78rpmはともだち #15 ~エルシー・ヒューストン 『ブラジル歌曲集』~
1948年にLPが登場するまでの音楽鑑賞ソフト(音盤)であった78rpmについて綴るシリーズ。
今回はほとんど予備知識もなく、「当てずっぽう」で落札したソプラノ歌手の78rpmを。
「当てずっぽうが奇跡を呼ぶ」の好例・・・。
エルシー・ヒューストン
そのソプラノとは、ブラジル出身のエルシー・ヒューストン(Elsie Houston, 1902-1943)。
オークションで、彼女が録音した3枚の78rpmが別々に出品されていた。レコード番号を見ると「続き」だったので、おそらく元々は3枚、あるいはそれ以上の組物なのだろう。
ネットで検索をかけたら、日本語ではほとんどヒットしなかった。出てきたのは彼女の名前と同じダリアの品種だった(何か、彼女と関係があるのかは不明)。もう一つ、リアルな情報として出てきたのは彼女の夫のプロフィールだったが、それはまたのちほど・・・。
英語で検索するとウィキペディアで彼女のプロフィールが確認できた。またDiscogsを検索すれば、数は多くないが彼女が残したレコードも分かった。
そして、この3枚が彼女と同時代の作曲家たちが作曲、もしくはブラジル各地の民謡をアレンジしたもので、この3枚で揃いであることもわかった。
別音源だったが歌声も聴けた。少し聴いただけで、ポルトガル語と彼女の歌声の相性が「クセ」になった。
そして、その声をそのまま表したようなビジュアルにギョッとした。
この香水にむせぶような強烈な「女力」。
「ちょっと、これはヤバいんじゃないのかなぁ~」と、久々の未体験ゾーン突入に心がザワついた。
迷わず3枚とも入札。競合全くなしで、1枚850円×3枚=2,550円で落札した。
20世紀前半、ブラジルの文学/芸術/音楽シーンのディーヴァ
エルシー・ヒューストンは1902年リオデジャネイロ生まれ。
ヨーロッパに渡り、ドイツでリリー・レーマン、フランスでニノン・ヴァランという、当時を代表するソプラノの教えを受けている。
ヒューストンの転機は1927年に訪れる。
10代の頃から親交があった20世紀ブラジルを代表する作曲家、エイトル・ヴィラ=ロボスが、この年、パリで開いたコンサートのソリストに彼女を選んだのだ。
そして翌28年、ヴィラ=ロボスのコンサートで知り合ったフランスのシュルレアリスム詩人、バンジャマン・ペレと結婚する。
ペレはダダイスム、シュルレアリスムに積極的に参加、またヒューストンと結婚した後、ブラジル滞在中にトロツキズムに傾倒。スペイン内戦に義勇兵として参加し、第二次大戦中には政治活動のために収監されてもいる。
ヒューストン本人に関する著述はほとんど見かけないが、夫ペレのこうした活動、イデオロギーに全く関係なく、妻である彼女が活動、暮らしていたとは考えづらい。
そして1929年から1931年までのブラジル時代、ヒューストンはヴィラ=ロボス、詩人・小説家マリオ・デ・アンドラーデ、ブラジルに西洋のモダニズムを最初に紹介したと言われる画家アニタ・マルファッチ、マルファッチとともにブラジル現代美術の旗手だったタルシラ・ド・アマラル、そして「ブラジル・モダニズムの創設者」と言われるオズワルド・デ・アンドラーレらと親交を結んだ。
言わばヒューストンは、ブラジルの文学/芸術/音楽が交わるサロンのディーヴァだっのだろう。
最期
1930年代後半になると、ヒューストンはニューヨークに拠点を移し、ブラジル歌曲のオーソリティ、伝道女として賞賛を浴びた。
また、彼女はラテン・アメリカの若い作曲家を支援し、彼らの作品を積極的に取り上げていたとも言う。
しかし、1943年2月22日、自宅で亡くなった。
享年40歳。自殺だった。
理由は明らかではない。
【ターンテーブル動画】
1941年1月にレコーディングされた3枚組78rpmの『ブラジル歌曲集』には、以下の9トラックが収録されている。
❶ Foi N'uma Noite Calmosa (Night Of Dreams, O Night Of Fancy)
❷ Bahia (Crateristica)
❸ Dansa De Caboclo (The Frog Song)
❹ Benedicto Pretinho (A Little Piccaninny)
❺ Bia-ta-ta' (Coco)
❻ Berimbau (Amazon Legend)
❼ Tres Potos DeSanto (Brazilian Magic Themes)- 1. Chario, 2. Aruanda, 3. Estrella Do Mar
❽ Tayeres (Song And Dance Of The Mulatreses From The North) -Bambalele' (Song Of The Northern Interior)
❾ Bambalele (Song Of The Northern Interior)
コンテンポラリー、民謡と様々だが、エルシー・ヒューストンの歌声がそのメロディーと戯れるのが心地よい。
いや、戯れ過ぎていて、「聴いてはいけないものに触れてしまったのではないか?」と、罪悪感を抱くような気持ちになる。
子供には聴かせてはいけない。
「ドラッグ」だ。