掌編「音声燻製」@毎週ショートショートnote
見たことのあるようでないような路地だった。
突き当たりは遥か彼方、頭上には、くすんだ赤だの青だの黄色だのの出窓がずらりと見えて空まではだいぶん遠かった。
吐いた息が白く広がる視界で、目的の窓を探す。窓枠はすべて緑色らしい。
それらしい窓の下で立ち止まり手にした松ぼっくりを投げると、兎のような生き物が顔を出した。
『こちらの?』「そう、それです」
いったん顔を引っ込めたかと思うと今度は身を乗り出して、取っ手に縄を括りつけた籠を私の頭の高さまで下ろした。
『このように』「ありがとう」
手に取ると香りがした、気がした。
さっそく耳の後ろにあててみる。
──お父さん、あのね、
──あなた、どうしたの。
確かに、確かに。
思いきって依頼して良かった、と思った。声色も、空気の香りもそのまま鮮やかになっている。これは本物だ。
妻と娘の最期の言葉は、これでだいぶん長持ちするはずだ。
気がつくと家の前だった。
チラと白いものが舞ったが雪のようであった。
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