ss●名無しの紀行_01


 終末紀行TRPG:ランダムプレイを題材とした二次創作ssです
https://booth.pm/ja/items/3685171



 ぷしゅ、と音を立てて、曲線的な棺のような容れ物が冷気が吐き出す。
 ガラス製の蓋がのろのろと持ち上がる。
 一匹の犬型ロボットが、その光景を眺めていた。

「…」

 その棺は、冷凍睡眠装置と呼ばれる機械である。
 硬めのクッションの中、ひとりの人間が沈み込んでいる。頬はふっくらとしていたが、生気が感じられず、人形のようだった。
 やがて、蒼白な肌にすっと切れ込みが入り、ミントグリーンの瞳が現れる。

「やあ、人間」
「…」

 声を掛けたのは、犬型のロボットの方だった。
 それは抑揚の少ない声だったが、尻の方では尻尾が左右に動いている。

「生きている人間を見たのは、久し振りだ」
「…」

 人間は、少女だった。
 ぎりぎり肩に掛かる位の髪は、瞳より淡い緑色をしている。
 彼女はゆったりと身体を起こすと、犬型ロボットをじっと見下ろす。

「犬が喋った」
 猫のような吊り目を何度も瞬かせながら、少女は言った。
「ロボットだね」
 静かに、細い首を傾げる。
 
「名前は?」
「ボクかい、今は名無しだよ」
「ななし…」

 少女は眩しそうに目を細めて、辺りを見渡す。
「そう…」
 ひとしきり見渡すと、再び犬型ロボットを見下ろす。
「わかった、ナナシーって呼ぶね」
 犬型ロボットは、その場で退屈そうに伏せをしていたが、彼女の言葉に「わかった」と言って飛び起きた。ナナシーと名付けられた犬型ロボットは、大きな垂れ耳が特徴で、身体はどちらかと言えば丸い。

「ここには、キミと同じように人間がいたんだけど、今このあり様だよ」「私以外には誰もいないの?」
「うん」
「本当に?」
「まあ、僕もこの世界の全てを知り尽くしているワケじゃないけど、少なくとも、生きている人間に会ったのは、キミが初めてだよ」

「あんなにたくさんいたのになぁ」
 少女は、ぴょんと、冷凍睡眠装置から身軽に飛び出した。その時、何かが一緒に装置から外に落ちた。拾い上げると、どうやら携帯端末らしい。
「それこそ、私のお父さんとかお母さんとか」
 ぱたぱたと白衣を叩く、埃が舞うようなことは無く、清潔だ。
「私だけってことは、なかったはずなんだけどなぁ」
「…」
「どうして、こんなことになっちゃったんだろう?」

(それは、人間が愚かだからさ)
 ナナシーは、心の中で少女を憐れんだ。

「まぁ、いいや」
 携帯端末の画面に息を吹き掛けて、白衣の裾でごしごしと擦る。
「この携帯端末によれば、私の名前は『ノーラ』だ」
「ノーラ」
「そう」
 携帯端末の画面が、少女、ノーラの頬をぼんやりと照らす。少女の頬は少しずつ朱を取り戻していて、ミントグリーンの瞳は、画面の光を反射してキラキラと輝いていた。
「ねぇ、ナナシー」
「なあに?」
「お父さんお母さんのことも気になるけど、この世界は、どうしてこうなっちゃったんだろう、すごい気になるんだ」
 携帯端末から、顔を上げる。
「知りたいな、私」
「…」
「だから、分かりそうなところに連れて行ってほしいよ」
 ノーラの顔をしばらく覗き込んで、ナナシーは頷いた。
「いいよ」
 ノーラは悪戯っぽく、眼を細めて笑った。

「キミの中ある好奇心を満たせるものが残ってないか、見て回ろうか」 

「これからよろしくね、ナナシー!」
 ノーラは、この犬型ロボットを信じてみることにした。



◆XXXX.XX.XX
 起床。
 携帯端末が生きているので、手記を書く。
 この携帯端末はよく手に馴染み、触れているだけで安心する。

 此処は何処だろう。
 私が覚えている言語で、コミュニケーションを取れる存在が必要だ。
 あるいは、解読できる何かが欲しい。

携帯端末に遺されていた手記


◆XXXX.XX.XX
 この携帯端末によれば、私の名前は「NORA」らしい。

携帯端末に遺されていた手記

 …〆

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