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【読切短編集】文字の風景

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風景を文字で切り取る実験です。1000文字以下の超短文&1話読み切り連載 です。もしあなたに読んでいただけたら来週からも書き続けられます。
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【文字の風景】

note初心者のFUSOと申します。 記事を書いてみようと思います。 執筆にあたり、【文字の風景】というテーマを作りました。 文字通り、風景を文字で切り取る試みです。 ショートショートとも呼べないけど、 日々、一刻変わりゆく風景を、 自分の目を通して切り出して、貯めていけたら良いなと思います。 更新日は水曜日にします。 なるべく毎週更新を心掛けます。頑張ります。 【年内にスキをもらうこと】が目標です。 応援してくれる方が居たら、嬉しいです。 3日坊主にならないよう、頑

【短編読切:文字の風景⑱】図書館

ここには人がひしめいている。 幼い頃、親と車で2週間に1度、図書館を訪れるのが日課だった。貸出期限の2週間ごと、両手で抱えきれないほどの本を借りては家で読むのが好きだった。読んでいた本は児童書ばかりだったが、いわゆる名作シリーズや絵本より、学校の怪談のような怖い話を好んで借りていた。 怖い話というのは、大人になった今でも人を惹きつけてやまない魅力がある。骨董品市で買った鏡を家に持ち帰ってから、不吉な出来事に見舞われる少女。近所の公園で遊んでいて、池から伸びる手に襲われる少

【読切短編:文字の風景⑰】福岡

大きな振動を体に感じて、自分が地表に降り立った事を知る。窓から外を見やれば、福岡空港という大きな文字が目に入った。 ソンバーユのダイカット広告を見るともなく眺めながらエスカレーターを降りて、気づけば地下鉄のホームに居る。ウーバーイーツの広告がホームドア中にべたべた貼ってある。今夜わたしがいただくのは、どんなご飯にしよう。 博多も天神も、そこだけ見たら都心と大差無い発展を遂げた都市だが、なんとなく空間が広々した、妙な解放感がある。何度来ても私の中で都市の表情は変わらない、の

【短編読切:文字の風景⑯】飛行機

まるで、生クリームを塗り固めたような風景。 窓の外には、眩しい青空の下に一面の雲が敷き詰められている。あと30分ほどで目的地の福岡に到着する予定なのでおそらく岡山上空あたりだが、様子を伺い知ることはできない。果てしない雲平線は、パティシエのナイフの跡のようにところどころ波をたてながら、終わりなく続いている。 出発時、羽田空港は打ち付けるほどの雨が降っていた。無事飛べるのかと心配にすらなったが、雲の上にくれば空はけろっとしたものである。 今日、無事に乗れた事に改めて安堵す

【短編読切:文字の風景⑮】黒い部屋

4畳半程度の広さで、天井も壁も床も、一面黒く塗りこまれている。 この部屋には何も物が無い。私の背後にはトイレがあるが、それも目を細めないと視界に捉える事が出来ない。 何故なら、照明も窓も無い部屋だからだ。 もしかしたら、他にも何か落ちているかもしれないが、壁を伝って1周しても何も障害物は無かったので、殺風景な部屋である事は変わりない。 ここでは、私は思考を巡らせるくらいの事しか出来ない。時折立ち上がり、2.3歩回ってまた座る。用を足し、うたたねをし、そしてまた終わりの

【読切短編:文字の風景⑭】ライブハウス

街の喧騒と、早春の風が夜気に冷やされ始める気配。辺りは淡い藍色に沈もうとしている。湿度の高い空気には、草の香りが混じっている。開演まであと1時間。すこし早く着きすぎた駅の改札前で、私は一人期待と高揚で頬を赤く染めていた。 辺りには、見覚えのあるTシャツやラバーバンドを付けた人がちらほらと歩いていて、見る人が見れば川のような人の流れが一目で分かる。普段通りの服装で立っている自分が少しだけ気恥ずかしく、全身をライブ色に染め、並んで歩く人たちが羨ましく見える。街の風景から浮いてい

【読切短編:文字の風景⑬】惑星・月

無音だ。何も見えない。 息をする事すら許されない静謐の中に、この物質は静かに浮かんでいる。角礫岩に覆われた大地は見渡す限り荒涼としていて、寒々しい。降り立てば、白い大地と真っ暗な宇宙空間が織りなすモノクロームの世界が広がっていて、トーキー映画の中に紛れ込んでしまったような心地だ。 不意に、強烈な光が目に差し込む。強烈な太陽光。地球の大気のように、光を和らげてくれる存在は無い。ああ、こちら側まで回ってきてしまったのだな、と思う。 モノクロームの世界は目が眩んで、真っ白に消

