龍野国際映像祭2022 雑感《小さな時間》《群れ》
マルタ・シニェゼク/クリスチャン・スパーリング
《小さな時間》Small Hours
2022 5:00(アイルランド)
画面を分割することについて考える。
聖徳太子ではないけども、人は同時に複数の人の話を聴けるようにはできていない。
しかし、世の中の様々な出来事は同時進行している。
更にこの作品で描かれているのは記憶であり、思考過程であるというのだ。
一度には追い切れない自分を嘆き、それを体験させてくれる映像という表現の幅を思い知らされ、再見できる(かもしれない)映像の可能性に思いをはせる。
ウィリアム・クラーク
《群れ》THRONG
2022 3:25(イギリス)
さまざまな集団が登場するが、それぞれは個別の動画用紙に描かれているようだ。
タップ穴は用紙を固定するという本来の目的よりも、集団の所属を表わす記号となっているように見える。
画面という一つの世界で共存しながら、集団は各々に行動する。この世界そのもの。
画面左上から右下へ移動する観光客が、より異質なものとして際立つ。この世界に関係ないものが突如、存在してしまった。しかし暴力的なまでに世界を共有してしまう。観光客とはそんなものだ。