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【創作】ぐっぱ!

居室のドアが開く音がして、担当のピーくんが入って来た。
「おはよー」と言いながらカーテンを開ける。
ピーくんは新米介護士だ。

俺は「おはよー」と言う代わりにベッドの中で足の指をぎゅっとした。
ピーくんには届かないけど。
挨拶はしたいからね。

「タクくん、起きてる?よく眠れた?」なんて今日は話しかけてくる。
なんかわざとらしく。

目が覚めるとだんだんと痰が上がってくる。
少しゴロゴロ音がし始めた。
「あ、今引くよ」
ピーくんはささっと痰吸引をする。
どうした?
いつもはだいぶ溜まらないとやらないのに。

「えーっと、僕はツカダヒカルです。
タクくんと同い年です。仲良くしましょうね」

なんだなんだ!?
ピーくん、改まってどうした?

朝ごはんの注入が終わり、胃ろうの後始末をしながらまた恥ずかしそうに
「タクくん、こんど俺、一緒に指コミュに行きますんで、よろしく」

あ、そうなのか。
指コミュの事を知って、それでやたらと話しかけてくれるんだ。

指コミュは、ピーくんが卒業した大学の先生が提唱している、コミュニケーション方法だ。掌に指で文字やサインをなぞって、会話する。

最重度と言われる障害者とも、会話ができるんだって。
なかなか、まともに受け入れられていないけどね。
そりゃそうだよ、掌に指で思いを伝えるなんて。
こっくりさんじゃあるまいし、とか悪口が聞こえてきたこともある。

「タクくん、歯みがきします」
「オムツ替えるね」
だいたい手にしているものでわかるんだけど、声をかけてくれるのは嬉しい。
前は、ピーくんよそ向いて声かけて、歯みがきしながらボンヤリしたり、いきなりオムツ替えが始まったりしたんだ。

指コミュの話を聞いただけで、寝たきりの俺でも何か感じて思っているって想定で動いてくれている。
ピーくん、なんて素直でいいヤツ。


指コミュの練習を始めて10日位になる頃、ピーくんは話しかけてこなくなった。
俺も頑張って伝えようとすればするほど、体にデタラメな力が入ってしまって痰が溜まって苦しくなる。ピーくんはだんだんと練習をしなくなった。


ある夕方、俺のベッドの足元に腰かけて、疲れた様子でいるピーくんに
「ピーくんお疲れさま」と、足の指でぐっぱぐっぱしてみた。
ピーくんは布団の裾をめくり、俺の足が動いているのを見つけ、「?」という感じですぐに元通りに布団をかぶせた。

次の日も、またその次の日も。俺は同じタイミングでぐっぱぐっぱとやった。

「今日もだ。何だろう?」
ついにピーくんは、何かのサインか?と気づいてくれたみたいだった。

「あ、わかった。疲れたね、今日もありがとう、かな?」
わお!ピーくんすごい、合ってる合ってる!
俺は盛大にぐっぱぐっぱとやった。

「なーんてね!俺が言うかね。足、痒いのかなぁ」って…ピーくん、俺の足を調べ出した。
「え、虫でもいる?」と言いながら、今度は布団をゴソゴソしてる。


ふふふふ、ピーくん。

明日もぐっぱするからね!




終わり






(1,188文字)


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