まーこの気もち(創作)
雨が降ると、水はけが悪い園庭はどろどろになった。
教室から雨足を眺めながら、まーこはミルクをすする。アルミのボウルになみなみと注がれたぬるい脱脂粉乳だ。
それと乾いて軽いコッペパン。粒々のピーナツバターが挟まっている。
給食は他に和え物や揚げたものなどがあったが、偏食のまーこの目には映らない。
誘われるように園庭に目をやると、そこには泥の色をした大きなひきがえるがいた。
見つけた何人かが席を離れて窓際で騒いでいたのだ。ひきがえるは雨の中でこちらを向いてじっとしていた。
給食の後は、講堂に一面に敷かれた布団で昼寝だ。まーこは昼寝の時間が嫌いだった。雨の音に包まれながらじっと高い天井を眺めて、時間が過ぎるのを待った。
講堂の大きなガラス戸の向こうには玄関があり、たまに誰かの家族が迎えに来る。早退する子は、早めに起こされて帰り支度をして、教室へ行って待っている。
まーこは、母や祖母がそうして迎えに来ないものかと玄関から差してくる明かりをチラチラ見るが、叶えられることなく昼寝の時間は終わっていく。
まーこは毎朝祖母と、時々は母と、登園した。玄関では毎朝泣いた。
祖母は先生に預けてさっさと行ってしまうが、母はなかなか帰れないでいる。
「まーこ!こっちおいで、早く遊ぼうよ!」
教室のほうから、しょうこが走ってくる。
しょうこは毎朝のように、まーこをこうして迎えに来る。
「ほら、しょうこちゃんだ。一緒に行きなさい」
母が背中を軽く押して、まーこは諦めたように母を離れる。
とたんにしょうこがパッと腕を組んで賑やかに話しかけ、二人は教室へと向かうのだった。
まーこは大概、しょうこに促されるようにして遊ぶか、一人で落書きをするか、あとはぼんやりしていた。
クラスメイトが何か言って来るが、あまり飲み込めない。それでまごまごしているうちに一人になっているのだった。
まーこは講堂の窓側にある大きな階段を昇っては、そのすぐ脇についている滑り台で降りることが好きだ。滑り台付きの階段は、家具というよりは建具のような頼り甲斐があり、明るい飴色でつやつやしていた。
まーこはその階段が好きで、いつまでも昇ったり降りたりして過ごした。
帰り道は時々りっちゃんが寄ってきた。
りっちゃんはくるくると活発な、髪の長い可愛らしい子だ。
まーこは、いろんな話をしてくる賢そうなりっちゃんに、うんとかすんとか言いながら何もわかってはいなかった。
りっちゃんは、帰り道立ち止まっては、まーこのスカートに着いている小さな花のアップリケをせがむようになった。やがてむしり取られても、まーこは何も抗議しなかった。ただちょっと胸がきゅーんとした。
「しょうこちゃんと一緒がいいな」と思った。
しょうこはバス通園で、帰りは一緒になれないのだった。
園庭の奥まった所にほら穴があった。
明るい黄土色にぽっかりと開いていて、奥の方は暗闇だった。
上からたくさんの根っこがぶら下がっていて、子ども達は入りたくもあり、怖くもありで、大概は入り口付近に寄ったかって遊んでいた。
まーこはこんな気味の悪そうなところには何の興味もなかったが、雨になると出てくるあのひきがえるは、きっとここに棲んでいるんだと思った。
裏山からは細い沢が園庭の一方に沿って流れていた。
沢には細くて丈の高い樹木があちらこちらと伸びており、浅瀬は恰好の遊び場だった。沢蟹を見つけたり、セミの抜け殻が樹に残っていたり、子どもたちは木漏れ日の下で暑い時期を過ごす。
まーこは足が濡れるのがいやなので、沢へは入らない。
沢から上がってすぐにある砂場で、大きな空き缶や小さな空き缶に砂を詰めてはパカッとあけて、プリンやケーキを作って遊んだ。
ある時、まーこのスカートのアップリケがないことに気づいた母は、そのわけを聞いて、あとの残りはあげたらいけないよ、と言った。母が縫ってくれたスカートだった。
その後りっちゃんがまた言ってきたので、断ると、りっちゃんは「じゃあその代わりにここを歩いて帰って」と指示してきた。そこはひざ丈ほどの雑草が続く草むらだった。
りっちゃんは草むらを歩くまーこを見張るようにして歩道を歩く。言われたままにそこを歩きやがて歩道に抜けた。
りっちゃんはそのままスタスタ行ってしまった。
家に帰って見ると、まーこの脛や膝には、切り傷がたくさんついていた。
どれも小さなかすり傷だったが、ああ、そういうことか、りっちゃんは怒っていたのか、この傷はアップリケの代わりだったのか、とようやくわかったのだった。
保育園は神社の鳥居を見て左に曲がり、沢にかかる小さな橋を渡って行く。
雨が降ると、沢は増水するし、園庭には水溜まりがたくさんできた。
その日の雨上がり、給食の時間にまたひきがえるがこっちを見ていた。
昼寝までの短い休憩時間、幾人かがひきがえるを見に出て行くのを眺めていると、りっちゃんがやってきて「かえる見に行こう」と誘った。
まーこは外が嫌いだったが、りっちゃんにはなぜか逆らえず、ついて行った。
最初のうちりっちゃんは、ひきがえるに近寄ったり離れたりして騒いでいたが、隅っこでしゃがんで泥をいじっているまーこに「ねえ、それ食べてよ」と言った。
「それ」とは?この泥の事か?
まーこはかぶりを振って断った。ひきがえるが座っていたんだよ。
りっちゃんはまーこが拒否したのをみて黙って走って行った。
一人残ったまーこは昼寝の時間が迫るのを嫌だなぁと思いながら、ふと、泥ってどんな味がするのだろうと思った。茶色いけど、とろとろとしていてザラザラとしている。
人差し指の先につけて、ペロッと舐めた。
味はしない。ザラつきだけが、口の中にいつまでも残った。
今日こそおばあちゃんかお母さんが、早く迎えに来てくれないだろうか。
でもいいんだ、昼寝が終わったらしょうこちゃんを誘って、階段で遊ぶから。
そしてりっちゃんには見つからないように帰ろう。
まーこはみんなが走っていく後ろから、講堂に向かってゆっくりと歩いて行った。
おしまい
姉妹編あります。
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淡〜い記憶を混ぜてこねて、お話を作りました。
年末の忙しさに隠れて。
今年もnoteを楽しませていただきました。
読んでくださり、スキやコメントまでいただけて、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。
また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
今日は長男の衣類にまた名札をつけています。
ジャージのゴムも入れ直し💦
う゛ーーーっ😵💫となってきたので気分転換です。