生、安心して下さい。
誰にも見られてはいません。」
靖王は開口一番言った。
「先生のご病気はいかがですか?」

「すでに、つつがなく。
現在、汗をかくためにここを離れられず、
立ち上がる事が出来ません。
どうか失礼をお許し下さい。」
梅長蘇は手を伸ばして
寝台の傍らにある椅子を示した。
「どうぞお掛け下さい。」

「そのような虚礼は不要です。」
靖王は外套を脱ぎ、腰を下ろすと、
単刀直入に言った。
「皇后の病気の件を調べていますね?」

梅長蘇は笑って言った。
「殿下、何故それを?」

「先生に手抜かりは無いと思っていました。
これは放ってはおけない異常事態だ・・・」

「殿下もそうお感じでしたか。
皇后の病はどこか普通と違いましたか?」

「感じたのではなく、知ったのです。」
靖王は鮮明な線の口角を捻った。
「だからわざわざ此処へ知らせに来ました。
皇后は’軟蕙草’(なんけいそう)の毒に当たったのです。」

梅長蘇は少し驚き、
「軟蕙草?
服用すると四肢を弛緩させ、
食欲は減退すると言う。
しかし効用ははわずか六日から七日しか無い
軟蕙草ですか?」

「そうです。」

「殿下はなぜ断言されるのですか?」

靖王の気持ちは穏やかで静か。
口調も平坦として言った。
「本日、母上にご挨拶へ伺った時、
母上がそう私に告げたのです。
皇后が発病した時、
母上も他の嬪妃(ひんひ)たちと一緒に正陽宮へ
朝の挨拶へ伺っており、
皇后のあまり遠くない位置におり、
そのため、はっきり分かったとのことです。」

梅長蘇のまなこは一瞬固まり、
ゆっくりと言った。
「静嬪様は・・・どのように軟蕙草だと
ご判断されたのでしょうか?」

「母上は後宮へ上がる前、
この種の薬草をたくさん見て来ており、
その香りも良くご存じです。
それにその効果がどのように
発揮されるのかにも詳しいのです。」

靖王は梅長蘇の表情を見て更に
言った。
「もしかしてご存じないかもしれないが、
母上は以前医女でした。
見誤る事はありません。」

「殿下、誤解でございます。
静嬪様の判断を疑っているのではなく、
ただ・・・いったい誰が皇后へ手を下したのか、
また何故その様な
緩い効果の薬草を使ったのか
考えていたのです。」

梅長蘇は眉をしかめ、静かに物思いに耽った。
額には薄っすらと汗をかいていた。
焦って考えていたために、
彼の指は無意識に布団の一角を捻じり、
ゆっくりと揉んだ。
気が付かぬうちに、
指の先端は少し赤くなった。
  ※これは!林殊の癖ですね^^
   ドラマでは着物の縁をこすっていた
   気がしますが・・・

「そんなに大事(おおごと)ですか?
そのように気を揉む必要がありますか?」
靖王は眉間に皺を寄せて彼の顔色を見た。
思わず
「貴方だけでなく、私も探っています。
誉王は皇后の病気の原因は分かっていないだろうが、
すでに宮中で躍起になり調べているはず。
すぐに誰が薬草を飲ませたのか
判明すると思いますが。」

梅長蘇は目を閉じ、弱弱しく笑った。
「殿下が仰る通りです。
最悪、皇后が大祭に参列できないと言うだけで、
確かに大きな影響があるとは思えません。
ただ釈然としないのです。」

「蘇先生は何かをお考えになる時、
無意識に手で何かを捻じったりされるのですか?」

梅長蘇はハッとし、
音もたてずに布団を離し、笑った。
「いつもこの様な感じです。
何もせず、呆(ほう)けている時にも、
無意識に指が動くのです。
この様な習慣のある者は多いのでは
ないでしょうか?」

「確かに・・・」
靖王は瞳に少し疑いの念をもちながら、
「私が知っている中で、
その様な癖を持っている者が幾人かいましたが・・・」

梅長蘇は手を円筒の手温めの中に入れ、
話題を変える様に言った。
「蘇がご挨拶に伺っておりませんでした間、
殿下の近況はいかがでしたでしょうか?」
  ※円筒の手温め・・・マフはご存じですか?
   ヨーロッパなどで毛や織物で作った筒の様な
   服飾品があるのですが、あれです・・・
   寒い時に両側から手を入れるもの。
   日本語探しましたが見つからず。
   さすがに時代劇にマフとか書けないですTT
   ↓ マフ

マフ

靖王は深々と彼を見て言った。
「当然、蘇先生が残して行った課題で
忙しかったですよ。
府内、軍内全て整えました。
外ではあの名簿に載っていた者と交流し、
・・・蘇先生は確かに慧眼の持ち主ですね。
選ばれたあの者たちは良臣ぞろいでした。
とても楽しく付き合っています。
そうだ、数日前
鎮山寺でたまたまお救いしたのが
中書・令柳澄の孫娘でした。
これも先生が計画されたことですか?」
  ※ドラマで正妻になった娘さんでは??
  もし正妻の方だったら、こんな出会い方してたなんて。
  靖王もなかなかドラマティック!

