JRA騎手スマホ問題を、一般企業の従業員の不正行為を参考にして考えてみる
事の深刻さが増し、批判の対象も広がっている
本来禁止されているはずなのに調整ルームにスマホを持ち込んで通信を行っていた。という件での、JRA騎手の処分が相次いでいる。
ルメールがJRA騎手としてのデビュー直後にやらかしたときの世間の反応は、皆で笑ってネタにする程度の扱いだった。
昨年のいわゆる「スマホ6」と呼ばれた若手女性騎手を中心とした6名の際は、処分された騎手たちが猛烈な批判を受けた。
そして今年になってから断続的に処分者が発表されるようになると、騎手達は元より、管理するJRAはどうなっているんだという方向にも批判の矛先は向くようになってきた。
私自身も、色んな意味で「いい加減にしてほしい」と感じている。(後述)
そこで本稿では、いちサラリーマンである私の立場から、
「一般企業における、従業員の不正行為」と比較して本件を考察し、
「なぜ起きたか」「今後どうしたらいいのか」を考えてみたい。
「なぜ騎手はスマホを調整ルームに持ち込んではいけないのか」「そもそも調整ルームとは何か」については、下記参照されたい。
なお本稿では「スマホ禁止なんて時代遅れ」「諸外国の競馬では・・・」という話は取り扱わない。
「日本における競馬の立ち位置」「日本における賭博の立ち位置」「日本における競馬の胴元と、海外におけるそれとの違い」など様々な背景があって現行ルールがあり、私はそこについて一定の納得を感じている。
またそれを遵守することが、私の大好きな「日本の競馬」が末永く存続するために大切だと思っている。
だからそのレベルのそもそも論はしない。
不正のトライアングル
企業内でコンプラ研修を受けたことがある人ならおそらく聞いたことがあるであろう、「不正のトライアングル」。いわゆる「機会、動機、正当化」
この3要素が揃った時に不正は生まれるという話。
詳しくは例えば下記リンクをはじめ「不正のトライアングル」で検索していただくと解説記事が沢山出てくるので参照されたい。
今回の騎手によるスマホ持込は、まさしくこのトライアングルがキッチリ揃ってしまっており、起こるべくして起きている不正行為。という印象だ。
1.機会
持ち込もうと思えば持ち込めてしまう状況があった。機会があった。
本来スマホなど通信機器については、調整ルームへの入室時に職員立ち合いの元でロッカーに預ける決まりになっているらしい。
なのに、
スマホを2機用意して1機を入室時に預け、もう1機は隠し持ったまま入室。
或いはケースだけ預けて中身は隠し持ったまま入室。
こういう手口が横行しているとのこと。
結局、ボディーチェックも手荷物検査もないので職員による監視はまるで機能しておらず、そもそもからして、ナメられているようだ。
不正を行う機会がありまくりなのだ。
2.動機
水沼君はともかくとして、
今年になって処分されているほとんどの若手騎手が「厩舎関係者と(調教や馬の状態について)連絡を取るためだった」と証言しているという。
仕事にまじめな若手騎手が報連相を徹底するために自ら禁を犯してまでスマホを持ち込んだ・・・というよりは、
立場の弱い若手騎手が「調整ルームだから連絡できません」などと言えず、調教助手や調教師からの有形無形の圧力に耐えかねて、連絡を取るために
スマホを持ち込んだ・・・と考えるほうが自然だろう。
(処分されているのが軒並み若手騎手であることから、私はそのような想像に至ったし、多くの人もそのように想像していることと思う)
直接的に「は?調整ルーム?しらんがな。ルームに入る前に報連相できないのはお前が仕事できないからだろうが。何時だろうと何処からだろうと、連絡してこんかい」くらいのことを言われているのか、
或いは、「そう思われてしまったら騎乗機会をもらえなくなる」ということを恐れて忖度の心からやっていることなのか。
そこはわからない。
或いは、
もしかして「厩舎関係者」が連絡を強要したのでなく、騎手自身が単に仕事のできない人で、ちゃんと段取りよく馬の状態や調教についての報連相ができず、調整ルームにいるような時間にそれがずれ込んでしまっているという可能性もある。
いずれにせよ、
「調教助手や調教師に、馬の状態や調教の事で連絡を取らなければ」という「動機」が存在していることが見て取れる。
3.正当化
「動機」としての「だって厩舎関係者との連絡のためだったんだもん」は、
そのまま「正当化」にも該当しそうだ。
つまり、
「スマホ持込や通信が禁止されている理由は八百長防止でしょう?
