忘れてない忘れてないかも忘れていて
【ここ一ヶ月の記憶をたどる】
①春が来た
肌寒い日、寒くてストーブをつける日、暖かい日、汗ばむ日、ゴールデンウイークは暑かった。パジャマを一段薄いのにした。マットレスに寝そべって、昼間から電子書籍で本を読んでいた。肌寒い日。五月にストーブ。つけたり、消したりする。汗ばむ日。風のすこやかな日。雨の日と雨の日、カエルの大合唱、エゾハルゼミの鳴き声、青い風、初夏の風。春が終わりかけていた。
②JAF
鼻歌歌いながら夜道を走っていたら、縁石に掠ってタイヤがパンクした。
事故報告書。
③わらび
向かいの家から、わらびをもらう。タッパーに何本? 数十本? 数え切れない。酢醤油でたべるとうまいと聞いたので、そうした。だし入りのみそは、酢にあまりなじまないことがわかった。酢だけでも食べてみた。めんつゆでも食べてみた。醤油でも。
また別の日に、別の家からわらびをもらった。茹で加減が違って、こっちは大分柔らかだ。あんまり日持ちしないかも、と言われたので、急いで消費する。毎食食べる。ざる蕎麦に、わらび。乗せるのではなくあくまで別々のメニューとして食べる。かつおぶしをふりかけてみたりもする。完食。結構頑張った。
お陰で先にもらったほうのわらびがまだ残っている。タッパーに菜箸で惜しみなくわらびを詰め込んだお婆さんの手もとを覚えている。
④パーティ
死ぬほど天ぷらを揚げて、死ぬほど食べた。
死ぬほど食ったが、全然死なない。
おかげで元気なのであった。
⑤768ページ
768ページの本を読んだ。
「読み終わるまで、あと五時間三十分」
それより早く読み終えたことを誇ればいいのか、表示に急かされるように読んでしまったことを悔いればいいのか、わからない。
⑥考えごと
わからないことができたので、図書館に本を借りに行った。Amazonで資料を取り寄せた。また別のことが気になり、次は別の本を借りようと思った。本は読みかけ。考えはまた散らかって、ますますよくわからなくなったので、とりあえず部屋を片付けた。よくわからないけど、部屋がきれいになったことはたしかだ。
⑦ラジオ
ラジオを聞きながら眠る。
そういう日に限って夢を見ない。
⑧先のこと
世界は、思っているよりも私に興味を抱いていない、という自意識。
実際のところ、世界に興味を抱いていないのは私自身で、私はそのことを認めたくないので、とことん世界に興味があるのだというふりをしている。
眠るのが好きだ。たぶんそれは、世界に興味がないから。
私が私を全うしなくてすむ時間を、現実逃避的に愛しているのだ。
半分は当たりで、半分はちがう。
眠るのは好きだ。だって気持ちがいいじゃないか。シーツとふとんのあいだに挟まれると、心がほっとする。
私はいつも挟まれている。喜ばしいことと、喜ばしくないこと。
天秤のつりあいをとるのはむずかしい。
前を向くことも、後ろを向くこともむずかしい。
にっちもさっちもいかなくなっているうちに、私はこんこんと眠りにつき、そしてまた朝になっている。その繰り返し。
未来がわたしを振り返る。あるいは、過去がわたしを未来に押しやる。
どっちのやりかただっていい。ひとまずは、先に進めるのなら。
⑨黒地に赤丸のてんとう虫
黒地に赤丸のてんとう虫、1。
クサギカメムシ、たくさん。
羽の生えたアリ。生えてないアリ。小さいやつと大きいやつ、たくさん。
アオダイショウ、1。
蛇は虫ではないのであった。
羽化したてのかげろうらしきもの、1。
意外と視界に入っていない、小さいものたち。
⑩電話
「十九世紀後半ごろ、ロンドン港から豪華客船って出てたと思う?」
「なにそれ、わからん」
「アザラシって、どんなおさかな?」
「アザラシは動物だよ」