梅長蘇は頭を捻り、
彼をしばらく見つめた後、
突然笑い出した。
「殿下は私を本当に妖怪にしたいのですか?」

「え・・・」靖王は勘違いと知り、
少し居心地悪さを感た。
「考え過ぎだったか・・・」

「ですが、殿下が気づかせてくれました。
もし本当に良い策があれば、
それを実行する人間を探し、
殿下に好意が集まるように致しましょう。」

靖王は冷笑した。
賛成する気はあまりないようで
「好意と言うのは、
もし本物でなければ
何の意味もなさないと思うが?
良臣との交際も、
手腕など大して必要ないだろう。
誠心誠意を以って人と交流すればよいのであって、
彼らの好感度を気にして何になると?
先生は保養に専念されて下さい。
この件に心を煩わす必要はありません。」

「道のある君子は、
之を以って相手を騙(かた)る。
誠意だけを持ち、
手段を持たないのは誤りです。」

梅長蘇は蕭景琰目の中に微かな冷たさが
現れたのを見ながら、
口調は更に冷たく
「嫡位の奪取と言うこの件を
誠意や、善意だのと比べるのは構いませんが、
では歴史書の中のあちこちにある血の跡
はどこから来るとお考えでしょうか?
殿下、今、頭角を現すのは少しに留置(とめお)き、
しばらくの間 曖昧にやり過ごして下さい。
一旦皇太子と誉王が貴方様を意識したら、
恐らく一切の温情も無くなりましょう。」

 靖王は冷たく硬い表情でしばらく黙り込んだのち、
ゆっくりと言った。
「先生の仰ることは分かっています。
この道を歩み始めたからには、
当然その様に単純ではいられない。
私が先ほど申したかったのは、
人により異なるという事です。
この世のある種の者たちは、
貴方がどれほど策を練ったとしても、
得ることが難しいのです。」

梅長蘇は唇に気が付かれないほどの
微かな笑みを浮かべ、
静かに答えた。
「人を用いると言う道は、
本来一概に語る事は出来ません。
私には私の方法があり、
殿下には殿下の戦略があります。
私は才を計り、殿下は徳を見る。
時には才に重きを置き、
時には徳を重んじる。
殿下が誰をいつ、
何処に用いるかを見て
判断せねばなりません。」

靖王は濃い眉を寄せ、
頭を下げて何も言わずこの言葉を反芻した。
彼は元々理解力が高かったので、
たいした時間も掛けずに
梅長蘇の真意に気が付き、
双眸を上げ、淡々と述べた。
「先生の見識は確かにこの景琰を凌ぎます。
今後もどうぞご指導のほどお願い致します。」

梅長蘇は笑って、
気分を少し穏やかにする様な
言葉を掛けようとした時、
突然窓の隙間から童路が庭を
往復するのが見えた。
何か報告したい事があるようだが、
来客中の為、
遠慮して入って来なかった様だ。

「殿下がお気になされない様でしたら、
配下をここに呼び、報告させても構いませんか?」
梅長蘇は童路を放っておくつもりだったが、
すぐに気が変わり、笑顔で尋ねた。

靖王は察しの良い人だったので、
即座に身を起こし言った。
「もちろん先生に用事があるのならば、
ここで辞去致しましょう。」

「殿下少々お待ちください。
彼が報告することを
殿下のお耳にもお入れしたいと
思っております。」
梅長蘇は体を曲げ礼をしたが、
靖王には何の反応も無かった。
そこで声を張り上げ、外へ向かって言った。
「童路、入りなさい。」

童路は突然その声を聞き、
飛び跳ねて驚いたが、
すぐに気を取り直し、
速足で階段を上り
部屋の扉を開け、
まだ挙手礼をしないうちに、
梅長蘇は目で指示を出してから言った。
「靖王にあらせられる。」

「童路、靖王に拝謁いたします。」
青年はとても賢かったので、
客人の身分を聞いてすぐさま
衣の裾を持ち広げ、跪拝を行った。

「楽にせよ。」
靖王は軽く手を振り、梅長蘇へ言った。
「この者は江左盟の者か?
確かに英気がある。」

「殿下、勿体ないお言葉です。」
梅長蘇はすぐに恐縮した言葉を述べ、
童路へ言った。
「私に会いに来たという事は、
火薬の件について何か報告でも?」

「はい。」
童路は上半身を起こして答えた。

「殿下はこの件をご存じない。
もう一度最初から詳しく話して欲しい。」

「は。」
皇子の前とは言え、
童路はやはり豪胆な一派の者だ。
少しも臆する事なく、
「事の始まりは、
運河青舵(うんがせいだ)と
脚行帮(きゃくぎょうばん)の仲間が
様々な運送品に混じって
小分けにされた数百斤の火薬を
発見したことです。」

この言葉を聞き、
靖王の表情は少し動揺したかの様だった。

梅長蘇は笑い、気遣うように言った。
「殿下は江湖と接する機会が
少ないのでご存知ないと
思われますが、
運河青舵と脚行帮は、
船を操舵する者たちと
荷捌きを請け負う人夫たちが
結成した江湖の集団です。
一つは水路を行き、
一つは乾いた道を行きます。
彼らの関係はとても良好です。
身分は低いですが、
義に固く、彼らの首領は
率直で爽快な立派な男です。」

靖王は頷きながら梅長蘇を一眼見た。
この書生は天下第一盟の宗主だが、
彼本人は読書人といった風情で、
見た目は美しく弱々しい。
そのため
彼が江湖の者であると言う事を
度々忘れさせてしまうのだ。
この状況は、
心中やっと僅かに納得し、
彼の各種流派への影響力の強さを
意識せざるを得なかった。

