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『とぐろを巻いて』 第Ⅱ部

第Ⅱ部「不可避」



登場人物(第Ⅱ部)

     男A(中国人留学生)           女①(キャリアウーマン)
     男B(中年サラリーマン風)        女②(三十路の愛人)
     男C(引きこもり少年)          女③(エクササイズ狂)
     男D(三流大学生)            女④(不良女子大生)
     男E(若手救急隊員)           女⑤(Cの母親)
     男F(先輩救急隊員)           女⑥(Gの妻)
     男G(初老の失業者)           女⑦(キャバスケ)
     男H(老警備員)             女⑧(主婦)
     男I(ゴルフ練習場係員)         女⑨(ヤンキー娘)
     男J(チンピラ)             女⑩(トルコ人女性)
     男K(バス運転手)            男L(オカマ浮浪者)
     男M(タクシードライバー)        男N(酔っ払いのオヤジ)
     男O(小太りのフリーター)        男P(のっぽのフリーター)
     男Q(謎の中国人)            男R(トルコ人男性)



○  道路(夜)

    走り行くワゴン車。

○  同・ワゴン車内(夜)

 女①   「(寝ぼけ眼で顔を上げ)いまの、何?」
    と、助手席で首をまわすインテリ風の女①。

    ハンドルを握ったまま、ちらっと彼女を見る中国系の男A。

 女①   「人を轢いたんじゃないの?」

 男A   「………ごみ袋に当たっただけです。(片手を彼女の肩にやり)
       神経過敏になってるんじゃありませんか。きっと疲れている
       んでしょう」

 女①   「(しばらく間をおき)車を停めて」

 男A   「えッ」

 女①   「いいから」

 男A   「し、しかし」

 女①   「お願い」

○  道路脇(夜)

    停車するワゴン車。

    すぐ横には大きな公園。

    車を降り、大きく息をつく女①。

    周囲からふと視線を感じ、あたりを見まわす。

    そこへ、バンパーを強く叩く音。

 男A   「ほら、何もついてません。少しへこんでますが、これは前か
       らあった傷です」

 女①   「そ、そう」
    と、怯えたように公園の奥へ目をやる。

    広場の中央に立つ男の影。

 女①   「(さらに怯え)わかったわ。さあ、早く行きましょう」

 男A   「(ポケットにハンカチを押し込みながら)見なくてもいいん
       ですか」

 女①   「ごめんなさい」
    と、あたふたと車に乗り込む。

    肩をすくめ、運転席へ戻る男A。

○  公園(夜)

    走り去るワゴン車。

    それをじっと眺める男B。

 男B   「いつまで、泣いてるつもりなんだ」
    と、おもむろに振り向く。

 男B   「そんなとこに倒れたままだと誤解されるだろ」
    と、女②に歩み寄って抱き起こそうとする。

 女②   「いや、触らないで」
    と、腕を振り払って再び地面に突っ伏す。

 男B   「(尻餅をつき)いい加減にしろ、って怒鳴ってやりたいとこ
       ろだが、やめた。とことんそうしてるがいいさ。俺は俺でし
       かないんだ」

    しくしく泣き続ける女②。

    天を仰ぐ男B。

 男B   「………がまん比べだな」
    と、仰向けに寝転がる。

    その視界に広がる夜空。

    小さな流れ星がひとつ?

○  パソコンモニター

    夜空に飛んでいく季節はずれの花火。

    その軌跡を戻り、向かいのマンションの一室へ。

    乱痴気パーティの模様。

    ベランダで男女(D、④)が戯れ、もう一発打ち上げようとする。

    が、手元で破裂して大騒ぎ。

 少年の声 「あいかわらずバカやってる」

○  マンション・子供部屋(深夜)

    マウスを操作し、アングルの方向を変える少年C。

    ベランダに置かれた望遠鏡がリモコンで動く。

    モニターに映し出される若い女性③の部屋。

    セクシーな姿で黙々とエクササイズ。

 少年C  「今夜も彼氏なしか」
    とマウスをいじろうとして、メール到着の表示。

    クリックすると、母親からの動画メール。

○  パソコンモニター

    ぎこちない動きの中年女性⑤が正面を向く。

 母親⑤  「ママは明日早いからもう寝ます。冷蔵庫にグラタンがあるか
       ら夜食のときはチンしてね。今日、高校の先生から手紙がき
       てて、退学しても何かあればいつでも相談に乗るって書いて
       あったわ。ドアの下に入れておきました。しばらく動画メー
       ルがないけど、写真だけでもいいからたまには顔を見せてち
       ょうだい。じゃあ、おやすみ」

