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権力に従う人と抗う人。命懸けで撮影された映画

イランの映画「聖なるイチジクの種」を観た。カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞し、米アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされている。

この国では、体制を批判する映画を撮るのは命懸けだ。この作品のモハマド・ラスロフ監督は国外脱出した。しかし、キャストやスタッフで国を出ることができなかった人たちもいる。

映画の背景には、2022年のマサ・アミニさんという22歳の女性の死がある。

マサ・アミニさん(22)は13日、頭髪を覆うスカーフを適切に着けていなかったとして道徳警察に逮捕された。目撃者によると、アミニさんは警察車両の中で殴られ、その後、意識不明に陥った。アミニさんは16日に亡くなった。
警察は暴行を否定し、アミニさんが心臓発作に襲われたと主張している。

スカーフの着け方で……イラン道徳警察に逮捕された女性が死亡 女性たちが抗議
2022年9月19日 BBC NEWS JAPAN

権力者が決めた理不尽なルールを守っていなかったといって殺される。あまりにむごい。彼女が受けたような市民への暴力を捉えた実際の映像(市民がスマホで撮ったもの。ニュースなどでは流れない)が、この映画の中にはたくさん挟み込まれている。

崩壊する家族

映画は一つの家族を描く。父親は、政権に逆らった人たちを裁く立場にある。権力側の人間だ。だから裕福な暮らしをしている。妻と娘が2人いる。

しかし、権力側の人間だからといって安泰ではない。やりたくない仕事をやらされる。悪いことなどしていない人を死刑にしなければならない、汚れ仕事だ。逆らえば、地位や仕事を失ったり収監されてしまうため従っている。結局はどこか怯えながら暮らしているのだ。

仕事をしていない妻や娘たちは、それに比べて一見呑気に見える。けれども、娘の友人に起こったある出来事、父親が家の中で銃を失くしたことが彼女たちの日々にも暗い影を落とす。

安定していたように見えた家族は、そこからグラグラと揺れ始める。疑心暗鬼に陥った父親がとる行動が、事態をとんでもない方向に向かわせついに家族は…。

おかしな権力者に抗えるか

この家族がイラン社会を表しているのだなと思う。家の中の権力者は父親だ。彼らを見ていると、こういう体制のもとにある人々の心理状態がわかる。

イランで女性たちが被ることを強制されているスカーフ(ヒジャブ)。服装を取り締まっているイランの道徳警察の警官の一人が、取り締まりの理由をこう語っている記事があった。

「道徳警察の部隊で働く理由は、女性たちを守るためだと言われている。女性の身なりがきちんとしていないと、男たちは挑発されて、女性を傷つけてしまうので」

イランの道徳警察、女性の頭髪や服装を取り締まる理由は 警官の本音は
2022年12月5日 BBC NEWS JAPAN

同じようなことをどこかで聞いたことがあるなと思ったら、日本の校則だった。

校則でポニーテールが禁止されているのはなぜだろう-。鹿児島市の高校に通う女子生徒(16)は中学時代、担任の女性教員に尋ねた。「男子がうなじに興奮するから」との答え。「男子にも女子にも失礼。本当にそうなら最初にこの校則を定めた人の感覚がおかしい」と違和感を口にする。

ポニーテール禁止なぜ? 質問に担任は答えた 「男子がうなじに興奮するから」 16歳女子生徒は思う 「校則つくった人の感覚おかしい」2022/03/07 南日本新聞

この女子生徒が言うように、こんなルールを決めた人の感覚がおかしい。でも世界中で権力者はこうしたことをやりたがる。とにかく人の自由を奪いコントロールしようとする。逆らわれるのが怖いからだ。いつその地位から追われるかと、権力者はこの映画の父親のように本当はビクビクしているのだろう。

こんなことはおかしいと思いながら、従ってしまう人と抗う人がいる。この映画の中で抗うのは女性たちだ。同じような境遇になったときに、わたしはどうするだろうかと考えている。


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