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プロローグ 生意気な妖精との出会い


チョコレート!?しかもゴディバやん。ほんまにええのん?

えらいご褒美やで。

いやぁ、ワシもここまで頑張ってきて良かったわ。ええぐうたらママになったなあ。

子育ては大変やからな。母親は偉大や言うのも分かるわ。

ホンマやな。もうだいぶ消えてしもたで。

それはワシも分からへん。次はどこに連れて行かれるんやろうなぁ。

どこに現れるんかも、誰のところに行くんかも分からん。全てはロッ君のさじ加減やから。

あぁ〜、このチョコレート美味しいわぁ。
ええ思い出、ようさん作ったな。

アンタならやっていける。

この調子で頑張るんやで。

ほな、さよなら……


ほっ!
「ガッシャーーーン!!!」
あれま。
「え、なに!?」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



私は30歳のOL。

今は産休中で、11ヶ月になる娘の藤佳と毎日家で過ごしている。

出産前、私は子育てなんて大したものではないと思っていた。

だって世の中ではかなりの人が経験する事だし、そもそもそんなに大変な事だったら人類はとっくの昔に滅びているはず。

そんな安易な考えだった。

ところが、藤佳が生まれてからそれは一変する。

あらかじめ子どものことは色々と勉強しているつもりだったが、いざ目の前にしてみると分からないことだらけで、全く思い通りにならない。

そして、満足に寝ることさえ許されない地獄の日々。

旦那も帰宅するのは毎日遅く、私1人が追い詰められていくのを感じる。

完全に子育てを舐めきっていた。

生後11ヶ月まできて、ようやく私にも余裕がほんの少し出てきたが、それでも大変な日々を送っている。

今は藤佳と一緒に昼食をとっているところ。

1歳前後で好き嫌いが激しくなると言われる中、幸いうちの子は今のところ全くそういった姿がない。

強いて言うなら食べるのはすーっごく遅いが、出されたものは何でもきれいに食べてくれる。

一生懸命作ったご飯を残さずにちゃんと食べてくれるのは本当に嬉しいものだ。

「藤佳はえらいね。何でも食べるからお母さんも…」
ガッシャーーーン!!!

「え、なに!?」

明らかにキッチンから皿の割れる音がした。

座ったままキッチンの方を見てみる。

我が家はカウンターキッチンになっているので、それとなくキッチンは見渡せる。

しかし、変わった様子はない。

2人しかいないはずの部屋で何かが起こった……

そんなわけないか。

考えるほどに怖くなってきた私は、何もなかったことにして再び食事を続けた。

「ほら、もぐもぐして!このままじゃ終わらないよ」

「アカンなぁ」

喋った!藤佳が!?

恐る恐る目の前の藤佳に視線を向けてみるが、ポカーンとした表情。

とてもこの子が話したようには思えない。

「食事中にテレビか?」

「きゃーーー」

恐怖のあまり叫んでしまった。

どこから聞こえているのか。
何が起こっているのかも分からない私は、怖くなって謝った。

「ごめんなさい」

「悪いぐうたらやで」

「……」

ん?なんだかずいぶん高い声?

勇気を振り絞って再びキッチンを見ると、電子レンジの上にその姿はあった。

「え!?」

なんだこれ?1歳半ぐらいの赤ちゃん?しかもかなり可愛い男の子だ。

「何じーっと見よんねん。恥ずかしいやろ?」

そう話す口の周りには無性髭。…じゃないな。
茶色、チョコレート?

ぽっこりお腹は幼児体型。

オムツ一丁であとは裸。

そして関西弁。

なんだこの子?

そんな事を考えているうちにふと我に返る。

この子は誰?どこに乗っているんだ?

いきなり驚かされたこともあって、無性に腹が立ってきた。

「そういえば、さっきは勢いで謝ったけど、あなた誰?どこからここに入ってきたのよ」

「『なんで?』ってここに送り込まれたからや。あ、これ落としてしもてん。ごめんな?」

その赤ちゃんの目線を辿って立ち上がる。

床には割れた皿。
それと…ハンバーグ?

そういえば、電子レンジの上に乗せていたはずのハンバーグが皿ごと消えている。
ついさっき藤佳のストック用に作ったやつだ。

「え!?信じられない。これどうしてくれるの?」

「だからごめんなって」

「そんな簡単に許せるか!そもそもなんでそこに乗ってるわけ!?」

「それはロッ君に聞いてくれ」

もう何の話をしているのかも分からない。

「訳の分からない事言わないで。そもそも何でここにいるのよ」

「……」

「早く出て行って」

しばらく沈黙が続く。

どうやってつまみ出そうかしばらく考えていると、先に動いたのは彼だった。

彼はパンと手を叩いて話し出した。

「まぁーそんな細かいことはもうええねん。
ワシとアンタが出会ったんも何かの縁や!」

え!?ワシ!??