「大量の火薬のため、
万一爆発でもすれば殺傷能力は高く、
宗主の安全を確保するために、
我らは火薬の保管場所を追跡しました。」
童路は梅長蘇が続きを促したのを見て
「幾度も探りましたが
何も収穫が得られないとは
思いもよりませんでした。
その後宗主の命を受け、
最近、積み替えなしで輸送された
官船を細心を持って調査したところ、
貨物に火薬を紛れ込ませた跡を
発見したのです。
この官船に積まれていた荷物は
主に生果実、香料、絹などの
貴族官僚が新年に使うもので、
行き先は多岐にわたり、
ほとんどの荷物が予約されたもので、
どの屋敷が1番怪しいのか
判断することが出来ませんでした。」

「官船に積み込むなんて芸当は、
一般的な江湖の者には成し得ない。
必ず朝廷の高官が関わっているはずだ。」
靖王は眉をひそめ口を挟んだ。
「両家の官船で運んだものでは無いと
確定しているのか?」
  
靖王が口にした両家の官船の意味は、
その場に居る者はみな分かっていた。
大梁の法律では、
朝廷は火薬を厳格に
管理しなければならない。
兵部直属の霹靂堂(へきれきどう)が製造する火器と、
戸部直下の制炮坊(せいほうぼう)の製作する花火・爆竹
のみが許されており、
他の者が火薬に触ることは
一切許されていない。
いわゆる両家の官船とはつまり、
霹靂堂もしくは制炮坊の商標を掲げた
火薬を運送・交易する事であり、
これを除いた他は全て禁止されている。

「両家の物ではございません。
官運の記録には
今回の火薬についての記載は
一切ございませんでした。」
童路は断定し、
「官船の貨物は満遍なく
金陵に行き渡っており、
まったく手がかりの糸も無く、
しばらく手足も出ませんでしたが、
ちょうど良い具合に、思いがけず…」

「童路、結果を話してくれ。」
梅長蘇は優しく言った。
「殿下には君の長講釈を
聴いて頂く時間は無いんだ。」

「は」童路は顔を赤くしながら
顔を掻いた。
「火薬が最終的に運ばれたのは
北門近くの囲われた大きな屋敷で、
その中に闇の制炮坊があり…」

「闇の制炮坊だと?」

「殿下はご存知ないと
存じますが、
年の暮れが迫りますと、
爆竹の価格が暴騰致します。
制炮の販売は暴利を得られるのです。
ですが官製の炮坊は
爆竹を販売した収入を
全て国庫への歳入と致します。
戸部の収入とはなりません。
そこで元尚書・楼之敬は
密かにこの闇制炮坊を開き、
隠して運んだ火薬をここで制炮し、
全ての収入を…自分の懐へ入れ、
主に皇太子へ…」

「それは、皇太子と戸部が通じて
闇制炮坊を開き、
暴利を貪っていると言うのか?」
靖王は立ち上がり、
「これは何と言うことだ!」

「殿下何をそんなに
怒る必要がありますか?」
梅長蘇は淡々と言った。
「楼之敬は既に舞台から去り、
沈追に代わりました。
必ず厳格に調査するでしょう。
この闇制炮坊も時間の問題です。」

靖王はしばらく黙り込み、言った。
「怒る必要が無い事は分かっている。
皇太子に何の期待も抱いておらぬ。
ただ一時的に耐えられなかっただけだ。
蘇先生が私を引き留めて
この話を聞かせたのは
皇太子がこの様な人物だと
私に知らせるためだろう?」

「それは違います」
梅長蘇は少し驚き、失笑して言った。
「童路が入って来る前は
私もこの調査結果を知りませんでした。」
ここまで話して、梅長蘇は懐から
あの小さくて丸くて太ったテンを
取り出し、
童路へ手渡した。
「飼い主へ返しなさい。
もう必要はないし、
私も面倒を見る時間は無い。」

童路は小霊を受け取り、下がった。

梅長蘇は彼の退出を待ち、
靖王に向かって低い声で言った。
「殿下、もしかして…
静嬪様に何か申し上げたのでは
ございませんか?」

靖王は驚き、すぐに頷いた。
「私が歩む道を選んだ事を
母上には必ず知らせ、
準備をして頂きたかったのです。
ですが安心して下さい。
母上は絶対に私の邪魔は致しません。」

「存じ上げております」
梅長蘇は聞こえないくらいの
声の大きさで自独り言を言い、
頭を上げて
「殿下、どうか静嬪様に
ご伝言をお願い致します。
後宮内での力はとても弱いと存じます。
どうかくれぐれも殿下の力添えを
しようなどと考えないで頂きたいのです。
静嬪様から見て出来そうな事が
あるかもしれませんが、
調べることも、
問うこともなりません。
私が後宮内で力を発揮出来る事がございます。
暫くの間は、
静嬪様をお護りする事に
全力を尽くしますので、
殿下もどうか御安心下さい。」

「後宮内にも人を配しているのか?」
靖王は驚きを全く隠しもせず、
「蘇先生の実力は全く軽視出来ませんね。」

「殿下、そんなに驚くことではございません。」
梅長蘇は静かに彼を見返した。
「天下には哀れな運命の者が
沢山おります。
幾らかの恩恵に預かれるとなれば、
買収するなどこの上なく簡単なことです。
例えば先ほどの童路ですが、
彼は逃げ道が無くなり江左盟に
引き取られたのです。
その為、絶対的な忠誠心を待っており、
私も彼を用いているのです。」