○  子供部屋(深夜)

    メールを消去する少年C。

 少年C  「ノックすればいいじゃん。………どうなっちゃうかわかんない
       けど」

    マウスを動かすと、画面に瞬く赤色灯の帯。

    驚いてベランダに駆け寄る。

○  向かいのマンション・表(深夜)

    玄関ホールに横付けされた救急車。

    手や顔に包帯を巻いた男女がそれに乗り込む。

○  子供部屋・ベランダ(深夜)

    救急車が走り去る姿と彼らのいた一室を眺めやる少年C。

    望遠鏡の隣でいくつかの部屋をその目で覗きみる。

    ため息をつき、自分の部屋を振り返る。

    モニターに映るピンぼけの画。

 少年C  「………」

○  救急車・車内(深夜)

    包帯をした男Dと女④が向かい合って座る。

 男D   「よく言うぜ。おまえがけしかけたからこうなっちまったん
       だ」

 女④   「あんたがラリッて火をつけたからでしょ。気をつけなって、
       あたしは注意したじゃない」

 男D   「被害者面するのはよせ!」

 女④   「この責任逃れヤロー!」

 隊員E  「まあまあ。そういう言い合いは警察でしてください」

 男D   「………気持ちが昂ぶると痛みを忘れるんだ」

 女④   「………快感にだってなる」

 男D   「持ってるのか?」

 女④   「欲しい?」

 男D   「なんだ、早くいえよ」

 女④   「じゃあ、一錠だけ」

 隊員F  「おいおい」

    そのとき急ブレーキがかかり、強い衝撃。

    タンカの上に男Dと女④が飛ばされ、抱き合う形に。

○  交差点(深夜)

    救急車の前に倒れた初老の男G。

    びっこを引いて立ち上がる。

○  救急車・車内(深夜)

    オーバーを羽織ったまま初老の男Gが居座る。

    男Dと女④はタンカの上で抱き合ったまま。

 男D   「救急車ってさ、乗り合いのタクシーじゃなかったよな」

 女④   「速いし、タダだけどね」

 男G   「おい、わしのこと言っとるのか」

 隊員E  「まあまあ」

 男G   「おまえらこそ、こんなとこで乳繰りやがって。そのベッドは
       よがるためにあるんじゃないんだぞ」

 女④   「言ってくれるじゃん、おっさん」

 男G   「目を見りゃ、わかるわい」

 男D   「ひょっとして医者?」
    と、充血した目で返す。

 男G   「アホか、おまえは」

    全員の視線に二の句が継げない男D。

○  病院・救急口(深夜)

    搬入のどさくさに紛れ、通路を折れる男G。

○  同・階段(深夜)

    息をつきつつ昇る男G。

○  同・病室(深夜)

    暗い部屋。ベッドにそっと近づく男G。

    安らかに眠る妻⑥。

    その手を握りしめ、じっと見つめる男G。

 妻⑥   「(目をかすかに開け)来てくれたのね」

 男G   「当然だ」

 妻⑥   「聞こえたの?」

 男G   「言ったろ。強い絆で結ばれてるって」

 妻⑥   「ごめんなさい」

 男G   「なに言ってるんだ。話してあげたいことがいっぱいあるん
       だ」

 妻⑥   「ありがとう」
    と、微笑むように目を閉じる。

    頭を垂れ、その手を握りつづける男G。

○  救急車・車内(深夜)

    署に帰る途中、助手席に座る救急隊員E、F。

    ある一角で信号待ち。

 隊員F  「おい、あれ」
    と、並木が続く舗道を指さす。

 隊員E  「なんでしょうか」

 隊員F  「ほら、並木の向こう。男が歩いてるだろ」

 隊員E  「あっ」
    と、腰を浮かして目をしばたく。

 隊員E  「さっきの、あのおじさんじゃないですか」

    舗道を歩くオーバー姿の男は、やがて小道へ折れて消える。

 隊員F  「やっぱりそう思う。そっくりだよね」

 隊員E  「そ、そっくりって、間違いありませんよ」

 隊員F  「まさか」

 隊員E  「車を寄せてください。確かめてきます」

 隊員F  「えっ、本気なの」

 隊員E  「もちろんです。我々の責任と義務です」

○  小道(深夜)

