烏、蛍火、叢雲、巌
月の無い晩であった。
頼りなく揺れる灯をちらと見やり、宿直の修三郎は次の交代までの時間を思って大欠伸をした。
戦国の世である。いつ戦が起きるかわからぬ以上は平時でも警戒を保つのが当然であったが、気が緩むのまでは責められまい。だがその晩はそれが命取りとなった。
気づいた時には闇から滲み出した影に喉首を掴まれ、高々と吊り上げられていた。
その男は黒かった。そして巨きかった。その姿は揺らめく光の中でこそ辛うじて捉えることができたが、灯が消えれば、あるいは照らす光から逃れれば、もはや闇夜の烏も同然であった。
「何奴……」
修三郎の息も絶え絶えの掠れ声は、余人に届きえぬ警告ではなく己の運命を問うた。
「某、汝の影法師にござる」
闇夜の烏はこう囁き、修三郎の首の骨を握りつぶした。
彼は幼少時を暗黒大陸の密林で生き、野生の肉体と隠形を身に着け、伴天連に連れられ日本へと渡った。
名を弥助。
時の覇王、織田信長直属の忍びである。
【続く】
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