【新SO開発記】 No.8 全論点整理 ①法解釈に関するもの #新SO
雛形の完成および7月8日の新SO勉強会開催に向け、これまでチームで議論に上がった点を総さらいします。
なお、独自の見解を述べている点がありますが、本記事の文責は全て私個人にあり、チームの総意や個々のメンバーの意見とは異なる可能性があることをあらかじめご承知おきいただけますと幸いです。
第1 税制改正に関連する論点
1 改正法附則第31条第2項にある「新租税特別措置法第二十九条の二第一項第二号に掲げる要件」が見当たらないが、何を指すか
(1)問題の所在
改正法附則は、2024年中に旧税制適格SO契約を新税制適格SO契約に変更した場合は新税制適格SO契約として取り扱われる旨の経過措置を定めている。
その経過措置の具体的定めの一つとして、改正租税特別措置法附則第31条第2項第1号があり、以下のとおり定めている。なお、第3号にも同様の定めがある。
しかし、租税特別措置法第29条の2第1項第2号は今回改正されていない。
では、「新租税特別措置法第二十九条の二第一項第二号に掲げる要件」とは何を指すか。
(2)結論
「新租税特別措置法第二十九条の二第一項第二号に掲げる要件」とは、「権利行使価額」の定義について変更された当該要件を指す。
(3)理由
今回、租税特別措置法第29条の2第1項柱書第3括弧書きにおいて、「権利行使価額」の定義が改正された。
そのため、法29条の2第1項第2号はその文言にこそ変更はないが、条文中で用いられている「権利行使価額」の定義が変更されたことから、その要件の内容が変更されている。
(4)実務的対応との関係
旧税制適格SO契約を新税制適格SO契約に変更し、年間の権利行使価額の上限額を旧来の年間1200万円から2400万円または3600万円に上げたい場合には、権利行使価額の定義を変更するなどして年間の権利行使価額の上限額を変更する必要があり、かつそれで第29条の2第1項第2号の改正への対応としては足る。
2 株式の保管委託と会社管理は両方を選択的に定めることができるか、それともいずれか一方を択一的に定めるべきか
(1)問題の所在
従来、ストックオプションを税制適格とするためには、当該ストックオプションの発行によって取得をする株式について、証券会社に保管を委託する取り決めをする旨を契約書に定めておく必要があった(旧法29条の2第1項第6号。なお改正法では同号イに同様の定め。)。
これが、今回の改正によって株式の会社管理も認められることとなり、その旨を契約書に定めておくことでも要件を充たすこととされた(法29条の2第1項第6号ロ)。
ところで、改正法の経過措置について定めた附則第31条第2項第2号および第3号は、「旧契約に定められていた旧租税特別措置法第二十九条の二第一項第六号に掲げる要件に代えて新租税特別措置法第二十九条の二第一項第六号(ロに係る部分に限る。)に掲げる要件が定められた場合」のようにあえて「代えて」、「ロに係る部分に限る。」という文言を用いている。
これは素直に読めば、①保管委託条項の代わりに、②会社管理条項(=「ロに係る部分」)を定めた契約も新しい税制適格SO契約とみなす、という内容に思われる。
では、この①保管委託と②会社管理に関する契約上の合意は、その両方を選択的に定めることができるか、それともいずれか一方のみを択一的に定めておかなければならないのか。
特に、経過措置の適用に際して上記附則が「代えて」、「ロに係る部分に限る。」との文言を用いており、従来の①保管委託の契約を②会社管理の契約にスイッチする場合しか認めていないように読めることから問題となる。
(2)結論
選択的に定めておくことができるものと考える(選択説)。
(3)理由
ア 確かに、附則は上記のとおり「代えて」、「ロに係る部分に限る。」との文言を用いていることから、文理解釈としては①保管委託の契約から②会社管理の契約にスイッチする場合しか経過措置の適用を受けられないと読むのが素直である。
イ しかし、改正法第29条の2第1項第6号は「次に掲げる要件のいずれかを満たすこと」しか要求しておらず、これに要件イとロの双方を「いずれも」充たす場合を含むことは論理的に明らかである(A∨BはA∧Bを含む。)。
ウ そして、経過措置の場合についてのみ、「いずれも」充たしている場合を税制適格と認めないとすべき理由もない。むしろ、いずれか一方でよい要件のうちいずれも充しているのならばなおさら税制適格と認めて良いはずである。
エ さらに、ロの会社管理は譲渡制限株式の場合にしか認められていないため、仮にロについてのみ定めた場合にはIPOによるEXITを選択した場合に税制適格性が維持されるか不明である(文理上は維持されることになりそうだが、変則的な課税がなされる税制適格SOの行使によって取得した株式の取得・売却利益を正しく把握するために税制適格SOの行使によって取得された株式を他の株式と分離して管理するという本制度の趣旨が達成されない結果となる。)。
