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メディア関係者の話を盗み聞き

2年前に西東京の果てから23区内に引っ越してから、一人飲みをするようになった。

ていうか、一人飲みをするようになったきっかけはそれだけではないんだけど、
アラサーになって気軽に飲みに行ける友達が激減したのと(みんな私を置いて結婚・出産していくんだから!)
最近まで付き合ってた彼が一人飲みする人で、影響されたのと(すーぐ付き合ってる人に影響される芯なしアラサー)
とかいろいろあるが、とにかく予定のない週末は夜な夜な一人で飲んでいる。

その日は朝、化粧水と美容液とファンデーションが一気になくなるという嫌な奇跡が起きていた。
これは買って帰らないと明日以降の顔が終わってしまうということで、帰りに途中下車してそれらを買って、その足で飲みに行こうと画策していた。
そこそこに仕事をこなして、慣れない銀座で途中下車して、慣れない銀座三越で慣れ親しんだ化粧品を買う。
そしてその足で、目をつけていたお店に向かった。

まあ、目をつけていたとか言ったけど、前会社帰りに同僚とたまたま入ったお店なんだけど。
銀座のお店なんてわかんねえし。多すぎて食べログゲシュタルト崩壊しちゃう。

で、銀座で一人飲みするいい女になっちゃおうと思って、
裏路地にあるそのお店の引き戸をサッと開いて、
カウンターに空きがあるのを確認して、
柔和ないい女スマイルを浮かべて
「一人なんですけど、入れますか?」
と一言。

「あ、いっぱいなんです」


私は一人飲みするくせに超絶脆弱メンタルなので、どんなシチュエーションでも「断られる」ということで地の果てまで落ち込む。

急転直下のテンション。
もー銀座を闊歩する元気もなく、気づいたら電車乗って帰ってました。

ところが幸いにも、銀座から家までは結構距離がある。
しょーもない深夜ラジオのタイムフリー聞きながら電車に揺られてると、地の果てまでめり込んだテンションがちょっとずつ回復してきた。

うーんせっかく明日仕事休みなのに、このまま家に直帰して残り物のカレー食べるのはもったいない気がする。
というところまで回復したので、いつも通り家から徒歩5分圏内位のところで軽く飲んで帰ることにした。

自宅の最寄り駅で降りて、飲み屋街をふらふら歩く。
(キャバクラ・ガールズバーのキャッチがめっちゃいてちょっと怖いのです。さすがに私は声かけられることはないが)
同じ道を三周くらいして、ふと一軒のお店に惹きつけられた。

とはいっても、なんか素敵な文学的な魅力を感じたとかではないんだけど。
木の板にかすれた文字で書かれた「燗酒あります」に引っ張られただけなんだけど。

中がほとんど窺い知れない引き戸をおそるおそる開けて、
「一人なんですけど入れますか?」と震える声で聞く。
柔和ないい女スマイルは銀座で使い果たしたので、ガッチガチの真顔で聞く。

コの字のカウンターの中で、味のある丸眼鏡のお兄さんがこちらを見る。
そしてカウンターの上に所せましと並んだ酒瓶を自分側に少し傾けて向こう側を覗き込んだあと、私のほうに向きなおり

「ここ、空いてます」


え、ゆるい。
なんか笑ってしまった。

そんな感じでゆるりと案内されたカウンター席に座って、さーて何を飲もうかな~と考えていると、二席ほど離れた男性2人組の話がよく聞こえることに気が付いた。

私は間を埋めたくなってしまう人間なので、一人で飲んでいるときも完全に何も考えず虚空だけを見つめて飲むということができない。
行きつけのバーならマスターや店員さんとずっとしゃべってるし、そうでなければスマホをいじってしまう。(これは本当にやめたい)

この日入ったこのお店はマスターとお話しする感じではなかったので、(なんせ目の前に酒瓶がずらっと並んでいてマスターの姿すら見えない)
この男性2人組の話を酒の肴にすることに決めた。

聞いていると、2人はどうやら職場の先輩後輩関係のようだ。
店に入ったときに後輩のほうはちらっと顔を見たが、少年?と思うくらい若く見えた。
(お酒を飲んでいたので少年ではないと思います)

そしてさらに話を聞いていると、二人はメディア関係者のようで、テレビかラジオかイベントか、そのようなものの企画をやっているようだった。
後輩のほうは「現場のお弁当で食いつないでるんで食費かからないんすよ」と言っていた。やはりとても若いのだろう。

二人はもう結構飲んでいたようで、会話は盛り上がっていった。
基本的に、先輩が武勇伝を話し、後輩がそれを持ち上げ、後輩がちょっとした仕事の愚痴をこぼし、そこに先輩が武勇伝を被せる、という構図で会話はすすんでいた。

うーんメディア関係者の知り合いって一人もいないから、こういう話聞いたことないなぁ面白いなぁと思いながら燗酒がすすむ。
店も四畳半神話大系を思わせる渋い雰囲気で、これは今日のチョイスは正解だったな、と思いながら飲んでいると、後輩が最近やった企画の愚痴を話し始めた。

後輩「なんか、制作側が手ぇ抜くなよって思うことが本当多くて」
後輩「最近XXって企画やったじゃないですか」
先輩「あぁあれね、あったね」
後輩「あれの構想、XXさんとXXの現場の帰りに、車の中で話してたんすよ」
後輩「結構大物の名前も出てて。吉田鋼太郎とか、吉田羊とか」

え、まじでちゃんと大物の名前が出てる、すごい、と思うと同時に
なんで吉田縛りなの?その二人の脈絡限りなくゼロでは?という淡い疑問がよぎる。

後輩「でも、結局上が手抜こうとしたみたいで」

吉田縛りから、手を抜こうと思うと誰になんの?
私は限りなく何も聞いてませんよ虚空を見つめて飲んでますよという顔をしながら、耳をそばだてる。


後輩「最終的に決まったの、さかなクンっすよ」



私のポーカーフェイスは限界だった。

えぇ!?吉田鋼太郎・吉田羊から、さかなクンにシフトチェンジできる企画ってどんなんなの?
もうそれコンセプトからしてひっくり返してない?
あとさかなクンを使うことは制作側にとって手抜きなの?あんまりイメージなかったけどさかなクンって業界人評価はそんなみちょぱみたいな感じなの?

俄然話が面白くなってしまって、私は頬杖をついているポーズで笑いを隠すのに徹するほかなくなった。

なんだこれめっちゃ面白い…永遠に聞いていたい…
と思ったが、それからほどなくして先輩が「お会計お願いします」と眼鏡のマスターに声をかけた。
領収書は先輩が個人名でもらっていた。メディア関係者って会社名ではなく個人名でもらった領収書で経費落ちるんだなとか思っているうちに、2人は帰ってしまった。

2人が帰った後も店には2組ほどお客さんがいたが、席が離れていたのと控えめなトーンのお客さんだったので
店内は途端に落ち着いた空間になってしまい、
私もいい感じに酔っていたので先ほどの盗み聞きの余韻に浸りながら帰ることにした。

あー銀座でお店入れなかったときは落ち込んだけど結果的にお酒もお料理もおいしくて、渋い雰囲気でおもろい話も聞けて、
結果的によかったな~と思いながら5分程度の夜道をほろ酔いで歩く。

そして家に着いて、即ベッドに倒れこみ、寝落ちして
銀座で買った化粧水は使えずじまいでしたとさ。


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