「だから彼をこんなにも信頼し、
私に接見させたと?」

「私は彼を信頼していますが、
単に彼の人柄だけに依るのではなく、」
梅長蘇は瞳の中に徐々に氷の様な
冷たさを見せ、
「童路の母親と妹は廊州に住んでおり、
江左盟の管理下にあります。」

靖王は彼をしばらく見つめ、
突然その意味を理解し、
思わず眉毛を上げた。

「童路へこの様に対するのは、
人を用いて疑わず、
これが私の誠意です。
母を留め置き、
妹を手中に納め、
万が一に備える。
これが私の手段です。」
梅長蘇は冷たく言い、
「ひと全てがこの様に厄介な訳ではありませんが、
ただし比較的重要な人物に対しては、
誠実と手段、どちらも欠かす事は出来ません。
私が先ほど殿下に申し上げた事は、
この様な観点の一つです。」

靖王は頭を振りため息をついて言った。
「貴方が何かを成そうとする時、
いつもそのような辛辣な物言いをされるのですか?」

「私は元来この様な人間です」
梅長蘇は無表情で言った。
「人はただ友から裏切られるのです。
敵からは永遠に『売られる』『裏切る』
機会などありません。
家族の様に親密であろうとも、
例え本当の兄弟であっても、
あの薄い皮膚の下、
心にどんな真意が隠されているのか
分かりはしません。」

靖王の視線は固まり、昔の光景が一瞬脳内を掠め、
心に痛みを感じ、食いしばるように言った。
「仰る意味、分かります。
しかしこの様に人に対応しては、
人の心も必ず同じように貴方に返すでしょう。
この理屈は分かりますか?」

「承知しております。
ですが、構いません」
梅長蘇は火鉢の中で踊るように燃える
赤い火を見つめ、
その灯りは顔の上で絶えず陰影を作り、
「殿下がどのような手段で私を試そうとも、
探ろうとも、私は構いません。
忠誠とは何かを知っております。
自分の考えに背こうなどとは思いません。」

彼のこの話は口調は淡々としていたが、
その意味は辛辣であった。
靖王は耳にした時、
胸中に様々な感情が入り混じり、
どの様に反応して良いか分からなかった。
室内はしばし沈黙し、
相対して座る両人は、
心の中で様々な思いを巡らせているかの様でもあり、
何も考えていない様でもあり、
ただ呆けているのであった。

この様に黙って茶の一杯でも出来上がるような時間が経過し、
靖王は立ち上がってゆっくりと言った。
「先生、ゆっくりお休みください。
失礼いたします。」

梅長蘇は淡々と頷き、その場に起き上がり
寝台で体を支え言った。
「殿下、気を付けてお帰りください。
お見送り出来きず申し訳ございません。」

靖王の影が消えてすぐ、
飛流は寝台の脇から姿を現した。
手には相変わらず蜜柑を持ち、
頭を傾げて梅長蘇の表情をじっくり観察した。
長い時間観察したあと、俯き蜜柑の皮を剥いた。
一房取ると、梅長蘇の口元に運んだ。

「冷たすぎて蘇哥哥は食べられないよ、
飛流自分でお食べ。」
梅長蘇は微笑して
「窓を開けて換気してくれないか。」

飛流は言いつけ通り窓の方へ進み、
賢く今まさに陽光が差す西の窓を開けた。
室内の空気はすぐに流動し始める。

「宗主、冷えます。」
庭に控えていた黎綱が走って入って来た。
少し心配しているようだ。

「大丈夫だ。少しの間だから。」
梅長蘇は耳をそばだて、「庭で喧嘩してるのは誰だ?」
「吉おじと吉おばです。」黎綱は我慢できず笑った。
「吉おばが また吉おじの酒瓢箪(さかびょうたん)を隠したので、
吉おじがこっそり探したのですが見つからず、
結果、吉おばに怒られているのです。
ここ何年も隠している物は
そんなに簡単に見つからないと・・・」

梅長蘇は手の力が急に抜け、
飛流から受け取ったばかりの茶を
青煉瓦(あおれんが)の上に落し、茶碗は粉々になった。
「宗主、どうなされたのですか?」黎綱は驚き
「飛流、早く支えるんだ。晏大夫を呼んでくる・・・」

「必要ない・・・」梅長蘇は手を上げ、彼を止めた。
枕の上に横になり、頭を上げて沈思すると、
額の上にすぐに冷や汗が滲み出て来た。

同じ理屈だ。
闇制炮坊も今年初めて火薬を流用し始めたはずはない。
どうして以前は探知できなかったのに、
今年はこう易々と青舵と脚行に異常を察知させた?
まさか楼之敬が倒れ、
結束力が弱くなったと言うのか?

いや、違う。
闇制炮坊の火薬の流用は今に始まった事では無い。
必ず独自の輸送経路があるはずだ。
青舵と脚行の従来の混載便を利用せずに、
官船の中に紛れ込ませる方が穏当だ・・・
戸部は毎年大量の物資を調達している。
官船を使い、誰にも気づかれず、自分の管理下に置く。
どう考えても民間船で運ぶ危険を冒す事は無い・・・
青舵と脚行を使って火薬を運ぶ者は、
戸部の闇制炮坊と同じとは限らない!

