78rpmはともだち #9 ~クレール・クロワザ『フランス近・現代歌曲』~
1948年にLPが登場するまでの音楽鑑賞ソフト(音盤)であった78rpmについて綴るシリーズ。
今回は、最近知人を介して「邂逅」した方のお話に導かれて作った【ターンテーブル動画】とともに・・・。
本多厚美さん
「その方」とは、浜松出身のメゾ・ソプラノ歌手で二期会所属の本多厚美さん。
1週間ほど前、以前から浜松の音楽文化振興に尽力されていて、お付き合いをさせていただいているSさんが、「是非、あなたに紹介したい女性がいる。」とおっしゃられ、取り持っていただいた次第。
声楽家、それもメゾ・ソプラノと聞いて、「メゾ・ソプラノ/アルト(コントラルト)オタク」としては、絶対にお会いしたいと思い、その日を迎えた。
本多さんについて詳しくは、ご本人のHPかブログをご覧いただければと思うが、彼女は多くの海外での研鑽、演奏経験から「アツミ・メソード®」という、日本人のための「インターナショナル唱法」を開発、2013年に登録商標も取得したのだという。
「声楽家で唱法の登録商標を取った人なんていらっしゃらない。」とおどけた表情でお話しされていた。
しかし、欧米人とは体格や声帯のつくりが異なる日本人が、西洋音楽を自らの声で表現しようとした場合、おそらく楽器を演奏する以上に、ぶつかる壁が多いことは、素人の私にでさえ容易に想像がつく。
ここ10年ほどで、海外の一流オペラハウスに出演する日本人はかなり増えてきてはいるが、器楽奏者の世界進出と較べたら、数の点では見劣りするのは確かだ。
そんな意味で本多さんの経験や視点の置き方は、きっと日本声楽界の未来のために必要とされるものだろう。
ジェラール・スゼーとダルトン・ボールドウィン
そんな本多さんが師事されたのが、フランスのリリック・バリトン、ジェラール・スゼー(1918-2004)。
スゼーと言えば、私がクラシックの深遠なる世界に足を踏み入れた中学生の頃、D.フィッシャー=ディースカウやH.プライとともに頻繁に耳にし、目にしたバリトン歌手。実際にレコードやエフエム放送でもその歌声を聴いたことがある。
フランス歌曲はもちろん素晴らしいが、シューベルトなどもドイツ系のバリトンやバスと比較して云々・・・、と言うことが無駄と思えるほど、柔和でも、言うことはしっかりと言う、というのがスゼーの真骨頂だった。
私が好きなスゼーのLPに、バッハのバス/バリトンのためのカンタータBWV56と82があったので、本多さんに「スゼーの動画、作ります!」とお約束し、その晩『われは足れり』BWV82の【ターンテーブル動画】を作ってみた。
スゼーがリートのリサイタルやレコーディングを行う際、そのピアノを演奏するのが、ダルトン・ボールドウィン(1931-2019)だった。
ボールドウィンはスゼーの他にも、エリー・アメリング、テレサ・ベルガンサとも演奏を共にしており、ジェラルド・ムーアに続く優れたピアノ伴奏者であった。
そして何と、本多厚美さんのピアノ伴奏者でもあったのだ!
2007年11月には、二人はサントリーホール小ホールでリサイタルを行い、そのライブCDもリリースされている。
クラシックにとどまらず、10か国語の歌をボールドウィンの包み込むようなピアノに乗って歌う本多さん。
最近、私は毎朝このCDを聴いてから、仕事に出掛けている。
錚々たる面々
本多さんとは、その後も何回かメールでやり取りさせていただいている。
その中で、本多さんがお会いになったことのある歌手たちの名前を聞いて、卒倒しそうになった。
メゾ、アルトでは、クリスタ・ルードヴィヒ、マリリン・ホーン、テレサ・ベルガンサ、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、ソプラノでは、エリー・アメリンク、ジェシー・ノーマン、バーバラ・ヘンドリックス、バーバラ・ボニー・・・。
クレール・クロワザ
そんな声楽家の名前が出る中で、もう一人、私が聞き逃せない歌手の名前が本多さんから飛び出した。
彼女が師事したスゼーの先生、20世紀前半のフランスを代表するメゾ・ソプラノ、クレール・クロワザ(Claire Croiza, 1882-1947)。
ラヴェル、ルーセル、オネゲル、プーランクといった近代フランス音楽を代表する作曲家たちが、こぞって彼女に自分の作品が歌われることを望み、ピアノ伴奏まで申し出る、という正にフランス音楽界のディーヴァだ。
クロワザは名教師としても知られていて、スゼーの他にも、ジャニーヌ・ミショー、ジャック・ジャンセン、カミーユ・モラーヌといった錚々たる歌手が、彼女の教えを受けた。
今日の【ターンテーブル動画】
というわけで、クロワザの78rpmを。
彼女の残した録音は、その名声からすれば決して多くない。
そんな中、私の手元に一枚だけあった78rpmを。
この78rpm、一方の面はフランクに学んだピエール・ド・ブレヴィルの『妖精』、そしてもう一面はアルベール・ルセールの『祈り』。
いずれも作曲者本人がピアノ伴奏を務めている。
「語感」「声質」、そして当時を代表する作曲家が作った「珠玉の名曲」・・・。
そういったエレメントがひとつになって、聴く者を魅惑するのだろう。