地域課業務記録ケース#B12
朝目が覚めてから三十分以内に日光を見るといいらしいが、徹夜明けの人間には日光は毒だ。地域課のオフィスで目頭を揉みながらそれを痛感する四十歳を目前に控えた向橋の前に、二十歳過ぎの匂坂が能天気に書類を置いた。
「先輩、教区六番の病巣なんすけどー結局馴致不能で落ち着いたみたいっす」
「ああ。まあやっぱりそうだよな」
「そりゃそうっすよ。いくら犯罪性能が高いっても結局ただの浮浪者じゃないっすか」
「巣作りは歴とした犯罪性能のフレーズだぞ。奴の場合はどっちかというと犯罪性向が高すぎたせいだろ。性犯罪の病巣は馴致しづらいし、このケースはそれに近い」
渡された報告書を見出しだけ読み飛ばして「済」と貼り紙のついた箱に放り込む。平安課の書類はこの状態で読むにはあまりにも内容がなさすぎる。
「でも先輩、どっちかっていうとアレの証言の方が気になりますよ」
「あ?」
「だから証言っす。六番の前にも類似のって部分で」
「お前そういうことは先に言え」
「済」の箱から報告書を拾い上げた。見出しを追い、尋問の記録を追う。一見して不審な点はない。
「気になったのはどこだ」
「証言組み合わせると空白が出るんす。前の件と六番に移ってきた時期と経路、それと食料。どう考えても空白が出るんすよ。アレが飲まず食わずで動けるとも思えませんし、節約できるとはもっと思えないっす」
向橋は舌を巻いた。ヘラヘラしている匂坂だが、やはりモノが違う。そもそも彼が馴致された経緯も――
「俺たちでこいつと話せるか?」
首を振って思考を追い出した。今は目の前の案件だ。
「平安課が馴致不能出すまで詰めた後っすよ先輩。話ができるかどうかも怪しいっす」
「だよな……仕方ねえ、患部行くぞ」
都市の制度上、犯罪は存在しない。都市に発生する諸問題の病巣を発見し、可能ならば馴致。馴致できればその犯罪性能を活かし職員として登用する――それが市役所地域部庶務調整対応課だ。
【つづく】
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