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8. トゥーツ - 言葉と鳴らし方を徹底解剖
はじめに
「トゥーツってどう鳴らすの?」という技術的な内容に進む前に、まずはトゥーツをメタ認知するために、その言葉の意味や日本でこの言葉が使われるようになった経緯、そして研究者の論文などをひもときながら、まずはトゥーツという言葉を深堀してみたいと思います。
そして、速いテンポの中で細かく刻んだり、曲中に長くのばして鳴らしたり、あらゆるタイミングでトゥーツを鳴らしても、かすれたりビビったりすることなくクリアーで、きれいな音で鳴らせる。ヨォルングのイダキ・マエストロが鳴らすトゥーツに肉薄するにはどうしたらいいのか?という視点でまとめてみました。
トゥーツ - その言葉の意味
ぼくたちディジュリドゥ奏者はディジュリドゥで鳴らすトランペットのような「ポーン」、あるいは「プー」という音をトゥーツと呼んでいます。
2000年初頭まではこのトランペットのような音のことをハーモニクス、オーバートーンとかホーンなど、人によってバラバラの呼び方をしていました。日本でトゥーツという言葉が使われはじめたのは、2001年にパース在住のディジュリドゥ奏者ヤスさんが日本ディジュリドゥ協会(JADA)の会誌に寄稿していた「Dr.Yasuのでぃじゅり道場」で紹介されたのがきっかけだったように記憶しています。
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toot
a short, sharp sound made by a horn, trumpet, or similar instrument
トゥーツは英英辞典によると「ホルンやトランペットのような楽器で鳴らす短くかん高い音」とあります。ディジュリドゥではトゥーツを長短組み合わせて演奏されるので、トゥーツという言葉は長短の短だけを表現しているようです。
1960年代にディジュリドゥを本格的に研究した学者Trevor A. Jonesは、トゥーツを長短2種類の音に分類して、長く伸ばした音をフクロウがホーホーと鳴く音「フート」と表現し、短い音をツバを吐くという意味のspitの過去形「スパット」に分けて表現しています。
the "hoot", which is a sustained note, and the "spat", which is a very brief overtone alternationg with the drone.
かつてYothu Yindiの初代イダキ奏者M. Mununggurrに個人レッスンを受けた時、彼は「トゥーツはツバを吐くようなテクニックだ」と話していました。彼の言葉とJonesの言う「スパット」は表現としてほぼ同一です。
Toots is a splitting technique
また、長いトゥーツを張りつめたトランペット的な音ではなく、フクロウの鳴き声的な音として「フート」としたのも興味深いです。音の質感や演奏感覚において、よりアボリジナル的な感覚に近い表現なのかもしれませんね。
ぼくたちのトゥーツの鳴らし方
前述のように、トゥーツという言葉は「トランペットのように鳴らす音」という語感があり、ぼくたちバランダ(ノン・アボリジナル)の鳴らすトゥーツはどこかトランペットの鳴らし方に似ています。
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ドローンの演奏時にはパタパタと唇が震えているのに対して、トゥーツを鳴らす時は唇に強いテンションをかけ、唇をギュっと閉ざして「プー」という高い音を鳴らしていませんか?
この鳴り方の原理はトランペットやホルンと同じで、その性質上、舌を使わなくても強い息を出すと同時に唇をギュっと閉じるとトゥーツを鳴らすことができます。初動としてタンギングをすることでアタックをつけますが、音を維持するためには唇にかかっているテンションはゆるめません。音を鳴らすのに必要な息のパワーと唇のアパチュアを小さくすることは必須条件のように思えます。
この鳴らし方をする場合、長くトゥーツをのばした時にその音量はアタックとサステインはほぼ同じ状態で維持されます。つまりアタック時の音量はほとんど衰退せずに、同じ音量でひきのばされます。結果的に、バランダ(ノン・アボリジナル)のトゥーツの音には常にハリがあって音量が大きく鳴るようです。
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また、バランダのディジュリドゥ奏者たちの間では、息を吹き込む強さと唇にかかるテンションを変えることで3つ以上の音程のトゥーツを鳴らすことがあるようですが、ヨォルング(北東アーネム・ランドのアボリジナル)のイダキ奏者が一つ以上の音程のトゥーツを鳴らしているのを見聞きしたことはありません。
この点にもヨォルングとバランダのトゥーツの鳴らし方や感覚に違いがあるように感じます。
ヨォルングのトゥーツの印象
ヨォルングのトゥーツの音を聞いていると、強いアタックの後に音量は衰退してテンションがゆるまったような状態で長くのばされているように聞こえます。トゥーツの響きの印象は「ポーン」というアタックの直後からやわらかい響きになっているように感じます。
