【組織開発:事例紹介Vol.4】組織力強化を実現する部長のリーダーシップ開発〜部長・課長の分断を超える対話の場づくり〜(大手商社D社)
今回は大手商社D社Y事業部における組織力強化の事例をご紹介します。業界構造の変化の中で、新たなビジネスモデルの構築へ向けて、牽引役となる部長のリーダーシップ開発を中心とした取り組みを実施しました。部長・課長の間にある分断・対立を乗り越え、長年後回しにされていたビジネスモデルの転換、組織のエンゲージメント向上へと動き出した約4ヶ月間のプロジェクトです。
1.両利きの経営のジレンマ
Y事業部は同社の稼ぎ頭であったものの、大きな環境環境の中で、ビジネスモデルの転換が求められていました。しかし、既存ビジネスが大きく成長したことでオペレーティブな業務に圧迫され、新たなビジネスの立ち上げにリソースを割けず、停滞感が漂っていました。まさに両利きの経営のジレンマです。
さらに、エンゲージメントが全事業部の中で最も低いという結果が浮かび上がっていました。オペレーティブな業務が増え、新たなビジョンを描ききれず、成長期に可能だった海外拠点トップになる機会も少ない。若手にとって魅力的なキャリアパスを用意できず、組織として大きな危機に瀕していました。
2.部長・課長が抱える「不安」と「諦め」
そこで事業部長・HRBPチームの皆さんのご相談から、本プロジェクトが始りました。対話を重ねる中で、課題意識として浮かび上がったのが、部長のリーダーシップ転換、そして、部長・課長の間にある分断でした。
部長は既存ビジネスでは百戦錬磨、売上を作り、このビジネスを守ってきた存在です。部下から見ればこの領域のスーパーマンです。しかし事業構造の転換と新たなビジネスモデル構築は未知の領域であり、実際には大きな不安を感じていました。
変わる必要性は頭では理解してるが、正直どうすればいいかわからない。無意識に培われた「リーダーたるもの知らないことがあってはダメ」「道を示すのがリーダーの役割」という考え方が、SOSを出すことも阻んでいます。
一方、課長には大きな諦めが蔓延していました。「部長の言うことは正しい、だから従うしかない」という意識が強く、目の前の業務に追われ、新しいことを考える時間もない。現場を一番知っているのは課長であり、部長には見えていないけど気づいていることも多く、「このままだと良くない」と感じながらも、自分たちから声を出すことができません。
上記の課題を踏まえ、今回は3ステップでプロジェクトを設計しました。
Step1:部長対象リーダーシップ・ワークショップ + コーチング
Step2:部長・課長それぞれでの「プロセス構造分析」ワークショップ
Step3:部長・課長による合同ワークショップ
3.リーダーシップ・コーチングによる部長の癒し
まずは部長を対象に、360°リーダーシップアセスメント「The Leadership Circle(TLC)」を活用したワークショップ、コーチングから始ます。
ここは、いきなり個別コーチングに入らず、部長を集めてアセスメントの読み解きワークショップから始めます。事前ヒアリングから、「なんで私たちなんだ!」「どうして自分たちが問題と言われなきゃいけないんだ!」など不満や反発の声も多いことが予想され、マインドセットが整わない状態で、コーチングに入ると逆効果になるためです。
アセスメント結果を見ると、多くの部長が黙り込みます。ほとんどの部長のリーダーシップが「リアクティブ*」に働いている結果を示しており、定性コメントでも厳しい言葉が続きます。自身のイメージと、部下から見えている姿には往々にしてギャップがあり、360度アセスメントはその自覚を促し、自己変容へのマインドセットを整える上で非常に効果的です。
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*LCPでは、リーダーの効果性に貢献するコンピテンシーを「クリエイティブ領域」、効果性を下げる自己制限的なリーダーシップ行動を「リアクティブ領域」と示します。リアクティブ領域は、「操作」「自己防衛」「他者依存」の3つの要素で成り立ち、コーチングでは、「リアクティブ」な行動パターンを生み出す構造や意識に働きかけ、リーダーの変容を支援していきます(詳細はこちら)
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同時に、その行動パターンは実は自分たちだけの問題ではないと伝えてあげることが大切です。それは組織の歴史の中で生み出されたパターンでもあるからです。取引先にNoと言えない業界構造があり、長年の経験から「知らないことがあってはダメ」という意識が根付き、誠実さを追い求めた結果です。本人たちの責任だけではない部分があることを伝えることで、結果は受け取りやすくなります。お互いの結果を共有することで、組織の文化として捉えることができるのも、集合形式で実施する効果です。
実際にコーチングが進むと、「どうしたらいいかわからない」「本当はSOSを出したい」という声が出てきます。今まではそれを言い出せず、個人も組織も悪循環に陥っていたことが明らかになります。部長には弱さを受け入れてもらうことが不足しており、本音の声を受け止めてもらえるコーチングの機会は非常に効果的でした。これまで積み重ねてきた固定観念を手放せたことで、部下の声を受け止める準備が整っていきます。自身の行動パターンを変えていくことへの好奇心が芽生え、計5回のコーチング・セッションを通して、少なくない変化が見えてきます。
4.部長・課長の対話から生まれた新たな動き
部長が組織変革と自己変容へオープンになったところで、「プロセス構造分析*」を活用した部長・課長の対話に進んでいきます。
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*「プロセス構造分析」はプロセスワークの知恵を活用し、ビジネスの課題、関係性のパターン、役割の問題、そして変化を阻む心理的な葛藤・対立を統合的に見立てる対話型ワークです。立場や異なる視点による認識のズレが明らかになり、全員が当事者として課題が再定義されることで、各ステークホルダーからの自発的な解決策が立ち現れてくるパワフルな手法です。(詳細はこちら)