つまり八百長に使わなければいいんでしょう?
私のスマホ使用は八百長じゃないから問題ないんだ」
という正当化が、本人たちの心の中で行われていたのではないだろうか。
(場合によっては見つかった/見つけた騎手同士の間で、
そういった会話が交わされていた可能性すらあるかもしれない)
また「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ではないが、
「周りの騎手だって持ち込んで会話してるじゃん(それでも処分されずに
普通に競馬に乗ってるじゃん)」を何度も目撃するうちに、
「皆が破っているルールなら自分も破っていいはずだ」になってしまった
ということも考えられる。
以上のように、
今回の問題においては「不正のトライアングル」がばっちり揃ってしまっており、コンプラ研修のケーススタディに出てきそうなくらいの見事な事例になっている。
誰の責任なのか
もちろん、立ち合い職員の目を誤魔化す細工までして持ち込んだ騎手自身が一番悪いし責任がある。
騎手という特殊な立場・仕事に従事するにあたって職業倫理が欠けている。
一般企業においても、不正を働いた従業員は必ず処罰される。
ただ、一般企業において従業員が不正を働いたとき、本人が悪いのは当然として、企業の側の責任も問われる。
少なくとも、企業の経営陣、管理職層、コンプライアンス担当部署は揃って深く内省し、どうしたら機会・動機・正当化を防げるか対策を真剣に講じなければならなくなる。株主をはじめとしたステークホルダーへの説明責任が生じる。
今回で言えばJRAも責任は重大である。
これだけ立て続けに発覚して、「あいつらがしょーもないから、規則やぶりよるんですわ」では済まない。
実際、さすがに監督官庁からの強い指導も入っているとのこと。
ここはひとつ、単に処分を重くするというだけの方向に向かうのではなく、
そもそも起きないようにするための対策をしっかり行っていただきたい、
また、「動機」を作っていたのが「厩舎関係者」であるなら、
その雇用主である調教師やその組合であるところの調教師会だって、
責任がないとは言えないだろう。
そして「動機」が生まれたときに邪心を諫めることができず「正当化」して
不正を実行してしまうような弱き心を鍛錬するためには、騎手一人ひとりの克己心に委ねるだけでは酷な部分もある。騎手会という組織もあるのだから、騎手たち皆の協力・努力によって自浄作用を働かすような取組みもしてもらいたいものだ。
どうすればいいのか
少なくとも「不正のトライアングル」に照らして考えれば、
以下のような取り組みは行うべきではないだろうか。
「機会」をなくす
スマホを持ち込ませないための管理・チェックは今のままでいいのか。
お粗末な小細工が通用しないようなやり方に変えるべきではないのか。
たとえばボディチェックや荷物検査も、行えばいいと思う。
また、監視カメラもあるということだが、
もっと台数を増やすことはできないのだろうか。
或いは通信ができないように開催前日の●時~当日の●時までは携帯の電波やWI-FIを遮断するようにするとか、或いは、予め登録された騎手の個人端末で何らかの通信行為が行われたら検知してすぐ当局へ通報が行くような仕組みを導入するなど、技術的な側面からの対策も考えられるだろう。
こんなことが二度と起こらないようにしてもらうためなら、これらの対策に我々の馬券代が使われていくのだとしても、やむを得ない。納得する。
「動機」をなくす
若手騎手が調整ルームにいるような時間(とわかっているはず)なのに、
連絡を取らせようとしてくる(或いはそういう無言の圧をかける)ような
「厩舎関係者」にも厳重注意や処分を課し、
現場にはびこる間違った「仕事の進め方や習慣、文化」を是正するための 働きかけが必要ではないのか。
連絡を取り合っていた時間が「あいつ本当は調整ルームにいるはずの時間だよな」というのがわからなかったわけではあるまい。本来はそこで「おい、いけないんじゃないのか」「そりゃ勿論、あの馬について今話しておきたいのはヤマヤマだが、ルール違反はダメだ」と騎手に注意してあげる人が居て然りだったはず。それがあるべき姿のはず。
