反射的に浮かぶ「無理」って、ほんとは大丈夫だったりする

『東京開催』という文字を見た瞬間、「あ、無理だ」と思った。

同時に浮かんだのは、「だって遠いし、お金もすごくかかるし…だから、無理でもしょうがないよね」という気持ち。

でも一歩引いて考えたら、その並べた言葉は『できない理由』ではなくて『やらない言い訳』でしかなかった。

「ここまでなら(それほど負担なく)やれる」という無自覚な線引きがあって、『東京』はそのラインを越えられなかったから反射的に「無理」と判断がくだされただけ。

だから、無理じゃない。

でも反射的に「無理」と思うほど、やるハードルは高い。主に心理面で。

だけどだからこそ、そのハードルを越えたら無自覚な「できない」の感覚が1つ消えて、「できる」の感覚が増える。

これ、すごく大事。たぶん、成長とか自己肯定感はこの積み重ねでできている。

そしてだいたいが『案ずるより産むが易し』

自分で勝手にハードルを上げていただけで、やってみたらそのハードルはそんなに高くないと、後から気づく。

だから反射的に「無理」と思っても、行動するハードルをがんばれば越えられそうなら、負荷をかけてでも越えた方がいい。


オンラインコンテンツの懇親会に参加した後だから思ったこと。


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