オ 加えて、経済産業省の税制改正に関する資料(「令和6年度(2024年度)経済産業関係税制改正について」P27)において、以下のような記載が見られる(註:ゴシックは筆者)。
このように、「発行会社による株式の管理も」可能とするための改正であるとされており、選択的に定めることを前提としているように読める。
よって、契約上①保管委託と②会社管理を選択的に定めておくことは許され、経過措置の適用の場面においても同様であるものと解する(以上を「選択説」と呼ぶこととする。)。
(4)反対説(択一説)
上記の選択説に対し、以下のような反対説も考えられる。
第一に、Aに代えてBを定めたとき、という定め方がされている以上、文理上は①保管委託に代えて②会社管理を定めた場合のみ指すのは明らかである。
第二に、選択説に立つと、附則の括弧書き「(ロに係る部分に限る。)」が完全に死文化する。端的に言えば括弧書きは本来不要であり誤りであることとなる。
第三に、上記括弧書きが仮に誤りであったとしても、本附則は正当な手続を経て成立した。
よって、少なくとも附則の括弧書き部分が削除されるなどされるまでは、文理上の解釈に従い、①保管委託を②会社管理にスイッチした契約のみが要件を充たすと考えるべきである。
その結論が不当であったとしても、法的安定性の観点から、その不当性は法改正によって手当されるべきである。
(5)実務的対応との関係
株式の保管に関する株式の保管についてはEXITがIPOだったときは証券会社への保管委託を、M&Aだったときには会社管理を選択することが合理的ではないかと思われる。したがって、双方のEXITの道を残しておきたいスタートアップは選択的に定めておくことが望ましいだろう。
もっとも、M&A時のSO行使を容認しない設計とした場合には会社管理について定めておく意義はなさそうである。
(6)参考となる資料
JTC 東京法律事務所の弁護士川添文彬先生によるニュースレターがこの論点について取り扱っており大変参考になるためここに挙げる。
川添先生も、本論点については選択説に立ちつつ、文理解釈としては無理があるとされている(12頁第4-2-(2)-イ、同頁注釈15。)。
Newsletter_so_202404.pdf (jtc-tokyo.com)
第2 その他税制適格に関連する論点
1 ダウンラウンド時の調整条項を設けても税制適格要件を充足するか
(1)問題の所在
ストックオプションが税制適格要件を充たすためには、当該SOの一株当たりの権利行使価額を当該SO発行時の株式の時価以上と定めた契約を締結しなければならない(法第29条の2第1項第3号)。
そこで、付与者(従業員等)へのインセンティブが最大化するよう、SOの権利行使価額はSO発行時の株式の時価と等しく設定されることが多い。
ところで、権利行使価額については実務上、ダウンラウンド時に下方修正される旨の調整条項が設けられることが広く行われている。
このような調整条項が設けられているSO契約は、法29条の2第1項第3号の税制適格要件を充足するか。
(2)結論
(a) SO契約上、権利行使価額が発行時の株式の時価以上(仮にX円以上とする。)と定められていれば(下記①充足)、(b)SOの内容として、潜在的に権利行使価額がSO発行時の株式の時価を下回る可能性があるダウンラウンド時の調整条項を設けても、(c)実際に調整が行われX円未満の権利行使価額(※1)で行使しない限り(下記②充足)、税制適格要件を充たすものと解する。
他方、(p)SO契約上、潜在的に権利行使価額がSOの発行時の株式の時価を下回る可能性があるダウンラウンド時の調整条項を設けた場合は税制適格要件を充たさないものと解する(下記①不充足)。
また、(q)SO契約上は権利行使価額を発行時の株式の時価以上(仮にY円以上とする。)と定めたが、SOの内容として潜在的に権利行使価額がSO発行時の株式の時価を下回る可能性があるダウンラウンド時の調整条項を設け、かつ、実際に調整が行われY円未満の権利行使価額で権利行使した場合にも、税制適格要件を充たさないものと解する(下記②不充足。※1)。
※1 SO契約上定められた権利行使価額(上記でいえばX円やY円)を下回るか否かが基準であり、発行時の株式の時価そのものが基準ではない点に注意が必要である。例えば、発行時の株式の時価が100円、契約上定められた権利行使価額が120円だった場合には、調整の結果、110円となった権利行使価額で権利行使した場合も税制適格要件は充たさない。契約に反しているからである(下記②不充足)。
(3)理由
法第29条の2第1項柱書は税制適格の効果、すなわちSOの行使によって取得した「株式の取得に係る経済的利益については、所得税を課さない」という効果を得るためには、
①第29条第1項各号について定めた契約により与えられた新株予約権を、
②当該契約に従って行使すること
が必要であるとする。