厩舎村での仕事の進め方まではJRAが直接口を出したり手を下すことではないのだとすれば、たとえば調教師会とよくよく話し合ったうえで、
調教師会と従業員組合との間で話し合ってもらうとか。
いくら持込チェックを厳しくしても、
「動機」(もっといえば「圧力」)がなくならない限り、抜け道を探す人が現れるだけでコトの本質的な解決には向かわないと思う。
「正当化」をなくす
たとえば「騎手」とはどういう存在であるのか。
騎手としての誇り高い職業人生とはどのようなものであるのか。
あなたはどういう騎手になりたいのか。
そのようなことをしっかり考えさせるような教育を競馬学校の授業でもっと分厚く行ったり、
或いは騎手になってからも、JRA主催の研修会を定期的に実施するとか、
騎手会のなかで自主的にそのようなワークショップを開催してみるとか。
昨今は一般企業においても、キャリア教育が盛んである。
特に若い世代ほど、お金のために働くというよりは、自分が何者でありたいのかといった「意味」を求めて働く人が増えている。
縛り付ける方向からの不正防止策だけでなく、
彼ら自身の内発的な動機によって「こんな不正を行うようなダサい騎手にはなりたくない」と思わせていく方面の対策もあっていいと思う。
或いは、あらためて、競馬はギャンブルであり、騎手はその駒であるという
逃れられない側面を定期的に思い出させることも必要かもしれない。
我が国においては基本的に賭博は違法行為であるにもかかわらず、公営競技については特殊な法律の下、賭けが許されており、その賭け金が元となって競馬は運営されている。
それ故に「スマホは日常の生活から切っても切り離せない、それを持込不可だなんて時代錯誤」と思っても尚、特別な職業であるあなたたちはこの決まりを遵守しないといけない。そうしないと業界自体が存続できない。
ということを繰り返し教育していくことは、「わかってるつもり」でも尚、しつこくやってもいい。
一般企業においても昨今は、コンプライアンスの教育&テストが盛んであり、しかも一度受けたらもうOKではなく、同じような内容のコンプラテストを毎年のように受けさせられるという企業も珍しくない(私の働いている会社はそうなっている)。
また私自身、人事部で働いていた経験を持つが、
毎年採用シーズンが始まる前には面接官を担う人を集め「我々は人間として立派になったから人を評価するのではない、たまたま人事という役割を与えられ、採用基準のインプットを受けたからその基準に沿って評価を行うだけである。ゆめゆめ勘違いや増長をしないように」という念押しの教育を、
必ず行った。
分かり切っているつもりのことであっても、繰り返し口を酸っぱくして
言い含めていくことにより、規律やルールを逸脱するような動機や正当化を抑止する効果は見込めるものだろう。
また、今回実際に何人かの騎手が処分されているが、
きっちり漏れなくバレて、厳罰を下されるという事例を徹底的に見せていくことで抑止力にするというのも勿論有効だ。
この先、具体的な不正防止対策の中身についてどの程度まで我々一般の競馬ファンに開示されていくのかはわからないが、この手の不正はもう二度と起きないように競馬関係者一同、それぞれが自分たちの責任のもとで対策を実行し、防いでいってほしい。
短期的には、
・こんなことが起きるとムードが暗くなって楽しくない
・好きな騎手・応援してた騎手・買ってた騎手が騎乗停止や引退になる
のはイヤ
なので、ほんとにやめてほしい。
長期的には、
・競馬の騎手ってギャンブルの駒の癖に、公正確保のためのルールも
守れないのね、ということになり、産業の存在自体にケチがつく
・或いはいよいよ本当に八百長に手を染める騎手が現れる
・そして競馬の存在自体が縮小、廃止の方向へ向かわざるを得なくなる
なんていうことを、
何が何でも避けてほしい。
私はまだしばらくは生きる予定なんだから、その間、競馬がちゃんと楽しめるようにしておいてほしい。
切なる願い。
ほんと、たのみます。