私が村に来て、初めて求められたのは「ビジネス」でも「教育」でもなく「文化・芸術」の分野だった
10月12日に岡山県西粟倉村でオープンした「森々燦々-セカイの見え方を共有する表現展-」が11月10日に無事、閉館しました。
まずは動画をみてください。
オープニングの開催の様子をものすごく美しく動画にしてくれました。
この動画を見て、自分たちが作ってきたものの面白さを発見し、やって良かったなと改めて感じています。もう10回は1人で見ました。
制作してくれたのは村の会社(SANSAI株式会社)です。
振り返れば、5月から約半年間、実行委員で集まって企画を進めてきました。
誰も芸術系のイベントを実行したことなんてないメンバーだったし、みんな本業を持っていてボランティアでやってきました。企業や自治体ではなく、村民が自分たちで立ち上げるという「起こり」に私はとても興味を持ち、実行委員として企画を担当しました。
「私の企画は絶対面白い」と根拠のない自信を持って生きていますが、打ち合わせを重ねる中で、私の「面白い」と秋山さんの「面白い」は違っていて、今回は実行委員長の秋山さんの見たいセカイの方が絶対に面白くなると考えて、その実現に徹しました。
秋山さんの「面白い」が私には想像ができなかったので、無性に見てみたくなりました。
私は知らない想像できない世界に、ものすごく惹かれます。
自分でビジョンを語り、旗を立てたい私が、誰かの立てた旗の実現に全力で走るのは初めてに近い体験でした。
自分の役割は新しいことを考えるのではなく、時間的に忙しいメンバーが集まる中で私が引き取れる作業を進めることだと切り替えて、HPの情報更新、SNSの発信、オープニングのスケジューリング、オープニングのアーティストとの打ち合わせ、必要備品購入などを担当してきました。
当初の予定を超えるたくさんのアーティストが公募してくださり、想定外のことがたくさん起こりましたが、6人の実行委員メンバーはみんなプロフェッショナルで、毎週水曜日の定例会では各々の仕事の状況報告と山奥の森での開催に向けての議論をしていましたが、常に誰かを思いやる気持ちに溢れていました。
動画はオープニングの日のものです。
あの晴れ渡った日から約1ヶ月。
忙しくなかったわけではなかったけど、私にとっては無理は全くせず、すごく自然に動けた半年でした。得意なことをやっているわけでもないのに、それがすごく不思議です。
村に移住して2年半。自ら村の活動に入り込むことはありませんでした。
だから、交友関係も限定的でした。
永住を目的としていない私がここで何ができるんだろうか?
村で求められていないことをしたくない。。
ビジネスで地域に入ることも、教育で地域に入ることもすでに他の自治体で経験している。違うことをしたくて移住した私がここでやりたいことってなんだろう?
焦らず、ゆっくり、暮らしながら考えていました。
その答えが「文化と芸術」でした。
去年の5月、芸術家を名乗り、作品を作り、森で個展を開きました。
誰も「何言ってんの?」と笑わず、むしろ「良いですね!」と背中を押してくれて、場所を提供してくれました。結局、当日雨ですべての作品を1日で撤去しましたが、その時からずっと森で個展をしたいと思っていました。
全国4ヵ所で個展を開催し終わった9月、落語を始めました。
見たことも聞いたこともありませんでしたが「何もないが、すべてある」という身一つで全ての世界を作れる面白さにワクワクしました。
月に1回、大阪に通い、家事の時間に台本を覚え、人前で出来るレベルまでになりました。森々燦々でも、コンセプトに合うようにカスタマイズしたお噺を披露させていただきました。村の文化祭でも噺をしました。
それを見てくださったシニアの方が、ファンになってくださり、12月に村のシニアの方が集まる場所で落語をしてほしいという依頼を社会福祉協議会の方からいただきました。「常連の方から、ぜひ尾崎さんを呼んでほしい」と。コーヒー券が報酬ですが、私にとって村で初めて報酬をもらって行う仕事になりました。
私は「芸術と文化」でこの村に初めて必要とされ、求められたのです。
今まで実績がある「ビジネス」でも「教育」でもないことが非常に嬉しく、ものすごく面白いことだと思っています。
千葉県流山市では「ビジネス・創業」、奈良県生駒市では「公教育」、そして岡山県西粟倉では「芸術とアート」。「尾崎さんって何者なんだったっけ?」と言われながら生きていくなんて、クレイジーで最高だな、と我ながら大変満足です。
とにかく動画を見てください。
村に来たくなります。