もし・・・その者が戸部の闇制炮坊の秘密を
掴んでいたとしたら、
当然その状況を利用するはずだ。
火薬を個人的に京城へ運び入れた事が
もし発覚したとしても、
巧妙に闇制炮坊への道筋をつける事も可能だ。
そのため他人の目を混乱させられる。

闇制炮坊は密かに火薬を金陵に持ち込んでいるが、
一般人に探れるのはここまでで、
真相に辿り着いたと錯覚させ、
他にも使い道があるなどと誰にも思い至らせることは無い。
違う場所へ向かった火薬は
京城のどこかに保管されている・・・

その者は一体誰なんだ?何が目的だ?
火薬の使い道は、
爆竹を製造するのでなければ、
何かを破壊する為だ。
こんなに手間を掛けて、
身をかわし戸部を自分の盾と成し、煙幕を張る。
彼は絶対に普通の江湖人ではない・・・

もし江湖に恨みのある者では無いとしたら、
それは朝廷に関する事に違いない。
もし人を殺すとして、
何を破壊したいのだ?

京城に近々で何か重要な事があっただろうか
攻撃目標になりそうな何かが?

ここまで考え、ある言葉が梅長蘇の頭に雷のように閃いた。
年末の祭礼・・・大梁にとって年に一度の一番重要な祭典・・・

梅長蘇の顔色はこの時すでに雪のごとく青白くなっていた。
が、その双眸だけは更に光り、清らかで、灼々と熱を帯びた。

彼は以前聞いた一つの言葉を思い出した。
その時耳にしており、心に何か動いた感覚はあったものの、
意識していなかったし、心に留めてもいなかった。
しかしこの時突然思い出した。
それはまるで秘密の門を開ける鍵の様だった。

霧の中を迷ううちに、
梅長蘇は敵の偽りの姿を飛び越え、
一足飛びに一番奥底の恐ろしい光を捉えた。

晏大夫が急いで来た時、
梅長蘇は既に寒医・荀珍の特製丸薬を服用した後で、
衣冠を整え部屋の真ん中に立っており、
飛流が小炉の炭を交換するのを待っていた。

老大夫が髭を吹き目を見張っているのを見て、
この宗主大人は済まなそうに言った。
「晏大夫、自分が出向かなければならない用事が出来ました。
安心なさってください。温かい服装です。
飛流と黎綱も一緒に来ます。
外の雪も止みました。何の問題も無いと・・・」

「問題があるかどうかは私が決める!」
晏大夫は戸口に立ち、閂になるかのような勢いで
「何を考えているか知っておる。
荀小僧の丸薬は
道士が作った百の病気を取り除き、
仙人が作った不老不死の薬と同じと思ったら大間違いだ。
それは急場をしのぐだけで命は救えない。
風寒の症状とは言え、普通の体とは違うのだ。
休養もせず、東奔西走して何をしようと言うのだ?
もし倒れて帰ってきたら、
わしは看板倒れだぞ分かっておるのか?」

「晏大夫、今日は出かけさせて下さい。
なにごとも無く帰ってくることをお約束します。
今後は大夫の言いつけ通りに致します・・・」
梅長蘇は穏やかに笑って言い、
飛流に向かって手を振り
「飛流、扉を開けてくれ。」

「えい・・・」
晏大夫は激怒し、口からは白い息が吹き出したが、
武術の達人では無かったので、
すぐに飛流にまるで人形のように担ぎ上げられ、
担ぎ下された。

梅長蘇はこの間に部屋から逃げる様に出て、
すばやく黎綱が用意し階段前に待機した、
暖かな輿に乗った。
彼が担ぎ手に何か言いつけると、
輿は担ぎ上げられ、
老大夫の咆哮を後方に置き去りにして出発した。

恐らく薬の作用か、
温かい輿の内部が快適だったためか、
梅長蘇は体調が良いように感じられ、
頭も冴えていた。
手足も昨日とは違い力が抜ける感覚は無く、
これから直面する状況に対し、準備する事ができた。
輿のすすむ速度は速かったが、
歩きであることに変わりは無く、
目的地に到着するまでに今しばらく時間が掛かる。
梅長蘇は目を閉じ、気持ちを整えながら、
再度 自分の思考を整理した。
ただ阻止するだけならば、
難しい事では無い。
如何にして表面に張る氷の層を破壊する事無く、
密かに流れている流れを押しとどめる事が出来るのか。
これが一番精神力を消耗する点だった。

二刻ほどたった後、輿は気品ある門構えの屋敷前に止まった。
黎綱は大門を叩き開かせ、
名帖(めいちょう:名刺のこと)を届けに中に入ってすぐ、
主人が急いで迎えに出て来た。
   ※二刻 30分
   史実の梁時代と同じと仮定して、当時の1日は96刻。
   一刻は15分で、二刻で30分です。
   ドラマだと一刻1時間だった気がしますが、
   (すみません、うろ覚えで・・・
   恐らく古装ドラマが不文律で一刻1時間に
   なっているのかもしれません。
   実は中国は時代によって一日の刻数が違います。
   今回調べて初めて分かりました。

「蘇兄、どうして突然いらしたのですか?
早く、どうぞ早くお入りください。」

梅長蘇は飛流の助けを借りて輿から降り、
対面した若者を見て言った。
「こんなに寒いのに、短丈の服を着てどうしたんだい?」

「いま打毬(だきゅう)の練習中だったんです。打っていたら熱くなって、
上着は着ていられなくて脱ぎました。
臭うかもしれませんが、蘇兄、笑わないで下さいよ。」
言豫津は笑いながら梅長蘇と中に進み、
二の門に入ると、広い広場があり、
そこで何人かの若者が打毬の練習をしていた。
  ※以前の章(霓凰の危機があった時) 
  で、馬球としていましたが、今回は打毬としました。
  日本語だと打毬らしいです・・・

