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78rpmはともだち #13 ~エリザベート・ヘンゲン シューマン『女の愛と生涯』~

1948年にLPが発売されるまでの音楽鑑賞ソフト(音盤)であった78rpmについて綴るシリーズ。
前々回、ユリア・クルプシューマン『女の愛と生涯 Op.42』全曲の78rpm(1910年録音)をご紹介した。

今回はそれに続いて、もう一つの『女の愛と生涯』の78rpmを。

Varuable Grade

アルト(コントラルト)、エリザベート・ヘンゲン(Elisabeth Höngen, 1906-1997)が、1950年に指揮者フェルディナント・ライトナーが弾くピアノとともにレコーディングした78rpm。ドイツ・グラモフォンからリリース。
既にLP時代が到来していた時期だが、78rpmとしてリリースされた。
ただし、「Varuable Grade」といってGroove(溝)の間隔を狭めて、通常の78rpmの片面最大収録可能時間が5分のところ、9分程度まで収録できるようにした盤。よって8曲が78rpm4枚ではなく、2枚に収録されている。
この音盤がLP時代への過渡期にリリースされたことを、こんなところからもうかがい知ることができる。テクノロジーだ。
ジャケットも、よく見慣れたLP時代のドイツ・グラモフォンのそれとほぼ同じ意匠だ。

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エリザベート・ヘンゲン

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エリザベート・ヘンゲンは少女時代にはヴァイオリンを学んでいた。
しかし、ベルリン音楽大学でドイツ語と音楽科学を学ぶのと同時に、声楽を学び、歌手になることを決意した。

1933年にヴッパータールでデビューし、1935年から40年まではデュッセルドルフ、 1940年、ドレスデのゼンパー・オーパー、そして1943年にはウィーン国立歌劇場のメンバーにまで登り詰めた。

終戦後はミラノ・スカラ座、ロンドン・コヴェントガーデン、ブエノスアイレスのコロン劇場、アムステルダム、チューリッヒ、ベルリン、ミュンヘンの各オペラハウスでも活躍、1951から52年のシーズンは、ニューヨーク・メトロポリタン・オペラに出演している。

1957年、ヘンゲンはウィーン音楽アカデミーの教授に任命され、後進の指導にあたり、1971年までウィーン国立歌劇場に出演、ウィーンだけで44の役を演じたという。

得意とした役柄は、R.シュトラウス『エレクトラ』のクリュテムネストラ、同じく『サロメ』のヘロディアス、『カプリッチョ』のクレロン、ワーグナー『ローエングリン』のオルトルート、同じく『ワルキューレ』のフリッカ、『神々の黄昏』のヴァルトラウテ、モーツァルト『フィガロの結婚』のマルチェリーナ、フンパーティンク『ヘンゼルとグレーテル』のお菓子の魔女、独墺系以外の作品でもヴェルディ『アイーダ』のアムネリス、サン=サーンス『サムソンとデリラ』のデリラなどがある。

最後のオペラ出演は1971年、ウィーン・フォルクスオーパーでのプッチーニ『修道女アンジェリカ』の侯爵夫人だったという。
65歳の時だ。

ヘンゲンの音盤

ヘンゲンが参加したレコードで最も有名なものは、1951年、戦後「バイロイト音楽祭」が再開された際、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが指揮したベートーヴェン『第九』のライブ盤だろう。現代にあっても「史上最高の『第九』」と言われるこの名盤に、ヘンゲンはエリザベート・シュヴァルツコプらとともにソリストとして参加している。

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しかし、戦前から戦後にかけて、ウィーン国立オペラのアルトの要であった彼女の実力、華麗な経歴と比較して、レコーディングは決して多いとは言えない。

今、手元あるヘンゲンの音盤は、『女の愛と生涯』、フルトヴェングラーの『第九』以外にはこんなところ。

【78rpm】
シューマン『トランプ占いをする女』/ヴォルフ『ただ憧れを知る人だけが』

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』第1幕より
キルステン・フラグスタート(イゾルデ)、エリザベート・ヘンゲン(ブランゲーネ)

ブラームス『愛の歌 ワルツ集 Op.52』(イルムガルト・ゼーフリート、ハンス・ホッターも参加)

ベートーヴェン『交響曲第9番 ニ短調 作品125 ≪合唱≫』
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 他(シュヴァルツコプ、ホッターも参加)

【LP】
バッハ『カンタータ≪満ち足れる安らい、嬉しき魂の悦びよ≫ BWV170』
フリッツ・レーマン/バイエルン国立歌劇場管弦楽団

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BWV170のカンタータは、ヘンゲンの存在と、その素晴らしさを明確に知り得た大切なLP(最初にその歌声を聴いたのはフルトヴェングラーの『第九』だったが、ほとんど彼女自身の歌を意識していなかった)。
BWV170はメゾ・ソプラノ、アルトにとって大切なレパートリーで、数多くの歌手が録音しているが、1951年、音盤史上最初にこの作品を全曲録音したのがヘンゲンだ。
包み込むような、そして慎み深い歌声で、深遠なるバッハの宇宙を表現した超名盤。
以前【ターンテーブル動画】を作成したので、是非ご覧いただきたい。

そう、エリザベート・ヘンゲンの最大の魅力はその声の『深さ』にあるように思う。
聴く者をまだ見たことのないような森の奥深く、あるいは深海へ誘う、と言うか、そこから発せられる磁力により、成す術もなく自然に引き寄せられていくような声だ。

ヘンゲンの『女の愛と生涯』

シューマンの『女の愛と生涯』。
乙女時代から愛する夫と死別するまでの間を、8曲のリートで歌い継ぐこの連作歌曲。
それはまるで大河ドラマでひとりの女優が、10代から息を引き取るまでを一人で演じ切るようなもの、と思うのだが、いかがだろう?

そんな視点でヘンゲンの『女の愛と生涯』を聴いてみると、最初の2曲は確かに「若さ」をあまり感じない。しかし、この女性が思慮深く、慎みのある女性であることはよく伝わってくる。

ユリア・クルプの稿でも綴ったように、『女の愛と生涯』をいろいろな歌手で聴くことの楽しみは何にも代え難い。

【ターンテーブル動画】

このヘンゲンの78rpmは、#4でご紹介した東京・神田神保町の「富士レコード社」で見かけて、速攻ゲットした日本盤。
その時の興奮度合いと言ったら・・・。

ご堪能あれ。



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