78rpmはともだち #10 ~H.クナッパーツブッシュ ベートーヴェン『英雄』~
1948年にLPが登場するまでの音楽鑑賞メディア(音盤)であった78rpmについて綴るこのシリーズ。
以前記したように、私が78rpmをコレクションする上での大切な対象は、指揮者で言えばエーリヒ・クライバーとクレメンス・クラウスの二人である。
二人の78rpmの録音はそれ自体が比較的多いので、現在でも見かけ、手にする機会は決して少なくない。
一方、同時代に活躍した指揮者で、レコード録音にあまり積極的でなかったが故、その名声と比較して残された78rpm(それも比較的規模の大きい曲)がそれほど多くない指揮者がいる。
ハンス・クナッパーツブッシュ(Hans Knappertsbusch, 1888-1965)である。
ハンス・クナッパーツブッシュの人気の背景
クナッパーツブッシュについては、既に多くのことがいろいろな角度から語られている。
冷静な分析もあれば、酔狂なものもある。
それはクナッパーツブッシュのセッション録音の数が限られていることと深く関係しているように思う。
セッション録音の少なさを補うように、彼の死後、放送用録音やライブ録音が次々と発掘され、それを買い求めて貪るように聴く「クナ・オタク」が、特に日本にはたくさんいる。
この現象の源流は、クナッパーツブッシュの素晴らしさを情熱的に語りつづけた音楽評論家、K.U.氏にあると推測される。
そういった背景をここでどうこう言っても始まらないので、今回はクナッパーツブッシュの論評はおおむね控えたいと思う。
しかし、是非熟読することをお勧めしたい一冊がある。
奥波一秀著『クナッパーツブッシュ 音楽と政治』だ。
根気よく資料にあたり、それを論拠にしてクナッパーツブッシュの真の姿、特にナチス政権との関係について描き出すこの著作の持つ価値は、とてつもなく大きい(奥波氏には同じ手法でW.フルトヴェングラーに関する著作もある)。
クナッパーツブッシュのセッション録音
クナッパーツブッシュと言えば、ワーグナーとブルックナーを信奉し、その演奏史に名を遺す巨匠である。
また後年の演奏では、ゆっくりとした足取りで、その得意としたワーグナーやブルックナーの息の長い旋律をじっくりと歌わせ、しかも決してもたれることなく、曲の構築もしっかりと見通す力があったことを聴き取ることができる。
クナッパーツブッシュのワーグナーとブルックナーの最初のレコード録音は、ワーグナーのいくつかの管弦楽曲が1928年、ブルックナーに至ってはLP時代の1954年の『交響曲第3番』までない(クナッパーツブッシュのブルックナーのセッション録音は第3番、第4番、第5番、第8番の4曲各1種類しかない)。
クナッパーツブッシュ最初のレコード録音は、1925年のJ.ハイドンの『交響曲第92番ト長調 ≪オックスフォード≫』とC.V.フランケンシュタイン(1875-1942)の『マイアベーアの主題による変奏曲』の2曲だ。
クナッパーツブッシュのベートーヴェン
今日、【ターンテーブル動画】でご紹介するのは、1929年11月19日にベルリン・シュターツカペレを指揮して録音された、ベートーヴェン『交響曲第7番 イ長調 Op.92』。
クナッパーツブッシュの録音キャリア初期に録音されたもので、彼のベートーヴェン録音第1号である。
市場に出たことが確認されているクナッパーツブッシュのベートーヴェンのシンフォニーは、第2番が2種類、第3番が4種類、第5番が2種類、第7番が3種類、第8番が4種類の計15点。
第1番、第6番、第9番の音盤は存在しない(戦前に行われた「第九」の演奏会のほんの一部(第4楽章)は、記録映像、音源として残っており、今でも見聞きできる)。
と言っても、セッション録音はこの第7番と1943年の第3番の2つしかない。
あとは残された放送用録音やライブ録音の復刻だ。
第7番は1954年のウィーン・フィルとのライブが比較的知られている。
この78rpmに聴かれるクナッパーツブッシュの演奏は、先ほど申し上げたような彼のゆっくりとした旋律の歌わせ方、音楽の運び方とは全く異なる、ある意味正統的な演奏だ。
この曲の特徴であるリズムの意味合いをしっかりと表現し、概ねザッハリヒな解釈で勢いもある。
ただ、所々(特に第二楽章)で魅せるテンポの微妙な変化や、楽器のバランスのとり方などに細かい工夫があることも聞き流せない。
クナッパーツブッシュはナチス政権下でも、W.フルトヴェングラーやK.クラウスといった同時代の巨匠たちと同じくドイツ・オーストリアに残って活動したが、この二人と比較してナチスの覚えはめでたくなかった。
ヒトラーの音楽的嗜好とは全く異なった音楽性を、クナッパーツブッシュが持っていからである。
この時代のドイツ・オーストリア系の指揮者たちは、そこに残った人も国外に移った人(B.ワルター、E.クライバー、O.クレンペラー、C.シューリヒト・・・)も好き嫌いに拘わらず、「音楽と政治」の問題に向かい合わなくはならなかった。
また現代にあっても、先ほどご紹介した奥波氏の著作のように、その視点で様々な論評がされている。
【ターンテーブル動画】
1929年、当時41歳のクナッパーツブッシュ。
ナチスがドイツを完全支配するまでには、もう少しだけ時間が残されていた「1920年代、黄金期ベルリンの黄昏」の記録である。
クナッパーツブッシュの78rpmはその希少性から高値で取引されることがほとんど。「ゼロが4つ、5つ付くのは当たり前」といった状況で、おいそれと手出しできるものではない。
しかし、幸いこの盤はゼロが3つしか付かない破格値で手にすることができた。
コンディションはまぁまぁだが、鑑賞には十分耐えられるレベル。
お楽しみあれ。