景睿がはや足で駆け寄り、
梅長蘇の突然の来訪に驚いている様だった。

「暇でやる事が無いので、外へ出て来たんだ。」
梅長蘇はいつも一緒に居る仲の良い二人に向かって言った。
微笑して、
「京城に来て長いのに、
まだ豫津の家へご挨拶に伺って
無かったのは本当に失礼だからね。
豫津、ご尊父はご在宅かな?」

「まだ帰宅していません。」
豫津は肩をそびやかして言った。
口調は軽く、
「今父上は心を全て道士に
からめ取られてしまったのです。
朝早く出て夜遅くならないと
帰って来ません。
でも今日は早く帰ってくると思いますよ。」

「2人とも遊びに戻りなさい、
私の相手をしなくて大丈夫だ。
そばで見ているよ、
見識を広めなくてはね。」

「蘇兄、笑い話はやめてほしいな。
一緒にやらなきゃつまらないですよ
豫津は張り切って言った。

「豫津の話の方が笑い話じゃないか。
私のこの状態では、
私が球を打つのか、
球が私を打つのか
分からないじゃないか?」
梅長蘇は頭を揺らしながら笑った。

「じゃあ飛流を連れて行きましょう。
気にいると思いますよ。」
豫津はこの考えを思いつくと、
目がきらりと光った。
「飛流、おいで!
どの色の馬が好きか
哥哥に教えて。」

「赤色!」

豫津は楽しそうに飛流を連れて行き、
馬を選ぶのを手伝った。
馬具を探したりと忙しい。
蕭景睿は梅長蘇のそばで
心配して言った。
「蘇兄、少しは良くなりましたか?
あちらに椅子があります。
あちらへ行って、座りましょう。」

梅長蘇は頷きつつ、笑って言った。
「謝弼は一緒じゃないのかい?」

「弟は打毬が好きじゃないんです。
どちらにせよ
年越しの準備もしなくてはいけないですし。
ここ数日は1番忙しい時なんです。」

梅長蘇は、景睿が話しながら
毛皮の外套を着たのを見て、
慌てて言った。
「私に付き合う必要は無いよ。
一緒に訓練の続きをしておいで。」

「訓練はほぼ終わりました。」
景睿は視線を場内に向けた。
「飛流が打っている所を見たいんです。
面白そうです。」

「飛流を舐めたらいけないよ。」
梅長蘇は座り、
同じ様に場内に視線を向け、
彼の小さな衛士に手を振った。
「馬術がとても上手いんだ。
一旦規則を覚えたら、
君たちじゃ彼の相手にならないよ。」

2人が話をしていると、
飛流は棗(なつめ)色の駿馬に跨り、
豫津が側で彼にどうやって
毬杖(ぎっちょう)を使うか教えていた。
少年は何回か試したが、
力の調整が上手く出来ず、
芝を掬い飛ばし、
球に当たらなかった。
他の者はみな止まって
飛流を囲み好奇の眼差しで見た。
飛流はとても腹が立っているようで、
一打ちで球を高く打ち上げ、
壁から外へ出してしまった。
続いてすぐに
「誰だ?誰が球を我々に当てたんだ?」
と大声で叫んだ声が聞こえた。

「人に当たった様です。
行って見てきます。」
景睿は立ち上がり、豫津と一緒に
門を出て行った。
どうしたことか、
かなり経ってからやっと戻って来た。

飛流は全く気にも留めず、
変わらずに場内で球を追いかけ遊んでいた。
しかし幾らも経たないうちに
球を打つ時に、
毬杖を真っ二つに折ってしまった。
この時、打毬に参加していた他の貴公子たちは、
日の傾きを見て続々と辞去して行った。

球場には飛流ただ一人が馬に乗ったまま、
行ったり来たりを繰り返していた。
豫津は彼に新しい毬杖を渡そうとしたが、
彼はそれを断った。
馬を操りながら球を蹴らせ、
楽しんでいたからだ。

梅長蘇は聞いた。
「球に当たった人は誰だった?大丈夫だったかい?」

「直接当たってはいませんでした。
夜秦が今年の年貢を納めに来たときの使節団で、
馬球は貢物の木箱に当たったんです。
今回の使節団は人数が多かったですよ。
でもあの大使はずる賢い顔つきでした。
使者としての風格ではありません。
夜秦は我々大梁の属国だとは言え、
良くも悪くも一つの国です。
何もあんな人物を選んで遣わすことは無いだろうに!」

梅長蘇は彼の話を聞いて、
遠い昔の記憶を思い起こした。
目はぼんやりとした様子で
「では、言貴公子として、
どんな人物が一国の大使に適していると思う?」

「私の心の中で一番適任だと思うのは、
やはり蘭相如ですね。」
豫津は興奮と感激のあまり言った。
「凶悪残忍な国に遣わされても恐れること無く、
弁を用いて群臣を威圧し、暴君を鎮め、
玉を完全(完璧)な状態で持ち帰り、
君主と国を辱める事が無かった。
いわゆる賢明で勇敢な心の持ち主です。
この人物に勝るものはいません。」
   ※蘭相如のエピソードは有名ですが、
   ウィキペディアの記事が感動的にまとめられているので、
   良ければどうぞ。(前半部分です)
   文中の秦の昭襄王は、始皇帝のお爺さんだそうです。
   藺相如 - Wikipedia

