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言葉

 「あなたのための短歌集」という歌集がある。
これは歌人の木下龍也さんが読者の方からお題をもらって詠んだ短歌を一冊の歌集にしたもので、出版以来多くのファンを魅了している。もちろん私も大好きな一冊。
なかでも私は67首目、

「大人になり、それなりに働きそれなりに恋をしてそれなりに過ごしてきた中で、やっぱり私は言葉が好きで言葉が嫌いなんだということを実感しています。私がお願いしたいお題は『言葉』です。」

というお題に対して、木下龍也さんが詠んだ

「抱き合っていても背中は空いていて愛は人間よりも大きい」

 という短歌がとても気に入っている。 

 この歌は正直一読するだけだと少しお題と短歌とのつながりがないように思う。だけど、自分なりに考えてみる。人と人が抱きしめ合っても相手の身体すべてを抱きしめることはできないけれど、人に「愛されている」と感じるとき、自分はまるで身体丸ごと抱きしめられているような気持ちになる。だから、「愛は人間よりも大きい」。
 そして、この首に限らず、一度読んだだけでは容易に理解は出来ない短歌というジャンルにおいて、「私は愛されている」という感情をわざわざ31音も使ってこんな風に回りくどく表すことができるというのは、まさに「言葉」ならではの厄介さと愛おしさを感じさせる魅力なんじゃないだろうか。

 この感覚、なんだか知っているな、と、ふと思う。自分が情けなくて仕方なくて押しつぶされそうな夜に、私は遠くで暮らす大事な人からもらった手紙を読み返す。手紙は、いろんな言葉を尽くして「あなたのことが好き」と私に伝えてくれる。ひとつひとつの言葉を心の中で反芻して、お守りみたいに抱きしめる。会えないし、連絡もしない。だけど、そっとそばに居て、私を包み込んでいてくれるような気がする。いつもいつも、私は言葉に、そしてその先にある人の思いに救われている。

 たくさんの短歌が収録されているなかで特にこの一首が好きなのは、私も言葉がとても好きだから。こんな風に文章を書くのも好き。自分から出力される言葉にはこだわりたい。正直、いつでもそうできているかと聞かれたら頷けないけど。投げやりに無責任な言葉を使ってしまう時もあるし、自分の気持ちを素直に言葉にできるときのほうが少ないかもしれない。でも、今までの人生でたくさんの言葉に、そこに乗せられた気持ちに救われてきたから、私も言葉を大切に選ぶ努力をしたい。




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