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ss●太陽と月_05


 クトゥルフ神話TRPGシナリオ
「蹂躙するは我が手にて」を題材とした二次創作ssです、御注意。
https://booth.pm/ja/items/2075651



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「セツナ・デューン・オム=ヴィクトリア」
 エーリスは小首を傾げて、味わうように呟いた。
「セツナ、不思議な響きの名前だ、是非ともご両親に由来を聞いてみて欲しい、淳天の言葉に似ているけれど少し違うね」
「……そう、なんですか」
「淳天には興味がある、私の父はあの国が大好きなんだよ。時折取り憑かれているんじゃないかと思うほどに」
「……」
 数日後、宮殿を訪れたセツナは、大勢の軍人たちに囲まれながら次代の帝王と対話していた。軍人たちは高圧的ではなかった(むしろ好意的ですらあった)が、ひとり居るだけで凄みのある軍人たちにこぞって興味深げに見詰められれば、誰だって息が詰まりそうになるだろう。
 ごくり、と固唾を呑む。
 帝王様の姿を見たことはあれど、顔立ちが分かるほど間近に見たことはなかった。少なくとも、セツナは帝王様の瞳の色を知らなかった。
(……この前と全然ちがう)
 エーリスの瞳は、今は薄っすらと水色をしている。セツナはすぐに、彼の瞳の色が空と同じだと気が付いた、この前は夕陽の色をしていた。エーリスの瞳は極めて色素が薄い、セツナの髪よりも月よりも白かった。

 透き通った水面のような、鏡のような瞳だとセツナは思った。

 エーリスと出逢った翌日、セツナは両親に連れられて初めて宮殿を訪れた。もちろん、絹織物を返すためだ。
 入口の軍人たちは父親の義手を見るなり、すぐに拳を突き合わせて挨拶し、セツナたち家族を歓迎した。些か無礼に当たるかもしれないが、近衛兵である彼等に絹織物を返してもらう算段だった。エーリスの名前を伝えた時、軍人たちはさほど驚いていなかった。
 母親に促されて、セツナは近衛兵のひとりに手紙を手渡した。
「おれいのお手紙、書きました」
 それは、セツナが母親に叩き起こされて書いた手紙である。
 近衛兵たちはカラカラと笑って、セツナの頭をぽんぽんと叩いた。それからあっと言う間に「本人から伝えるのが一番だろう」という話になり、今に至る。流石に、その日中に会うことは出来なかった。
 エーリスと逢うまでの数日間で、セツナは何度か手紙を書き直した。渡すことはないかもしれないが、慌てて書いた手紙を気に入っていなかった。

 深々と頭を下げて御礼を伝えた時も、エーリスは小首を傾げた。
「そんなに畏まらないでいいのに」
 セツナは思わず首を横に振ってしまった、子供とは言え帝王家の影響力なら理解している。セツナは、帝王家の気紛れで、人生がめちゃくちゃになってしまったら嫌だ、そんなふうに直感で思っていた。
 この時のセツナは、街の男たちがそうするように、洞窟を護って生きていくつもりだった。近所にある工場が大好きだったし、大多数が女性だが、整備士だって格好良いと思っていた。…いつの日か父親の義手がばら撒かれるのも、自分の義手が洞窟にばら撒かれるのも嫌だった。

 ほとんど茫然とやり過ごしていると、ぽん、と肩を叩かれた。
「少年、いやセツナ、また会えたら、名前の由来を教えて欲しい」
 セツナはがむしゃらに頷いた。

 琥珀色の眼をした少年兵に見送られ、セツナは宮殿を後にした。
 宮殿の外からエーリスを見上げると、彼は想像通りの場所に立っていて、まっすぐ遠くを眺めていた。セツナは、地平線を眺めるエーリスの瞳の中に、自分だけのオアシスを見付けたような気持ちになった。
 そのオアシスに波が立たないよう、ずっと見張っていたいと思った。


 ▶ 続き:https://note.com/bakemonotachi/n/n7316ad9413de



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