ss●アネモネが舞った時:中編
クトゥルフ神話TRPGシナリオ
「蹂躙するは我が手にて」を題材とした二次創作ssです、御注意。
(https://booth.pm/ja/items/2075651)
「花に乞い願う」アンサーSS
「アネモネが舞った時」中編
セツナ視点、問題があれば修正/削除を行います。
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俺の視界の隅で、日傘が海の上に揺蕩っていた。
ハッとして、少女に声を掛ける。
「怪我…は…」
聞くより見たほうが早いだろう、と思ったらそれ以上の言葉が出てこなかった。とりあえず怪我は無いようだが、どうすればいいのか(正確にはどう言えば良いのか)分からず、しどろもどろになってしまった。
『……あ、いえ、ありません。ありがとうございます……』
その言葉に安心したのも束の間、船の上から感情的な声が降って来た。
『…………!』
それは【淳天】の言葉だろう、何を言っているのか全く分からなかった。
『父上』
それ位の短い単語なら分かる、あれがこの少女の父親か。
少女は俺の前に躍り出ると、丁寧なお辞儀をした。
『……、…………』
『…………。…………。…………』
話している内容は全然分からなかったが、穏やかな雰囲気でないのは明らかだ。今にも俺に飛び掛かって来そうな父親を宥めている、そんなところだろう。命令された訳ではないが、さっきの判断は間違っていないはずだ。転んで怪我をするよりずっと良いだろう、況して"海に落ちるようなこと"があったら。
(面倒臭ぇんだな、皇族って)
後から聞いた話では、俺は、遠目に見ても分かるほど訝し気な顔をしていて、少年兵等はこぞってヒヤヒヤしていたらしい。
『…………。…………』
そのうち納得したようで、男は船の中に姿を消した。
(こんなの貧乏クジじゃねぇか)
『申し訳ありません、父は…………。…………』
「……?」
『……機嫌を…………?』
俺は眉間にしわを寄せたまま、無遠慮に少女を見下ろした。
「早口過ぎて……聞き取れねぇです」
他の少年兵等に聞こえて欲しくなかったので、小声で言った。
「イラつく」
とそのまま零すと、彼女は俺の悪態に驚いたのか、少し目を見開いた。半分は皇族とかいう面倒な生き物に対して、半分は俺を出迎えに当てがったアイツに対してだった。
港に向かう俺たちを、少年兵の群れが追い越していく。
「帝王様がそうしろって言ったんだ」
嘘か本当か、アイツがそういうのが聞こえた。
すぐに、この少女こそ皇族であり使者であると知らされた。
こんな子供に外交を任せるとは…
ベバイオン帝国の帝王は、性別や年齢に制限が無い、しかしこんなにも幼い帝王が治めた時代があるとは聞いたことがないし、外交官もそうだろう。この帝国には外交官なんて居ないも同然だが…
名前を教えてもらった気がするが、呼ぶつもりはなかった。淳天の言葉はとにかく耳馴染みが無いので、やっぱり発音に自信が無い。淳天には女帝様がいる、これを強いて呼ぶとすれば皇女様だろうか。
「セツナです、皇女様」
ややあって、段上の彼女は、ゆったりと振り返った。
「セツナ・デューン・オム=ヴィクトリアです」
俺を見下ろす赤い瞳の中に、夕陽がべっこう飴みたいに差し込んでいて、不思議な感じがした。彼女に向けて、というより、その瞳に向けて俺は喋っていた気がする。(蠱惑的という表現が分かりやすいだろう)
特に話したいことがある訳ではなかった…満足した俺は(無自覚にはにかんで)、さっさとその場を後にした。
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皇女様の視察には、俺が付き添う成り行きになった。
何処までも代わり映えしない、砂と灰の景色。無味乾燥な景色が続くこの帝国を、俺は愛している。無理に何かを話すようなことはせず、俺が伝えたいことを伝えて歩いた。
歩幅が小さいのは致し方ないが、まどろっこしいので、時々ひょいと抱えて持ち運んだ。視界がぐんと高くなってワクワクしているのだろうか…他に理由があるのかもしれないが、何であれ、ワクワクした様子の彼女は、やっと年相応の少女に思えた。
皇女様は、何でも物珍しそうに聞いた。…何でも物珍しそうに聞き、注意深く見ていたので、帝国の軍人等が一様に義手を付けていることにも、気が付いていただろう。
ベバイオン帝国に古くから伝わる"腕挙"(今日では制度化されている)を、人生を削るようなものと揶揄する奴が居る。人生を削る代わりに、戦場に征くまでの時間を削れるのだから、それでいいと思っている。それに、アネモネの毒で皮膚炎になることも、二度となくなるのだから。…皇女様がアネモネを摘もうとするなら、真っ先にアネモネの持つ毒について教えてやらないといけない。
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視察の他に任されたのは、ボードゲームの対戦相手だった。
折れてしまいそうな石の駒に、恐々触れる。そうやって神経を研ぎ澄ませていると、なんだか指先がくすぐったくなってくる。
世界には、こんなふうに石を繊細に削る技術があるんだな。ベバイオン帝国では珍しい宝石が採れるが、今はほとんど需要が無い。だから、加工技術も衰退していく一方だ。…石や宝石を削り出して工芸品にできる奴より、義手に詳しい奴のほうが重宝される、男も女も。
(……)
石を使う遊びと言えば、石を投げてもう一方の石に当てるような、もっと簡単で、頭を使わない娯楽だった。
自分が勝っているのか負けているのかさえ、段々分からなくなってきた。戦局が分からなければ面白くないし、腹も立たない。そんな感じで、最初の頃はゲームの終わりさえ分からなかった。
(偉い連中って、頭がいいものなんだな)
帝王様は頭がいいと思うが…王族も皇族も、そういうものなのか。
ある日、帝王様は感想を尋ねてきた。
「頭が痛いです」
と、俺は答えた。その時は本当に頭が痛かったので、そう答えた。帝王様は、いつもより乱暴に髪を撫でてきた。…恐る恐る、帝王様の顔色を窺う。
俺の予想に反して、帝王様は嬉しそうにしていた。
▶ 続き:https://note.com/bakemonotachi/n/n133ddc3e2ab1
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