『バリ山行』感想。
山ですか?
という言葉からはじまる、芥川賞受賞の「純文山岳小説」(帯より)。著者は新人(1980年生)の松永K三蔵氏。Xで「面白い!」というコメントをいくつか読んで、山好きの人たちにも喜ばれていそうな感じだし、芥川賞ならさっと読めるだろうし、装丁もかっこよかったし、スーパーマーケットからの帰りに本屋に寄ってサッと買ってしまった。こういうのは勢いが大事。小説なんて、ものすごく久しぶりに読んだ。一気に読み終えた。
ネタバレなしに読んだほうが面白いタイプの本だと思うし、書ける範囲での感想というか推薦文として、自分が好きだったところや特徴だと思ったところを書いてみる。
まず『文章の解像度が高い』。少ない文字数で、バンバン景色が浮かんでいく。特に見事なのが山登り中で、読みながらほんとに目の前に景色が立ち上がる感じがある。しかも、ものすごく推敲されているのか、無駄な言葉がまったくなく進む。ひとつひとつの言葉が確信をもって選ばれた、丁寧に作られた工芸品を見るような感じである(とくに冒頭)。
で、だから『スピードがはやい』。最初など特に、どんどん展開していく。1.3倍速くらいのイメージ。数ページでうわーーっといろんな状況が見えて、主人公やまわりの人物の様子が頭にクリアに浮かび上がるので、飽きる暇がない。山の様子も最初、じっくりゆっくり語られるのかと思いきや、冒頭などテンポがよくて、潔さが心地よい。想像よりもスタートからだいぶ早いテンポですいすい進むので、久しぶりながら「小説って面白いなあ!」とすぐ思った。
ちいさいところながら、『キャラクターが覚えやすい』というのもすごくいいなと。登場人物はわりとたくさん出てくるのだが、名前、キャラ、エピソードがおそらく考え抜かれて表現されているので、「えーっと、これ誰だっけ‥‥」とページを戻ったりすることがない。この、ひそかな工夫のようなものが見事である。いちばん読ませたいものを読ませるための、下地づくりがものすごくしっかりしている。おそらく文章も相当書き慣れている。
で、『山』である。実際に行ってるかのような『山の臨場感』。何度もさまざまに山の景色が出てくるけれど、それがひとつひとつ、ぜんぶ違った印象で目の前に立ち現れる。立体的に景色が浮かぶ緻密なスケッチ。好きでたくさん通った経験がなければ(しかも心を動かしながら通わなければ)書けなそうな印象もある。また同時に、主人公たちの『会社のリアリティ』も見事で、これもまた丁寧な観察や、実際の経験がなければ描けないことがたくさん登場する。山も、会社も、さらっと書かれているようで、本物の厚みのようなものを感じる。
また、読みすすめていくと感じる(たぶん誰でもわかる)『本のテーマ』のようなものが、まさにいまの時代の、いまの我々の興味そのままであるようにも感じる。なので、ふだん小説を読まない人にも面白い本だと思う。まさに自分自身がそういう小説をずっと読んでいないタイプながら、とても面白く読んだし、考えるための道具をもらうような物語だと思った。
おそらく、いちばんおもしろく読めるのは、1980年生まれの作者と近い、山が好きな男性、それもビジネスパーソンとかだとドンピシャなのではないかと思う。会社の話がわりとあるので(会社の登山部の話からはじまるし)、会社に興味がない人だとどうだろう、というのはあるかも? あとは六甲山あたりの地名がたくさん出てくるので、その地域の人には本当に景色が浮かんでその面白さもあるかもしれない。
「ネタバレ」なくおすすめするなら、そんなところか。ぼくはすごく面白かったし、硬派ながら、広く読んでもらえるよう、すごいホスピタリティのもと書かれているところも好きだ。そして推敲された言葉の美しい感じ。描かれようとしているテーマも、ずっと自分も気になっているものだし‥‥。
なんだけど、やっぱりいちばんに推すのはこれかなあ →『読みながら、主人公たちと一緒に山に入っていく感じを味わえるのが最高』。ストーリーもテーマもしっかり作られているけど、なにより「おおーっ、ほんとにいま、山にいるみたい!」がすばらしい。そういうのを面白がれるタイプの人なら、たぶんまるまるたのしく読めると思います。一気に読めます。