「古代人を称賛する必要は無いじゃないか。」
梅長蘇は唇に
あるかないかほどの笑いを微かに浮かべ、
「我々大梁国の中に、
かつてその様な大使がいたんだが。」

二人の青年は顔に好奇心を浮かべて、
「本当ですか?誰ですか?どの様な方なのですか?」

「当時大渝、北燕、西漠が連盟を組み、
大梁国の国境を犯し、領土を奪い取ろうとした。
兵力には大差があり、敵は五で我々大梁は一。
連綿と軍営を連ね、国境を越え圧力を掛けて来た。
そこへ、歳は二十の使者が遣わされた。
手に王杖を持ち、
百人の追従を連れたのみで
絹の衣に素冠、
軍営をつらぬき、
刀や斧でその身を削がれたとしても、
不退転の覚悟だった。
大渝の皇帝はその勇気に感動し、
人を遣り王庭で接見した。
彼は宮内で大渝の群臣たちと舌戦を繰り広げ、
その弁舌はまるで刀の様だった。
連盟による利益は元からあまりなく不穏当だったので、
彼の弁舌により、内部から徐々に崩壊していった。
我々の官軍と将校たちはその機に乗じて反撃を行い、
危機を脱出することが出来たのだ。
この使者は蘭相如に少しも劣っていないと思うけれどね。」

「わぁ、我々大梁国にもその様な人物が居たんですね?
どうして私たちは全く耳にした事がないのでしょうか?」
豫津の顔は満面驚きに満ちていた。

「三十年も前の昔話だ。
徐々に人の口の端にも上らなくなった。
君たちの歳では知らなくても可笑しくはないよ。」

「じゃあ何故蘇兄は知って居るのですか?」

「私が君たちより少し年上だからだろう。
上の世代が言っていたのを聞いたんだ。」

「では、その使者はまだご存命なのでしょうか?
もしご存命なら、一度お会いしてその風格を拝みたいものです。」

梅長蘇はじっと豫津の瞳を凝視し、
顔つきは厳粛な様子で、
一文字一文字はっきりと言った。
「もちろん会えるとも・・・豫津、それは君のご尊父だよ。」

豫津の笑顔は一瞬で固まった。
唇は軽く震え、
「な・・・何を言っているのですか?」

「言侯、言侯」梅長蘇は冷たく言った。
「まさかこの爵位は言太師の息子であるから、
国舅父であるから、
その身分を賞して授けられたとでも思っていたのかい?」
  ※太師ですが、調べると王朝により
   呼び名も役割も違ってきます。
  とりあえず、宮廷内のとてもすごい高官、
  という事で・・・(^^;)
  ※ここで以前の章で述べていた、
  大梁の制度、「侯」に封ぜられるのには
  軍功を積むと言う設定が活きて来ますね!

「で、でも・・・」
豫津は驚きのあまり、座っていられないかのように、
椅子の肘掛けを掴んで体を預けてようやく落ち着き、
「父上は今・・・明らかに・・・」

梅長蘇は微かにため息をつき、目を閉じ頭を振った。
口の中でゆっくり吟じる様に
「’烏衣の謝家の子弟たちは、意気揚々とし、数万の精鋭を率いた
 座して敵兵の南からの渡河を見、敵はまるで鯨に怯える様に散り、
水の中に散る。直ちに大功を成す
’・・・」
ここまで吟じたとき、声は低くなり徐々に消え、
目には傷心の色が一段と深まった。
    ※梅長蘇が吟じたのは、宋代・葉夢得の詩の一節。
     淝水の戦いを詠んでいます。(前秦と東晋の戦い)
     淝水の戦い
     原文:
                 想乌衣年少,芝兰秀发,戈戟云横,
            坐看骄兵南渡,沸浪骇奔鲸。转盼东流水,一顾功成。
     解説文を訳したので、雰囲気だけでも。。。
       東晋の都 建康が前秦に攻撃された時、
       烏衣(地名)の謝家の子弟たちが
       淝水の戦いで軍功を上げた様子です。
     ※この詩を取り上げることで、過去の栄光を懐かしむ様子が
     描写されているのではないかと思います。
     言侯の軍功を語る引き合いとして出した感じでしょうか?

英気をみなぎらせた青春、英雄の熱血、手綱を取り侯を封じ、
誰が天気を笑ったり、怒ったりなどしようか?
この世の全ては無常であり、時は水のように流れ、
それはまるで一瞬の出来事で、あの日の若々しい顔はもう戻らない。

しかし梅長蘇の感慨深さがどんなに深いものであっても、
豫津のこの時の驚きには比べようもなかった。
何故なら、この数年、夕暮れのように静かに暮らし、
毎日ただ香と丸薬に向き合う老人が、
最も慣れ親しんだ姿だったからだ。
淡泊な顔と白髪交じりの髪、
世間一般の諸事に無関心な
永遠に閉じられた目・・・
かつて彼がこんなにも才気煥発で
生き生きとした時代があったなどと、
全く想像もしたことなど無かった。

