「アシノユビ」
コトが終わった後、慎二が左足の指をさすっている。
「どうしたの?」
「折れたかも」
「ええっ! なぜ?」
「美香子のせいだよ」
美香子はやっと悟った。
そうか、またやってしまったか。
「さすが足の指鍛えてんなあ……」
褒められているんだろうか。皮肉なのか。複雑な気分だ。
5歳から36歳の今までバレエをやり続けていれば、そりゃあ足裏の筋肉や指も鍛えられている。何百回、何千回とタンデュ、ジュッテでお稽古場の床をこすり続け、ルルべで床を押し、アレグロやグランワルツなどで床を蹴り続けているのだ。
バレエはそこを鍛えないと上手には踊れない。ポワントだって履けやしない。
だから、慎二に言われたことはやはり喜ぶべきなのだろう。
問題は、私が到達するときに相手の足の指に自分のそれを絡める癖があることだ。
癖というか、どうしてもそうしたい。そういう関係になるならば、私のその癖も含めてよろしくね、ということだ。
「ゴメンね。大丈夫?」
「大丈夫」
慎二は寛容だ。夫は怒って10日間くらい口をきかなかったっけ。別れるときも、あのとき以来足の指が曲がって治っていない、と捨て台詞を吐いた。オーバーな。別れた原因はそれではない。でも、もしかしたらそれが最後の一押しになったのかもしれない。まあ、もうどうでもいいことだ。
「これからどうする? 飯食ってく?」
「夜もレッスンあるから」
「そんなに頑張ってどうするの? バレリーナでもないのに」
美香子は答えずにシャワールームに入った。
「ホントだね、バレリーナでもないのに」
シャワーを浴びながら、独り言を言う。
でも、バレエをやっていないと自分のなかに澱がどんどん溜まっていって、
淀んでいくような気がするのだった。
そう、バレエは私にとって、このシャワーのようなものだ。
美香子がシャワールームから出ると、慎二がベッドに腰掛けてボンヤリと足元を見つめている。
足元には白いタオルが落ちている。
「タオルギャザーって難しいね。美香子が教えてくれたヤツ」
美香子は、クスリと笑った。慎二のことをもっと好きになった。
《終》