見た目は完全なる赤ちゃんのなのに!?

思わず吹き出しそうになった。

が、何とか堪えた。

「何笑うてんねん」

バレてたみたいだ。

「ええか?よう聞きや?ワシは子どもの妖精さんや」

「子どもの妖精??」

普通自分に”さん”なんて付けるか?

「ワシの任務は、世の母親が子育てに困らんように尽くすことや」

「へぇ〜。人の一生懸命作ったハンバーグを落としておいてよく言うよ」

「それはわざとちゃうから許してくれ」

「それよりも妖精だったら魔法か何かでお皿とハンバーグをもとに戻してよ」

「なに子どもみたいなこと言うてんねん。そんなんムリやろ。現実見んかい!」

結構生意気な妖精だ。

「アンタみたいなぐうたらしたママは世の中にようさんおるで。でもな、ええぐうたらと悪いぐうたらがあるねん。アンタはどっちや思う?」

「私!?分からないよ」

「アンタは悪い方やで」

「失礼だね」

イラッとして生意気な関西弁赤ちゃんを睨む。

「ぐうたらするって事は、子どもに自分の判断でテキトーにやらせるってことや。でも子どもにテキトーにやらせていい事と悪い事があるから、それを今日から教えたろ」

「ふーん」

「ぐうたらしたらアカン事だけ言うていくから、言われた事以外は存分にぐうたらしたらええで」

なんか話していることは難しそうだが、要は言われた事をやればいいみたいだ。

「ところでアンタ疲れた顔してるな。子育てしんどいか?」

「最近ちょっとツライかも」

突然の話につい本音を漏らしてしまった。

そんな事を言われたら涙が出そうになる。

「そうか、まさにワシの出番やな!ワシ向こうの世界ではかなり有名やしなぁ」

「向こうの世界?」

「そう。向こうの世界や」

「どんなところなの?」

「……ええところやでぇ」

質問と答えがぐちゃぐちゃだ。
しかし、そんな事は全く気にしていないらしい。

「そうと決まれば今からやるで。まずはワシの名前を覚える事からやな。ワシ『ルソ夫』言うねん。覚えとき」

「私は中…」

「そや!ワシの存在は2人だけの秘密やで?」

残念ながら私の名前に興味はないらしい。

「なんで?」

「もしアンタが話したらワシ溶けてしまうねん」

「なにそれ!?こわ」

「旦那にもアカンで」

「……そこにいる藤佳は?」

「大丈夫やけど、まぁそれはもうええわ。約束だけは絶対に守ってな」

訳が分からなくなってきたが、とりあえずこの場ではこの全ての状況を飲み込むことにした。

「それで、えーっと…私の子育てを手伝ってくれるってこと?」

「あほう。ワシがするのはアドバイス。育てんのはあくまでアンタや」

さすがにそれは都合が良すぎたか。
いや、待てよ。
これはチャンスなのかもしれない。

「今うちの子がご飯食べるのが遅くて困ってるんです。どうやったら食べるのが早くなるか教えてください」

「アンタ切り替え早いなぁ」

そう言いながらも嬉しそうに話し出す。

「まず、そのテレビを消すことやな。アンタかてさっきからテレビばっかり見て全然子どものこと見てへんからな?あと、そのテーブルとイスも合ってなくてちゃんと座れてないし」

「だってテレビを消さないとここに座ってくれないんだもん」

「せやから、集中して座って食べるにはこのテーブルにそのイスやと難しいんやて」

「と、言いますと?」

「子ども用にちゃんとした食事イスを買わんかいな」

「えぇ!今月結構厳しいのに…」

「とりあえず、テーブルとイスは絶対にちゃんとしたものを揃えた方がええな。まぁ今はこれやから『座ってくれるだけありがたい』ぐらいに思っといた方がええで」

「そっかぁ。じゃあ明日買いに行くよ」

「何言うてんねん。今やろ」

「え。今日はやる事いっぱいあるんだけど。ハンバーグの片付けとか」

「ワシが片付けといたる」

「じゃあ買いに行くのにはついてきてくれないの?」

「もちろん!」

まさかの一つ返事で断られてしまった。

「何でよ!どれ買ったらいいか分からないもん」

「店員さんに聞いた方が早いで」

「えぇ〜」

でも裸で付いてこられても困るな。

それにしても結局全然助けてくれてないのに、何が”妖精さん”だ。

「とりあえずご飯だけ食べちゃって、お皿洗ったら行こうかな」

そんな私のことを今すぐに出て行けと言わんばかりにジーっと見つめてくる。

鬱陶しく思った私は、片付けを済ませるとすぐに藤佳を抱いて玄関に移動した。

「あ、せや!足置きのない足プラプラするやつはあかんで〜」

リビングからルソ夫の声が聞こえてきたが、ろくに返事もしないで私と藤佳は家を出た。

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