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秋の陽だまり【秋ピリカ応募】

秋の陽が障子戸に濾されて、座敷の奥まで届いている。
障子戸から遠く、床の間とかぎの手に座って、良介は刀を眺めていた。

彼の周りには、透明な丁子ちょうじ油が入った小瓶、打粉うちこ、奉書紙、小槌などが置かれている。
良介は季節ごとにこの部屋で、刀を眺め、手入れする時間を過ごす。
水が滴るような刀剣のきっさき、刀身に白く波打つ模様などを見ていると、良介は時間を忘れてしまう。

彼の家はけっして裕福ではなく、むしろ倹約に厳しい家だった。
戦後、復員した父は役所に勤めながら田畑を耕作した。
ある日、床の間の掛け軸を見た時、父の愛する書に刀剣に通じる美を感じ、この切迫した刹那的な美しさと遊ぶ時間を父は許してくれていると思った。


刀身を奉書紙で軽く撫で上げ、表面の古い油を拭き取る。
砥石の粉が入っている打粉で、万遍なくポンポンと叩く。
再び奉書紙で打粉を拭き、仄かな秋の陽を受け止めるように眺める。
障子戸越しの光は、ぎらりとしながらも、その奥の世界に良介を誘う。

刃の白波に千鳥が飛び、
打ち寄せては返す波が聞こえる。
混じって、千鳥の声も聞こえている。
それ達は、きっさきへと昇って行き、きらめいて消える。


部屋を出ると、障子戸の外には、晩秋の匂いが立ち込めていた。
半透明に熟した柿が、まばらに枝に残っている。
しばらく佇み、良介は作業着に着替えて土間へ向かった。

「良介さん、華子がちょっと熱っぽいの。
お医者さんに見せてくるから、信介お願いします」
2才になる華子をおんぶした妻の芙美ふみが、出かける支度をしながら、良介を捉えて言った。

「華子はすぐ熱を出すのね。芙美さんに似たかしら」
姑の咲が、煮物の味見をしながら言う。
「もうすぐお父さんが、小豆を取り込んでくるのに」
良介はだまって信介に残りの牛乳を飲ませると、
「腹ごなしだ」と、散歩に連れ出した。

お寺の坂の途中に、刀剣専門の道具屋がある。
いつもは硝子戸の向こうに主人の姿があるのだが、今日は雨戸が閉じている。怪訝に思いながら通り過ぎようとすると、坂の上から当人がおりてきた。
「戸締めですね。どうしました?」
「いやあ、もういけませんわ」


散歩から帰り、父が取り込んできた小豆のさやから豆を外す作業をしていると、信介がやってきて「お父さん、紙で海ができた」と袖を引っ張る。
良介は嫌な予感がして、座敷を開けた。
すると、そこには奉書紙が波打つように、部屋いっぱいに広がっていた。
「信介、ここに入っちゃだめじゃないか!」つい大きな声が出てしまった。

店を閉じる道具屋から譲り受けた奉書紙が、青い畳を覆い、夕日を受けて陽だまりのようだ。
良介は紙を一枚一枚と拾い集めながら、ぎらりと光る刀身を思う。
「あの閃きに代えても、守らねばならないものなのだろう」

奉書紙の海は、暖かい夕日の色に染まっている。
そこからも、波音と千鳥の声は聞こえるのだった。



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