ディジュリドゥ奏者でない限り、バランダとヨォルングのトゥーツの響きの違いはあまり気にならないようなことだと思いますが、演奏者目線で見るとけっこう違いがあるように感じます。
ぼくの演奏感覚ではトゥーツの長短で、鳴らしている感覚はほとんど変わりませんが、Trevor A. Jonesの長く伸ばした音をフクロウがホーホーと鳴く音のイメージ、短い音をツバを吐くようなイメージというのは結構的を得ているように感じます。
例えば、長いトゥーツの場合「フーッ」と息を前に吹き付けるような感覚と、「ホーホー」フクロウのような感覚とでは、実際にやってみると随分身体感覚は違います。
また、短いトゥーツの場合タンギングを加えながら「フッ/トゥッ」と息を唇に向かって当てる感覚と、ツバをピュっと吐く感覚とでは身体感覚は大きく違います。
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マウスサウンドの違い - 「Pubu」と「Dupu」
むかし、ぼくがディジュリドゥを鳴らしてた時のトゥーツの音のマウスサウンドは「プー(PU)」で、ドローンにもどる時には「ブー(BU)」でした。ということは、短くトゥーツを鳴らしてドローンにすぐ戻る時のマウスサウンドは「Pubu」になります。
かたやヨォルングのマウスサウンドではトゥーツは「Du-」で、トゥーツ→ドローンのマウスサウンドは聴感上「Dupu」と言ってるように聞こえ、前述の「Pubu」と「P」の場所が逆転しています。
このトゥーツのマウスサウンドの逆転現象に、ヨォルング/バランダ間の感覚的な違いがあるんじゃないかな、というのがぼくが最初に立てた仮説です。
また、もし「Pubu」と発音してトゥーツを鳴らすとしたら、「P」も「B」も唇間子音なので舌はまったく動いておらず、唇だけで発音しているということになります(唇が触れ合うと同時にタンギングは可能)。「Dupu」の場合は「Du」の時に舌で発音し、「pu」で唇間で発音していることになります。
ここで1点疑問が残ります。ヨォルングはトゥーツからドローンにもどす時に「pu」と発音しているんでしょうか?この疑問については一番最後の章「「Dupu」か「Dugu」どちらが正解?」で考察したいと思います。
ここで「Pubu」と「Dupu」のサンプルサウンドを聞いてみてください。かなり微妙な違いですが、トゥーツの音のハリ、音圧、軽快さ、ドローンとトゥーツ間のバタ付きの有無などに注意して聞いてみてください。
Pubu的な鳴らし方
強いアタックの後に変化なくそのままのテンションが維持される
張りつめたようなキーンとしたトランペット的な響きになる
早いテンポで短く刻むとトゥーツの音がにごる/かすれる
Dupu的な鳴らし方
最初にアタックはあるものの、すぐにサステインがゆるやかに鳴って、テンションに変化がある
アタックそのものもやわらかく、長くのばした時に重い響きになる
短く刻んでも音がクリアーに響く
かなり微妙な差しかないように聞こえますが、演奏感はかなり違います。みなさんが普段鳴らしているトゥーツはどっちの印象ですか?自分がトゥーツを鳴らしている時のマウスサウンドを意識すると、トゥーツの鳴らし方は大きく変わります。
トゥーツとマウスピースのサイズ
トランペットの場合、マウスピースが小さく、しかもマウスピースの先に続く空洞も狭いのでバックプレッシャーが高くなります。それによって楽に小さなブレスで大きな音を鳴らすことができます。
イダキの場合は、トランペットに比べるとマウスピースのサイズは大きく、その先の空洞も広いです。
ぼくたちがイダキを鳴らす時、ドローンだけならある程度マウスピースが大きくても鳴らせますが、トゥーツは難しいという人が少なくないでしょう。マウスピースが比較的小さければトゥーツが鳴らしやすく感じますが、逆に小さすぎるマウスピースになるとトゥーツは鳴らしやすいがドローンが難しい、という人は少なくないかもしれません。この現象が示唆していることは何なんでしょう?
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このことから、おそらくぼくたちは唇への依存度が高い状態でトゥーツを鳴らしているんじゃないかなと思われます。ひるがえって、ヨォルングはどうでしょう?すべてのヨォルングがこうだとは言えませんが、スキルのあるイダキ奏者の多くがマウスピースの大きさにあまり左右されずにトゥーツがかすれることなくきれいに鳴らせているように見えます。
また、内径2.5cm以下といったかなり小さいマウスピースでもドローンとトゥーツを楽になんなく鳴らすのを見たことがあり、マウスピースのサイズに大きく依存しているように見えません。
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仮に、極端な例をのぞいてヨォルングのイダキ奏者がマウスピースのサイズ感にあまり左右されていないとしたら、どうやってトゥーツを鳴らしてるんでしょう?
トゥーツとハミング
色々模索した結果、トゥーツをきれいに鳴らすためのポイントは「ハミング」にあるんじゃないかなと感じるようになりました(一気に感覚的なことに飛んですいません)。それは、ぼくの場合ハミングが効けば効くほど唇によっかかっている感覚が少なくなるように感じられるからです。
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