78rpmはともだち #12 ~東海林太郎『椰子の実』~
1948年にLPが発売されるまでの音楽鑑賞ソフト(音盤)であった78rpmについて綴るシリーズ。
今回はクラシックを離れて、日本の流行歌謡の巻。
『エール』の影響は?
皆さんは今週、最終週に突入するNHK総合 朝の連続テレビ小説『エール』をご覧になってきただろうか?
そういう私はほとんど見ていなかった。
しかし、小関裕而と彼の周辺のリアルをベースに、戦前の大正、昭和期の音楽産業をバックグラウンドに展開されるドラマ、ということで、番宣を見たり、欠かさず見ている人々の話を聞いて、「見ていればよかった・・・」と今更思う次第。
しかし思うのだけれど、『エール』が多くの人に見られているのに較べて、他媒体(他局、雑誌、WEB・・・)で大正・昭和歌謡について取り上げたり、懐古するような特集をあまり目にしなかったのは何故だろう?
音楽好きとしては、小関裕而の作品はもちろん、あの時代の流行歌を特集したり、ドラマの中で、歌の録音風景も何回か登場したであろうから、それこそ「78rpmの基礎知識」的な話題が出たりしても、おかしくないように思うのだが、それは78rpmオタクの高望みだろうか?
さて、私がクラシック音楽の78rpmを購入するオークション出品者や専門店では、日本の流行歌や邦楽も扱っていることが多い。
そのほとんどは言葉は悪いが「二束三文」的な扱いを受けている。
だから子供の頃、懐メロ番組で見聞きした歌手の歌で、記憶に残っていたり、「いい歌、いい曲だな」と思った78rpmを見かけると、わりと躊躇なく購入している。
流行歌の78rpmはA面とB面は、違った歌手の歌唱が収められてることが多い。なのでお目当ての曲を聴こうと思って1枚買えば、結果的に好きか嫌いかは別にしてもう一人の歌手の歌も聴くことになる。不思議なことに「嫌い」と思う率は相当低いので、新たにお気に入りの歌手や楽曲を見つける喜びが付いてくる。
今回はそんな昭和歌謡の中でも中学生の頃から好きだった東海林太郎(1898-1972)の78rpmを。
東海林太郎と『国境の町』
東海林太郎が亡くなったのは1972年だから、私が中学生の頃、彼の歌っている姿は、もっぱらテレビの懐メロ番組の過去映像でのものだった。
中でもヒット曲のひとつ『国境の町』(昭和9年)の映像をよく見た記憶がある。
ロイド眼鏡に燕尾服、そしてSONYのコンデンサーマイクC-38を前に、直立不動、表情ひとつ変えずに歌う姿に、「静かに意を決した男の清々しさ」のようなものを感じた。
そして、南満州鉄道に勤務した経験、戦中、慰問で満州を訪れて歌った経験もある東海林が、国境の町で望郷の想いを歌う、というシチュエーションが、中学生にでさえ心に沁みたのだろう。
加えて、中学・高校時代の私の親友N君も『国境の町』が好きで、彼は聴くに飽き足らず、東海林と同じようなスタイルでこの曲を歌う、という余興をし、皆を笑わせた、ということもあった。
そんなN君は現在、大学教授となり、災害情報学のオーソリティとして活躍している。
『椰子の実』
今回の【ターンテーブル動画】はその東海林太郎の『椰子の実』。
島崎藤村の詩に、オルガニストでもあった大中寅二が曲をつけ、東海林が昭和11年(1936年)に録音、リリースした78rpmだ。
カップリングは結城道子の『初戀の唄』(この曲、歌もいい)。
『椰子の実』とは、日本民俗学の第一人者である柳田國男が、滞在中の愛知県・伊良湖岬で見つけた浜辺に漂着していた椰子の実のこと。
島崎は親交のあった柳田からその話を聞いて、この詩の着想を得たという。
遠く南の島から長い時間をかけて、異国の浜辺に流れ着いた椰子の実に想いを馳せた歌。
椰子の実を擬人化することで、その詞は漂泊をする若者の気持ちを代弁するもののように聴こえてくる。
メロディもおぼろげに遠くを見つめるような気持ちにさせる風情がある。
中学生の思春期特有の行動パターンかと思うが、ヘルマン・ヘッセの小説や詩に感化され、そして、同じように背伸びをしてシューベルトの『冬の旅』を理解しようとした私には、この詞、曲に感じ入る理由が大きくあったのだろう。
また小学生の時、初めて自分用のラジカセを買ってもらい、その内臓マイクで最初に録音したのが、亡母が歌った『椰子の実』だった。
母はこの曲が好きだったようで、この歌の舞台が伊良湖岬であることもその時知った。
そして亡父に頼んで、伊良湖岬までドライブをしたこともよく覚えている。
2014年に母が亡くなった時、告別式で鮫島有美子が歌うこの曲を流した(母のカセットテープは、とっくの昔になくなっていた)。
【ターンテーブル動画】
オリジナルとも言える東海林太郎の78rpm。
東海林に限らず当時の流行歌手は、音楽学校で声楽の勉強をし、リートやオペラを歌うための基礎、実力があった。
東海林の柔らかく重たくならないリリックなバリトンで聴くと、この曲はシューベルトやシューマンの歌曲に勝るとも劣らない佳曲であることをつくづく実感する。
是非、お聴きいただきたく・・・。