ss●アネモネが舞った時:後編
クトゥルフ神話TRPGシナリオ
「蹂躙するは我が手にて」を題材とした二次創作ssです、御注意。
(https://booth.pm/ja/items/2075651)
「花に乞い願う」アンサーSS
「アネモネが舞った時」後編
セツナ視点、問題があれば修正/削除を行います。
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俺がルールを覚えて、それなりに遊べるようになってきた頃、皇女様は嬉々として新しいボードゲームを取り出した。皇女様はボードゲームのルールをいくつ覚えているのだろう、ひとつで充分じゃないのか。
また駒の種類を覚えるところから繰り返すのか、と思うと、ふっと意識が遠くなった、いっそのことそのまま手放してしまいたかった。
俺にボードゲームを教えること自体を、楽しんでいるのか。
だとしたらムカつくな…
きっと、潤滑油の匂いや重火器の駆動音なんかとは無縁の人生だろう。ベバイオン帝国の婦女子は、成人する前から工具を磨くのが日課になる。
ただ、漠然と、無縁なら無縁のままでいいと思った。
ふと少年兵等の恨めしい視線に気が付いたが、無視した。
「俺ならもっと上手くやるぞ」
蒼い眼のアイツが、声を顰めて話しているのが聞こえた。アイツらに向けて盤面を引っ繰り返さなかっただけ自分を褒めてやりたい…片付けが大変だ、と何度言い聞かせただろう。
もしかしたら連中は、俺のことを、ベバイオン帝国の"少年兵代表"みたいに思っていたのかもしれない、知ったこっちゃないが…
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その日、俺たちは淳天料理を食べていた。
よく味わうということをしてみたが、結局、淳天料理の良さはあんまり分からなかった。茹で立てのトウモロコシのほうが美味いと感じた。ちょうど、粒のキメ細かいトウモロコシを、次のボードゲームの景品にしようと話していた。それなのに、肝心のゲームの主催者が席を外してしまい、俺たちは歯痒い思いをしていた。
と、少女の悲鳴が聞こえた。
空気が一気に張り詰める。
張り詰めた空気を破るように、水面を叩く大きな音がした。
少年兵等は甲板に飛び出し、皇女様の姿を探した。
『父が、……、……っ! 助けようとしたのに、…………!』
足元がおぼつかない皇女様を見付けて、駆け寄る。
「っ…皇女様!」
彼女が倒れる前に、俺は自分の身体を彼女の前の滑り込ませた。
『どうしよ、う、セツナ、父が…………っ』
皇女様は泣き崩れた。
「……」
本当なら、彼女と彼女の父親のために、海に飛び込むべきだったのかもしれない。でも、俺はそうしなかった。…これでいいんだ、確信めいた予感が、そして雰囲気が、俺をその場に張り付けていた。
帝王様から、似たような雰囲気を感じたことがあった。この日まで、帝王様の人となりが醸し出す雰囲気だと片付けていたが、それは、皇族や王族が生まれながらに腹に抱えている、毒の香りだと理解した。この香りがする時、彼等の中で何かが腐っている気がする。
(皇族だろうと軍人だろうと、死ぬ時は呆気ないもんだ)
俺は皇女様を小脇に抱いたまま、まだ波立つ海面を見下ろした。身長のおかげで、わざわざ身を乗り出さなくても済んでいた。
間も無く、皇女様を含む使者等は帰国した。
あっと言う間に、ボードゲームのルールなんて忘れてしまった。
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数年経ち、蒼い眼のアイツは軍人になっていった。
帝王様は少年兵等に、「軍人ならなくていい」とよく話す。
ボードゲームも悪くない、が、軍人が教えてくれる娯楽のほうが、俺にはしっくりくる。…このまま軍人になっても良いとぼんやり考えていた。
少年兵が訓練場に顔を出すと、大抵の軍人は喜んで迎えてくれた。
厳しい砂の大地を乗り越える駆動力と、太陽で熱々になった戦車。そのハッチの上に質の良いスキレットを置いて、ポップコーンを作るのが最高の暇潰しだと教えてくれた。目玉焼きなんかも作れるが、卵は日持ちしないし、持ち運びが大変だ。その点、乾燥トウモロコシは優秀だった。口寂しければ、適当に舌の上で転がすことだって出来る。
水に浸けて卵を運べばそのままゆで卵になるんじゃないか!と、誰かが言った。途端に、そんなふうに水を使える訳ないだろう!とあちこちで軍人等が反論した。一斉に皆が笑った、俺もつられて笑った。
それから、琥珀色の眼をした軍人が、何に引火するか分からないので煙草には気を付けろ、と言いながら新しい煙草に火をつけた。義手にライターは付いてないの?と少年兵のひとりが言い、軍人等はまた豪快に笑った。
そんな彼等が処刑された光景が、目に焼き付いている。
そしてそれは、公開処刑からすぐの出来事だった。
右耳を切り裂くような音、強い風。俺は砂にのめり込み、口や鼻や耳の中まで砂まみれになった。とにかく顔を上げた次の瞬間、すぐ傍で爆発が起きた。…凄まじい熱を帯びた風が、わっと何かを巻き上げた。
鮮烈な赤を見た時、優しい香りの記憶が頭を過ぎったが、振り払った、綺麗だと思ってしまうより前に。
爆風が巻き上げていったのは、粉々になった父親だった。
金属片と肉片が落ちていく。
砂漠はすべてを受け入れるばかりで、何の音も立てなかった。
とても虚しかった。
(……)
鉛玉が鼻に詰められているみたいに、鉄の匂いに侵されていた。
身体を起こそうと思ったところで、自分の右腕が吹き飛んでいることに気が付いた。それに、右半分の視界が真っ赤に染まっていた。拭っても拭っても、真っ赤なままだった。左手の感覚はあって、血でぬるぬるした。
でもそんなことより。
そんなことはいいから、義手の部品を集めてやらなければ。
義手の部品を。
義手の部品を…
…
…
俺は赤が嫌いなんだと思う。
紅色も、朱色も、柘榴のような赤も葡萄のような赤も。
お前の眼の赤も。
お前の眼を見ると、あの時のことを思い出す。
右腕が散った時。
▶ 完結
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