景睿は豫津の硬い背中に手を置き、
軽く叩いた。
雰囲気を変えるような、
何か気の利いた事を言おうとしたが、
何を話せば良いか分からなかった。

梅長蘇は二人を見ず
立ち上り、
視線は大門へ向け、言った。
「お戻りになられた。」

その言葉通りに、赤い帽子に青い顎紐の四人が担いだ
輿が二の門をくぐってやってきた。
担ぎ手が輿の後ろの幕を開けると、
褐色を帯びた金の綿袍を着た、
背が高く少し前に傾いた姿勢の
老人が使用人に支えられて降りて来た。
耳近くの髪には白髪が混じっていたが、
顔には皺は無く、
全体的に特に老人の様な体の衰えを感じさせる事も無く、
50過ぎと言う年代に見合った容姿だった。
  ※古代は50歳で老人・・・(-_-;)

梅長蘇は遠くに彼を見とめると、
すぐさま速足で歩み寄った。
豫津はその場に立ち続け、呆けて、
一歩も動かなかった。

「言侯様、こんなに遅くまでお疲れ様でございました。」
梅長蘇は彼に近づく前に、声を掛けた。

言闕はまず国舅(こっきゅう)であり、
その後侯に封じられた。
侯位の方が位が高いが、
みな国舅様と呼びなれてしまっていたので、
大部分の者がそう呼んでいた。
ただ対面で会話をする時にだけ言侯と呼んだが、
彼はこの呼称で呼ばれる事を喜んでいた。
  ※言皇后は何歳で皇帝に嫁いだのでしょうか・・・??

「失礼ですが、どなた様でいらっしゃいますか?」

「蘇哲と申します。」

「おお・・・」
現在京城で一番話題の人物の名前だった。
言闕は世間の事に無頓着だったが、
この名前だけは聞き覚えがあったようで、
外向けの笑顔を見せ、
「お名前はかねがね伺っております。
息子が先生をずば抜けた才能の持ち主だと
申しておりました。
やはり普通とは違う様ですな。」

梅長蘇は淡々と笑い、何の世間話もせず、
直接本題に入った。
「言侯様には少々お時間を頂きたく存じます。
火急の件があり、言侯様と二人きりでお話を
したく参上いたしました。」

「この老人と話を?」言侯は失笑して言った。
「先生の京城でのご活躍は日に日に増すばかり。
私は日々を淡々と暮らしております。
この世に関心はありません。
この老人と話す火急の件などと言うものはあり得ませんな。」

「どうかここで無駄な時間を費やさないで頂きたいのです。」
梅長蘇は冷たい態度を取り、語気は霜の様に冷たく、
「もし静かな部屋を用意していただけなければ、
ここでお話するしかございませんね。
ただ外は寒うございますので、
言侯には火薬をお借りして温まるしかありませんが、
いかがでしょうか。」
◎◎◎◎

長い・・・1週間かかりました。
その間、息子が体調不良などあり、
少ししか進められなかったのもありますが(^^;)

いかがでしたでしょうか?
最後の火薬をお借りして、の下り好きです(笑
ドラマではどうでしたかねぇ???
本当に、色々忘れています。
本読み終わったらもう一周します!

私は梅長蘇が朦朧としながらも必死に思考し、
一つの答えにたどり着く場面が好きでした。
実は、この本の裏表紙にこの時の文が記載されています。
   
  他想起了曾经听过的一句话。
    当时听在耳中,已有些心中一动感觉,只是没有注意,也没有留心。
    可此时突然想起,却彷佛是一把开启迷们的钥匙。
  
  彼は以前聞いた一つの言葉を思い出した。
  その時耳にしており、心に何か動いた感覚はあったものの、
  意識していなかったし、心に留めてもいなかった。
  しかしこの時突然思い出した。
  それはまるで秘密の門を開ける鍵の様だった。

この言葉が本文のどこに記載されているか楽しみにしていたので、
火薬の謎を追っている時にだったんだ、と納得しました。
ドラマとちょっと違う感じでしたかね?
私、推理小説の読み過ぎで、ドラマで蜜柑から火薬の臭いしただけで
言侯じゃん??って分かってしまったんですが、ドラマだとどうでしたっけ?(忘れています・・・(;^_^A

あと、梅長蘇さん、急に詩を吟じるのは止めて頂きたい(笑
深すぎるから・・・調べるの本当に大変(-_-;)
しかも一人で感慨深げになちゃってるし。(そんな所も好きですけどね♪

きっと当時の言侯はとても周囲から尊敬されていたのでしょうね。
林殊も幼いころ、エピソードを聞かされた後には、
言侯を尊敬の眼差しで見ていたことでしょう。

豫津と林殊(梅長蘇)は7歳差かな?
豫津と霓凰が5歳差だったはずですよね?
霓凰と林殊はどんな感じだったんでしょう。
夏冬との会話の中で、
初めて出会ってすぐ意気投合した話は
出て来ましたけど。
あれって何歳くらいだったんでしょうね。
婚約が決まって1年で林殊が赤焰軍事案に
遭ってしまうのも
悲しかったですね・・・
(この章のストーリーと全然関係ないな・・・

蒙大哥と靖王も出てきて、
靖王とはドラマで胸熱だった、手段の話が出て来ました。
いやぁ、ほんと、名場面が過ぎます。

中書・令柳澄の孫娘は今後出て来ますかね?
ドラマだと静妃が勝手に結婚相手決めてましたが、
あれって、もしかして梅長蘇に言った話を、
そのまま静妃に話してて、
結婚の決め手になったのかしら?
と妄想しちゃいます。

次はいよいよ、言闕との会話が・・・
長くなり過ぎないように気を付けたいです(^^;)

ちゃんと訳せているか心配ですが、
お楽しみいただけたのならば、
嬉しいです。

ここまでお読み下さりありがとうございました☆

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