78rpmはともだち #17 ~レナー弦楽四重奏団 シューマン『ピアノ五重奏曲』
シューマン『ピアノ五重奏曲』
ロベルト・シューマンの『ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44』が好きだ。
3曲の弦楽四重奏曲、ピアノ四重奏曲とともに、「シューマン 室内楽の年」と言われる1842年に作曲された。
編成はピアノと弦楽四重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ)。
曲は妻クララに捧げられ、翌43年に彼女のピアノで初演されている。
ピアノと弦楽四重奏のための五重奏曲は、19世紀によく取り組まれたフォーマットだが、シューマンのこの作品はフランク、ブラームス、フォーレの2曲、ドヴォルザークの第2番と並び、さらに絞り込めば、ブラームスのそれと並び称される名作だと思われる。
曲は4つの楽章からなっているが、輝かしさと陰影、躍動と静寂のコントラストが鮮やかで、何より美しく印象的なメロディーが心に残る。
シューマンの室内楽曲では群を抜いて知られ、ピアニストとクァルテットで演奏できるので、クァルテットの演奏会にピアニストが招かれて演奏されるというケースが多い。
ただし、その人気度や多くプログラムによく取り入れられる作品の割には、これといった録音が思いのほか少ない、と思うのは私だけだろうか?音盤録音史上全体を見通し、ブラームスのそれと比較するとその思いは強い。
1950年代の名盤3つ
しかし、1950年代のLP初期に目を転じると、3枚のレコードがその存在感で俄然迫ってくる。
ヴァルター・ボーレとバルヒェット四重奏団、イェルク・デムスとバリリ四重奏団、ディーター・ツェへリンとベルリン・シュターツオーパー弦楽四重奏団(モービッツァー弦楽四重奏団)、この3つの演奏から得る悦びは果てしなく大きい。
デムスとバリリのほんのちょっとだけ甘さを持った清々しい演奏。
ボーレとバルヒェットの厳しく攻め込むところはしっかり攻める姿勢。
ツェへリンとモービッツァーの蒼い光と密度、比重の高い演奏。
いずれもしっかりと手に馴染む食器や道具のような確かさがある。
個人的にはシューマンのこの作品に必要以上の華麗さや妙技性を求めないので、こういった演奏にこころ惹かれる。
時代を1980年まで下ると、この3枚と同じくらい愛着のあるLPがある。
東西が壁で隔てられていた頃の西ベルリン南側壁沿い、トルコ系移民の多かった地区、クロイツベルクで結成された、その名もクロイツベルガー弦楽四重奏団とデヴィッド・レヴィンによる演奏。
こちらは3曲の四重奏曲との2枚組。もし、中古レコード屋で見かけることがあったら躊躇なくお買い上げになることをお勧めする。おそらく1,000円しないだろう。
レナー弦楽四重奏団
さて、前置きが長くなったが、今回の主役はこれらではなく、レナー弦楽四重奏団がオルガ・ローザー=レバルトと、1933年3月9日にコロムビアに録音した4枚組78rpmのシューマン『ピアノ五重奏曲』。
レナー弦楽四重奏団は、フーバイ門下のイエノ・レナー(第1ヴァイオリン)、ヨゼフ・スミロヴィッツー(第2ヴァイオリン)、シャーンドル・ロート(ヴィオラ)、イレム・ハルトマン(チェロ)により1917年にブダペストで結成され1948年にレナーが亡くなるまで活動した。
同時期のニ巨頭、ブッシュ弦楽四重奏団とカペー弦楽四重奏団と比較すると現代での認知度は低い。
しかし、史上初の「ベートーヴェン弦楽四重奏曲全集」の録音を完成したのは、ブッシュでもカペーでもなく、レナーだ。1926年から38年にかけて全16曲がレコーディングされた。
もう40年以上も前のことだが、「レコード芸術」1979年9月号の付録にオーケストラや室内アンサブルを257団体取り上げて簡単紹介した冊子があった。
そこにはレナーについてこんな風に書かれている。
「感性を浄化していったカペー、精神性を深めていったブッシュに対して、叙情を普遍化させたレナー・・・」。
若干紋切り型ではあるが、限られたスペースで上手く紹介しているように思う。
この冊子は数名の評論家が分担して執筆しているが、それぞれには記名がないので、誰が書いたかは分からない。
そう、レナーのスタイルはリリックだ。音はソフトで切れ込みが深いわけではなく、線も太くない。
一聴すると女性的で柳腰だが、決してスタイルを崩しているわけではない。
喩えるなら歌舞伎の名女形、と言えばよいか?坂東玉三郎だ。
【ターンテーブル動画】
このシューマンがまさにそうだ。
オルガ・ローザー=レバルトというピアニストについては情報がほぼないが、レナーとはブラームスのクインテットも録音している。
ベートーヴェンの16曲の弦楽四重奏曲を始め、レナーが残した録音が21枚のCDにまとめられたBOXがある。今でも8,000円弱で簡単に手に入る。しかし、何故かシューマンとブラームスのピアノ五重奏曲は収録されていない。
是非この78rpmの【ターンテーブル動画】でお楽しみいただければ幸いである。
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