バルミューダデザイン始動。最初の製品はハンドメイドのノートパソコン冷却台|BALMUDA Chronicle - 02
マガジン、「BALMUDA Chronicle」では、バルミューダの創業から今日に至る歴史やストーリーをお届けしています。
ものづくりの道へ
寺尾が高校を中退し、最低限の荷物だけで地中海沿岸を放浪していたとき、「最小限で済ませるには、最良の道具が必要だ」と気付きます。その後、約10年ミュージシャンをやりきり、次の表現に意識を向けたとき、楽曲制作に使ってきたノートパソコンやデスクチェアなど「日常の道具」の大切さが心に沁みました。デザイナーの積極的な提案や力強い活動を紹介するオランダのデザイン誌との出会いをきっかけに、寺尾は自らの手で、より良い道具をつくりたいと強く思うようになります(前話参照)。
そう思ったら、考えるより行動です。デザインやものづくりを独学で習得する日々が始まるのですが、経験がないので何から手をつけたらいいのかわかりません。
すでにインターネットは普及した時代でしたが、現在のように何にでも答えてくれるAI会話プログラムはなく、検索しようにもワードがわかりませんでした。どうやったらものがつくれるのか。ホームセンターや工具をそろえる店へ行って店員に聞いたりしながら、道具やネジの種類、用途など“言葉”を地道に吸収していきました。
恩人との出会い
知識がある程度身に付いたら、次は製造の現場を見てみたい。仕入れたばかりの専門用語をもとに電話帳で手当たり次第、工場などへ電話をかけました。しかし、どこもせわしなく取り合ってくれません。
何日もかけて、いくつも当たり、やっと話を聞いてくれた人がいました。東小金井で金属加工業を営む春日井さんご兄弟です。
ご兄弟は、初心者を相手にネジの締め方からヤスリ掛けの方法、機械の使い方など技術を伝授してくれました。しかも、空いている機械をいつでも来て、好きに使っていいとまで言ってくれたのです。
作業場を借りることができた寺尾は、ほぼ1年間、入り浸りでものづくりの方法を習得し、とうとう自らデザインした製品をつくり出すことに成功します。
第1弾製品「X-Base」誕生
ノートパソコン用スタンド「X-Base」は、音楽制作に使ってきたMac(PowerBook)のキーボードの角度が打ちにくく、さらに本体が熱をもつことに不満を抱いたことから、それらの問題を解消するために考案したものでした。
質感とデザイン、自然空冷の機構にこだわり、ヒートシンクとボルト以外すべて無垢のアルミニウムとステンレスから削り出したパーツで構成。調整可能な傾斜など機能美を徹底的に追求したX-Baseは、当時持てる技術とデザインの力を結集した寺尾の処女作で、これから続くバルミューダのものづくりの原点となります。
有限会社バルミューダデザイン
この製品を売るために起業したのが有限会社バルミューダデザイン(現バルミューダ)です。当時の社員は寺尾ただひとり。ロゴやウェブサイトも自らデザインし、第1弾製品として、このX-Baseを販売しました。
ウェブサイトを公開して、すぐに最初の注文がありました。3万4800円からのX-Baseは、無名のブランドが打ち出す製品としては無謀な価格帯と思えますが、Mac専門サイトに取り上げられたのをきっかけにコアなMacユーザーに届き、その後3ヵ月間で計100台以上が売れたのです。
時は2003年春。アマゾンが家電を取り扱い始めたのも同時期なので(それまでは本やCDなどを扱っていた)、EC自体が過渡期にありました。
自分がつくった製品に人々が興味をもち、購入して使ってくれる──寺尾は、そんなシンプルな構造に嬉しさを実感します。小さな成功体験でしたが、その衝撃が、ものづくりへの歩みを確固たるものにします。
当時のホームページの“About”に記された文章には「夢はまだ始まったばかり」と記されており、X-Baseのためだけにつくったサイトではなく、第2弾、第3弾と、このブランドで続けていく意気込みが込められていました。
バルミューダデザイン時代(2003年〜2011年)に寺尾自らデザインしたプロダクトは延べ10製品以上。いずれもデスク周りのステーショナリーに関連したもので、統一した世界観があります。2005年に発売したLEDデスクライト「Highwire」はバルミューダで初めて電気が通う製品となりました。
そして、このあと会社を運命を大きく変える「ある出来事」が起こります。
マガジン「BALMUDA Chronicle」では創業からの20年を、年代順にストーリー仕立てでご紹介してまいります。