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このステップでは、いきなり部長・課長が一緒に対話するのではなく、まず部長・課長で分けてワークショップを実施します。組織内の「ランク*」の差が大きい場合、「ランク」の低い方(今回であれば課長)が本音の声を出しづらくなります。また、最初は別々で実施することで、認識の違いが明らかになり、本質的な課題定義につながります。
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*「ランク」とは「人間関係において、その人が有している特権やパワー(影響力)」のことであり、人間関係における上下の力関係の感覚を伴うものです。社会的ランクや心理的ランクなど4種類のランクがあるとプロセスワークでは考えます。(詳細はこちら)
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課長には、組織の中で「非主流派*」である自分たちの声を出すことの大切さを伝え、これまで溜め込んできた本音を出してもらいます。すると、普段抱え込んでいる課題意識が、他の課長も思っていることだとわかり、安心感と一体感が出てきます。
さらに、部長には見えていない(理解されていない)課題が共有され、冷静に俯瞰することで、自分たちも変革の鍵を握っているという当事者意識も醸成されます。「主流派*」である部長の立場への理解も深めていくと、部長の葛藤や苦しみも体感できます。部長個人の問題ではなく、業界構造や文化から生み出されている問題でもあると気づくことで、部長が抱える困難が真摯に共有されるならば、協力していきたいという声にシフトしていきます。
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*「主流派」「非主流派」とは集団で働くダイナミクスを扱うプロセスワークのフレームワークです。組織内には、役職や部署、年齢・性別、経験・スキルなど様々な要因により、相対的にパワーを持つ人・グループ(主流派)と、持たない人・グループ(非主流派)が存在し、関係性における葛藤や対立を生み出していると考えます。(詳細はこちら)
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次に部長です。部長には自分たちが「主流派*」であることを理解した上で、変革を前に進めるには「非主流派*」である課長の視点を一度受け止める大切さを伝えます。自分たちが持つ「ランク*」に対する教育も交え、現状の問題への理解を深めていきます。
部長には自分たちで「プロセス構造分析*」をやってもらった後、課長が実施した内容をフィードバックします。そこで自分たちが見ている景色と、課長が見ている景色が大きく異なることに気づきます。部長の苦しみや葛藤に共感する声が課長からも出ていたこともファシリテーターから伝えることで、部長・課長の関係性に変化が生まれてきます。
最後に合同ワークショップです。部長の準備が整い、課長の部長への理解と共感ができていることで、これまで生まれてこなかった双方向の対話と新たな解決の糸口が現れてきます。
ここでは、「部長 vs 課長」ではなく、「We(部長 & 課長)」の意識づけをしていきます。課題は誰かのせいではなくシステムの問題として捉え、「なぜうまくいかないのか」から「どうしたらうまくいくか」にコミュニケーションのパターンを変えていきます。結果、相互理解が一層深まり、協力体制が築かれ、部長・課長それぞれの役割や意識、アクションに変化が出てきます。
組織としても大きな一歩を踏み出します。長年意思決定できなかった営業部隊と定型業務の関連会社への移管が正式に承認されます。これまでのピラミッド体制から機能別&プロジェクト型の組織体制への変更も決まり、課長から部長へ昇格するメンバーが出てくることで、新たな組織文化づくりが進んでいきます。組織のビジョンと個人のビジョンをつなげるための、未来を見据えたアサインと評価にも着手し、若手の巻き込みも進め、エンゲージメント向上の兆しも見えてきました。
5.「変革のコンテイナー」となる事業部長の存在
組織の変革には痛みや対立が伴います。特に戦略の大きな転換とともに組織の変容を生み出すとき、経営者が「変革のコンテイナー(器)」としてミドルを支援し、先導できなければその変革は失敗に終わります。
何より、経営者自身もその変容の当事者であり、最も変化を求められる存在でもあります。今回もオーナーである事業部長のサポートが必要でした。自身も旧来のビジネスモデルで圧倒的な成果を上げてきた1人で、変革シナリオを描ききれず、大きな岐路に立たされていました。「部長が課題だ」と言葉にするものの、現場の最前線を率いてきた彼らの気持ちもよくわかり、「部長が悪いと思っている自分も嫌」と自覚しており、変革をリードしきれない心理的葛藤がありました。
そこで、事業部長への報告・相談の機会を定期的に取り入れることで、事業部長の葛藤や悩みに寄り添い、プロジェクト推進と支援を行いました。事業部長も自身の弱さと向き合い、変革を先導する姿勢を見せたからこそ、組織全体に大きな変化が生まれたと感じます。その後、エグゼクティブ・コーチングも実施することになり、自身の変容にもコミットし続けています。その姿が、部長や課長の変化を支え、後押ししていることは間違いありません。
組織変革プロジェクトでは、オーナー自身が常に「はだかの王様」になるリスクと葛藤を抱えています。そこに寄り添い、支援できるかがプロジェクトの成否を握ると改めて感じる機会となりました。
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