この点、潜在的に権利行使価額がSO発行時の株式の時価を下回る可能性があるダウンラウンド時の調整条項を設けたとしても、それがSOの内容として定められているにとどまり、契約上は、権利行使価額がSO発行時の株式の時価以上として定められているのであれば、①を充たすものと思われる。
さらに、ダウンラウンド時の調整が行われず、あるいは行われたが権利行使価額がSO契約上定められた権利行使価額を下回らず、SO契約上定められた権利行使価額を守ったまま権利行使がなされたのだとすれば、②も充たすものと思われる。
このような場合は①も②も充たしており税制適格要件を充たすものと考えられる。
他方で、SOの内容として定めるにとどまらず、SO契約上も潜在的に権利行使価額がSO発行時の株式の時価を下回る可能性があるダウンラウンド時の調整条項を定めてしまった場合、契約上、権利行使価額が発行時の株式の時価以上となるように定めているとはいえないから、①を充たさない(※2)。
また、ダウンラウンド時の調整条項はSOの内容とするにとどめたが、実際に調整が行われ契約上の権利行使価額未満の価額にて権利行使を行なった場合には、契約に従って行使されたとはいえないから、②を充たさない。
これらの場合には税制適格要件を充たさないものと考えられる。
※2 「SO契約上、潜在的に権利行使価額がSO発行時の株式の時価を下回る可能性があるダウンラウンド時の調整条項を定めたとしても、ダウンラウンドさえ起きなければ調整がなされず、結果として株式の時価以上の権利行使価額にて権利行使されるのであるから、①を充たす」との反論も考えられる。
しかし、法が求めているのは所定の要件が定められた契約によってSOを付与することである。そしてその判断は定められているか、定められていないかの二項対立であり、「場合によっては定められているといえる」といった中間概念は存在しない。
これは権利行使価額の要件(法29条の2第1項第3号)であるから中間概念が存在するかのように錯覚しやすいのではないかとも思われる。以下に思考実験として2つ例を挙げる。
第一の例として、SO発行時の株式の時価が100円であったとして、サイコロを振って1〜3が出たら権利行使価額は100円、4〜6が出たら権利行使価額は1円とするという定めをSO契約上設けたとき、この契約は法29条の2第1項第3号の要件を定めた契約と言えるか。
第二の例として、譲渡禁止の要件(法29条の2第1項第4号)について「本新株予約権は、取締役会の承認がなければ、第三者に譲渡することができない。」という定めをSO契約上設けたとき、この契約は法29条の2第1項第4号の要件を定めた契約と言えるか。
第一の例も第二の例も、①の要件を充たさないと考えるのが自然ではないだろうか。
また、仮に①を充たすと考えたとすると、実際にダウンラウンドが発生し調整がなされ、SO発行時の株式の時価未満の権利行使価額で権利行使がなされたとしても、それは契約に従った行使であるから②を充たし、税制適格性が認められることとなるが、このような結論は従業員等に企業価値を上げるインセンティブを付与する仕組みとしての税制適格SO制度の趣旨に反する。
(4)実務的対応との関係
ダウンラウンド時の権利行使価額の調整条項については、SOの内容として要項に定めることは認められるにしても、契約上も定めておくことはリスクが高いものと思われる。
税務当局がそこまで契約書の細部にわたってまで確認することや、発行当時の株式の時価まで遡って調査することがあるとは考えづらいが、可及的にリスクを下げるという観点からいえば、ダウンラウンド時の調整条項について契約上は定めていない雛形を利用するなどして対策を取るべきであろう。
(5)参考となる資料
この点につき、丸山先生および笹野先生から貴重な資料の情報提供を受けたため、ここに挙げる。関心のある読者は適宜参照されたい。
【商事法務1504号P17】
株式分割等が行われた場合の調整条項を設けた結果、権利行使価額が付与契約時の時価を下回ることとなっても、ストックオプション権利者に対してのみ有利になるように恣意的な調整が行われるものでなければ、引き続き税制特例の適格要件を充たすとする。
【第140回国会衆議院法務委員会第6号平成9年5月7日会議録 7/24頁 2~3段目】
株式分割等があって株式の価値が当初より下がった場合の調整については自由に決めてもらってよいとする答弁がなされている。
なお、本委員会を通じて「新株ノ引受権」の導入に関する商法改正と、税制特例について定める新規事業法の双方について答弁がなされていることから、上記答弁が「新株ノ引受権」一般に調整条項を設けることができるとする趣旨なのか、調整条項を設けても税制特例を受けることができるとする趣旨なのかは不明確である。
第140回国会 衆議院 法務委員会 第6号 平成9年5月7日 | PDF表示 | 国会会議録検索システム (ndl.go.jp)
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(文責:弁護士 五十嵐将志)