見出し画像

ss●太陽と月_04


 クトゥルフ神話TRPGシナリオ
「蹂躙するは我が手にて」を題材とした二次創作ssです、御注意。
https://booth.pm/ja/items/2075651



 ●

 ●

 ●

 門廻りに辿り着くと、既に大分暗かった。
 暗がりの中で、セツナの砂色の髪はよく映えて見えた。一方、エーリスの黒髪は闇に溶け込んでいたので、金色の髪留めだけが宙に浮いているように見えた。彼は軍人がするように、左側の前髪を鎖骨あたりまで長く伸ばしている。

 門廻りまで到着すると、セツナは買い物袋を脇に置いてしゃがみ込んだ。このあたりの砂は昼間も陽の光をほとんど浴びることがないため、セツナがしゃがみ込むと、尻のほうまで砂の冷たさが伝わってきた。
 花束を置いて、ぽんぽんと優しく叩く。
(寝かし付けているみたいだな)
 エーリスはくすりと笑い、そんなセツナを横目に、門のほうへ進んで行った。そのまま門を押すと、両開きの門は呆気なく開き、門廻りの空間に光が漏れ出る。
 セツナは驚き、その光を飛び退いて避けた。自分の務めを果たせたという安堵で緩み掛けていた目元や口元が、再び強張ってしまった。
「すぐに戻るよ、少年」
「軍人さんしか入っちゃいけないんだよ!」
 父親の言い付けを覚えていたセツナは声を上げた、洞窟内に声が残響する。セツナはエーリスの手首を捕まえようとしたが、彼はひらりと門の奥に姿を消してしまった。
「私は特別なんだよ」
 と、言い残して。
「え……」
 門は閉まり、また暗闇になってしまった。
 門の向こうまであの男を追うべきなのか、通路を駆け上がるべきなのか、言われた通りに待つべきなのか。セツナが困惑して決め兼ねてうちに、エーリスは彼のすぐ傍まで戻ってきて、無言でちょいちょいと手招きした。
 セツナは呆気に取られていたので、危うく買い物袋を忘れるところだった。セツナが買い物袋を取りに引き返す際も、エーリスは付いて来た。

 ふたりは洞窟を出た、星空がいつもより明るく感じられた。

「気を付けるんだよ」と言いながら、エーリスはセツナの背中を軽く押した。御礼を言うのも忘れて、セツナは小走りになって家に向かった。買い物袋を抱き締めて、時々振り返りながら走った。
(この事はお父さんには言わないでおこう…)
 何故か罪悪感を覚えていた、それにあの男は何者なんだろう。

 エーリスは、週に一度、気紛れに、祈りを捧げに来る。
 予定は敢えて決めないようにしていた。
 顔を覚えられると、厄介なことになるかもしれないからだ。

 ●

 セツナが帰宅すると、「おかえり」の挨拶より先に、両親は忙しなく顔を見合わせた。セツナは怒られるのかと身構えて後退りしたが、どうやら、両親は自分の全身に釘付けになっているようだった。
「あ……」
 セツナもエーリスも、羽織り物のことなど忘れていた。
 時間や曜日さえ決め打ちにしなければ、自分が命を狙われることはないだろう。そんな肝の据わり方をしているエーリスは、帝王家の人間どころか一般市民と比べてもうっかりしたところがあった。そういうエーリスの個性をよく喩えれば…―――――
 そう、鷹揚という言葉になる。
「……」
 エーリスは本当に忘れていたのだが、最後に背中を押されたことを思い出したセツナは、何か意図があるのだろうか、と混乱していた。

 結局セツナは、エーリスのことを洗い浚い話した。その男が洞窟に来た理由は、と父親に聞かれた時、良い言い訳が思い付かなかったので、彼は門の中に入って行ったと話してしまった。
「セツが誘拐されなくて本当に良かった」
 セツというのは、セツナの愛称だ。
 母親はセツナを抱き締めて、砂っぽくなった髪を撫でてくれたが、父親は顔を義手で覆ったまま黙り込んでしまった。
 その後、両親は近所に住む叔母一家まで呼んで、どうしたものか夜通し話し合っていた。大変なことをしてしまったのかもしれない…この日は"洞窟が怖い理由"なんて考えられないまま、セツナはいつの間にか就寝していた。

 …


 ▶ 続き:https://note.com/bakemonotachi/n/nf0ac657370cd



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?