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野球用品から手を引くアシックス   ―球児減少の影響は避けられず

スポーツ用品メーカー、アシックスが2025年9月で、スパイクなどシューズを除く野球用品市場から手を引くことになったという。もともとはシューズメーカーだが、今回の動きを単なる事業の「選択と集中」とみなすわけにはいかない。日本を代表するメーカーが、グラブやバットの製造・販売から撤退する背景には、競技人口の急速な減少があることは疑いがないからだ。


ダルビッシュや鈴木誠也がアドバイザリー契約

アシックスとアドバイザリー契約を結ぶプロ野球選手は11人いる。メジャーリーガーではダルビッシュ有(パドレス)、鈴木誠也(カブス)、日本では丸佳浩(巨人)や近本光司(阪神)ら有名選手が、アシックス製品を使ってプレーしている。


グラブやバットは製造・販売しなくなるというアシックス

戦後、1949年に鬼塚株式会社として創業し、ランニングやバスケットボールなどのシューズメーカーとして地位を確立してきた。77年には、スポーツウエアを製造するジィティオ、ニットウェアを手がけるジェレンクと対等合併し、総合スポーツ用品メーカーとしての新社名を「ASICS」とした。「もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神あれかし、と祈るべきだ」というラテン語"Anima Sana In corpore Sano"の頭文字をとったという。

野球用品市場ではオニツカ時代の73年に靴底の金具が取り換え可能な「ゲーリック」というスパイクシューズを開発。79年からは米国の「ローリングス社」のライセンス契約を得て、グラブなどの販売にも力を入れた。ローリングスとの契約を2012年で終了した翌年からは「アシックス」ブランドの野球用品を手がけた。95年から14年まではイチローさん(マリナーズなど)にスパイクを提供。米ニューバランス社と契約する大谷翔平(ドジャース)も、14年から22年まではアドバイザリースタッフとして、アシックスのスパイクやグラブを身に着けていた。

野球市場の規模縮小は否めない

日本には、アシックスのほか、ミズノやエスエスケイ、ゼットなど野球用品を手がける大手メーカーが存在する。久保田運動具店(クボタスラッガー)など、野球に特化した中小企業も少なくない。少年野球からプロ野球だけでなく、大人の草野球や還暦野球にいたるまで対象となる年齢層は幅広く、メーカーもそうした競技人口の層の厚さに支えられてきた。

しかし、少子化の進行は急速で、野球人口の減少はそれよりも速いスピードで進んでいるといわれるほどだ。

日本高校野球連盟の今年5月の発表によると、硬式野球部の部員数は前年度より1326人少ない12万7031人で、10年連続の減少。加盟校数も20校減の3798校だった。中学校でも軟式野球部の減少は続き、日本中学校体育連盟によると、昨年度の加盟は7808校。ちなみに2003年は9007校であり、この20年間で1199校が姿を消したことになる。

このような状況に危機感を抱いたメーカーが共同で野球普及のためのプロジェクトを立ち上げたのは、2017年のことだ。野球人口が減少すれば、事業も規模を縮小せざるを得ないからだ。

「球活」のような協力を再び

アシックスを含む日本のメーカー18社が発足させたのは「一般社団法人 野球・ソフトボール活性化委員会」という組織だった。「Play Ball, Play Life.(人生に野球の喜びを!)」というスローガンを掲げ、「球活.jp」というウェブサイトを通じて普及活動を始めた。

日本プロ野球組織(NPB)や、全日本野球協会(BFJ)、日本ソフトボール協会(JSA)など、組織の枠を超えて各団体が賛同し、少年少女向けの教室開催などにも選手を派遣して協力した。

この活動が始まった直後、子ども向けの野球教室に協力した松井秀喜さん(ヤンキースなど)は「球活.jp」に掲載されたインタビューで、次のような話をしている。

「日本とアメリカでは、野球ができる環境が違います。アメリカは多くの広場でキャッチボールや野球ができますし、少年野球であっても芝生がきれいに整備された立派な球場でやっているんです。大都市ニューヨークでも、郊外に行けばそうした球場がたくさんあって、野球をする環境としては、やはり恵まれていると感じます。日本はどうかというと、もちろん地域によって違いますけど、アメリカと比較すると公園や広場があっても気軽に野球ができる環境にあるとは言えません。今日のように、安全面に考慮された屋内の施設がもっとあれば、気軽に野球をする人が、もっと増えると思います」

「球活.jp」のサイトより

「球活」のスタートから7年がたったが、子どもたちの環境が大きく改善されたわけではなく、今も競技人口の減少に歯止めがかからない。企業にとっては利益追求がもちろん第一だろう。時代に合わせた経営判断も必要だ。しかし、その一方で企業は人々の生活や文化を支える責務を担っている。

アシックスの撤退を、1企業のビジネスだと割り切ってとらえるわけにはいかない。「球活」が動きだした時のように、さまざまな団体や企業が垣根を超えて協力する取り組みが欠かせない。もう一度、危機感を共有する時ではないか。


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