【短編読切:文字の風景⑫】猫

大きな毛むくじゃらの華が咲いているようだ。 猫が目の前で、腰を大きく曲げながら肛門を舐めている。左足を大きく上に伸ばし、だらしなく尻尾を伸ばしたシルエットが、まるで大ぶりの華を横から眺めたような形になっている。 その体は、撫でるほど艶が出そうな柔らかい体毛に包まれている。あんこがのったパフェのような、色味の柔らかい三毛猫なので雌だろう。水音を鳴らしながら、目を閉じて懸命に毛づくろいをする姿は愛らしい。比較的体毛は短く、ふかふかした毛の下の肉感と骨ばりを感じる。 一通り舐

【短編読切:文字の風景⑪】窓

大きな窓だ。2m程度の高さで、マンションのベランダに繋がっている。 銀色の窓枠とサッシの、いたってシンプルな作り。ガラスには今日の豪雨で、少しだけ水跡が付いている。 ほんの少し窓を開けて、網戸越しに風が入るようにしている。 風に吹かれて、白い透かし素材のカーテンが穏やかに揺れている。いくつもひだを成す山の部分が、部屋の明かりに照らされて暖色に染まっている。よく見ると平織の縦糸と横糸が、絣のような模様を形作っている。光が当たった糸は、反射してキラキラと輝いている。 少し

【読切短編:文字の風景⑩】喫煙所

煙草を吸うと、ため息の言い訳が出来る。 私が煙草を初めて自分で買った時、心の中でこねた屁理屈だ。 深夜3時を回った高田馬場、半地下にあるこじんまりした中華居酒屋。終電を無くしてだらだらと飲み続け、皿の上のエビチリも話す事も無くなったころ、先輩から貰っていそいそとふかし出すアメリカンスピリッツ。そんな貰い煙草をしていた頃、私にとって煙草は沈黙の装飾であり、無口の免罪符だった。眠そうな顔で煙を吐いてると、それだけで存在して良い理由が生まれる気がした。 社会人になって、責任が

【読切短編:文字の風景⑨】美術室

油のしみ込んだ木の床は、他の教室より黒ずんでいる。 この美術室は、左右に大きな窓が開いていて解放感がある。入って右手の窓からは校門が、左手には職員室が見える。6つほど並べられた木のテーブルも、やはり傷や染みだらけだ。そこには、ここを通り過ぎていった沢山の学生たちの跡がある。 部屋の左手奥にはアルミ製の乾燥棚。生徒の作品が横たえられている。右手は、美術部用の小さなスペースになっている。デッサン用の静物が並ぶ棚で、奥が目隠しになっているのだ。この奥で、部員たちが着替えたり、お

【読切短編:文字の風景⑧】夏祭り

夏祭りの匂いは、焼きそばと綿あめと、人間の匂いで出来ている。 しょっぱくて、甘くて、ほんの少しだけ饐えている。 立ち並ぶ出店の香りが私を撫で、首筋の汗と交じり合う。薄墨色の世界の中で、ぼんやりと赤い提灯が浮かぶ景色は、何かが待ち構えている予感がする。手招きされるように歩き出すと、カラン、と乾いた音がした。数日前に買った浴衣の、青と黄色のストライプ模様が翻る。 思春期の女の子にとって、夏祭りは否応なくロマンチックな響きを感じさせる。女友達と約束して、この日の為のお洒落をし

【読切短編:文字の風景⑦】子供部屋

玄関で靴を脱ぎ、すぐ右側にある和室が私の子供部屋だった。 割と広い部屋だった気がするが、畳の配置を思い出すと7~8畳ほどだった気がする。弟と一緒に並べられた勉強机があり、寝具は無い。2階の寝室に家族全員で川の字になって寝ていたからだ。 窓際には床の間があったが、ほとんど物置と化していた。その奥には小さな庭があり、大きな紫陽花の株が部屋を覗いていた。 父の趣味で、物置には大きな自立型のサンドバッグが置いてあった。私は昔からそのサンドバッグが怖かった。勉強机に向き合うと、そ

【読切短編:文字の風景⑥】江の島

大橋を渡り終えると、江の島は闇に包まれていた。 昼間の喧騒は落ち着き、いくつかの店は戸締りを始めている。しかし、江の島弁財天へ向かう参道はまだぼんやりと灯がともっていた。 歴史を感じさせる木造建築と、海に囲まれた島らしさのある郷土品・名産品店が立ち並ぶこの通りは、ずっと昔から変わらないであろう独特の活気をまとっている。 江の島は山だ。一番そう感じるのは、勾配の付いた坂道を登る時である。山は、昔から人と人ならざる者を線引く境界線だ。私たちは賑やかな商店街と参道に見送られ、