    懐中電灯を手に周囲を確かめながら歩く隊員E。

    その後ろに続く隊員F。

 隊員F  「(少し怯えながら)俺たち、なにやってんだろうね」

 隊員E  「(暗がりを確認しつつ)これも、救急活動です」

    そのとき、木立ちの奥の敷地でオーバーを翻す男の影。

 隊員E  「(小声で)あっちにいました」
    と、道をはずれてよその敷地へ入っていこうとする。

 隊員F  「おい、もし本当に彼だったらどうする?」

 隊員E  「えっ(と、立ち止まって振り返り)、当然、確保すべきじゃ
       ないでしょうか」

 隊員F  「本当に?」

○  霊園(深夜)

    月明かりに広がる幾重もの墓地。

    その一隅に立ち尽くす隊員E、F。

 隊員E  「………ど、どういうわけ」

 隊員F  「………もうあきらめようや」

    突然、二人に照らされる懐中電灯の光。

 警備員H 「こら、何をしておる!」
    と、制服姿の初老の男が近づいてくる。

 隊員F  「(光を手でかざし)あ、怪しいものじゃありません。人を捜
       してまして………」

 隊員E  「(Fの耳元へ囁くように)あの人、オーバーを羽織ってます
       よ」

 隊員F  「えっ」

 警備員H 「あなたがたが? ………ここには最も不似合いな格好に見える
       が」

    あらためて自分たちの姿に目をやる救急隊員たち。

 隊員F  「申し訳ありません。人違いをしたうえ、道を誤ってしまった
       ようです」

 警備員H 「ここは死者の集まる場所。さあ、早く戻りなさい」
    と、二人の背後にある藪を照らす。

 隊員F  「おっしゃるとおりです」
    とEの腕を引き、きびすを返す。

 隊員E  「(小声で)いいんですか」

 隊員F  「(小声で)当たり前だ」

 隊員E  「おかしいなあ」

○  同・詰め所の前(深夜)

    猫背ぎみに歩いてくる警備員H。

    奇妙な音がし、空を見上げると白い人魂?

    やがて詰め所の窓ガラスにぶつかり、ヒビが入る。

    目を落とすと、地面に転がるゴルフボール。

 警備員H 「ほほう」

○  ゴルフボール

    老人の掌に転がる球。

    若者の掌に転がる球。

○  ゴルフ練習場・入口((深夜)

    掌のゴルフボールを見つめる係員の男I。

    その男を見つめる老警備員H。

    煌々と明かりがともるオールナイトの打ちっ放し。

 係員I  「そうは言われても、本当にあんなとこまで飛んでいきますか
       ねえ」

    じっと見つめ返す警備員H。

 係員I  「確かにうちのボールだし、可能性がないとはいえないけど、
       もしそうだとしたら超人的なパワーの持ち主だ。でなけれ
       ば、だれかのいたずらに違いない」

    じっと見つめ返す警備員H。

    そこへゴルフバッグを抱えて出てくる大柄な男J。

    水商売風の女⑦を従え、不気味な薄笑い。

 男J   「(女に向かって)今夜は、あの世の果てまでぶっ飛ばすぞ」
    と、駐車場のムスタングに乗り込む。

    そして爆音とともに飛び出していく。

 女⑦   「(風に乗って)イエ~」

    ぽかんと見つめるIとH。

    なぜか地面でゴルフボールが跳ねている。

 係員I  「あ、そういえば彼女に電話しなきゃ」
    と、事務所へそそくさと駆け戻る。

    転がるゴルフボールを手にとる警備員H。

    オーバーのポケットに入れ、背後を見る。

○  消防署の前(深夜)

    救急車の前方あたりを点検中のE、F。

    バンパーの下を覗いたり、塗装をチェックしたり。

    爆音を上げ、前の道を突っ走していくムスタング。

○  駅前のバス停(深夜)

    携帯を耳にしながら、終着の深夜バスを降りてくる女⑧。

    後ろの人に頭を下げ、ひと気のない道ばたへ出る。

 女⑧   「………まだ駅前なの。………ちょうど今、深夜バスを降りたとこ
       ろ。………そう。………だって列車がトラブったらしく。………
       仕方ないじゃない。………私だっておじいちゃんのこと、心配
       してたわよ。………大丈夫、ちゃんと隣のおばさんに連絡して
       おいたから。………いくら呆けてても、こんな時間まで歩きま
       わらないわ。………あなたの父親でしょ。もっと信頼してあげ
       たら」

    そこへ爆音を上げ、ロータリーを周回するムスタング。

○  ゴルフ練習場・事務所(深夜)

    受話器を耳から離し、その爆音を聞き入る係員I。

○  霊園へ至る道(深夜)

    砂利の上を、ゴルフボールを蹴りながら歩く警備員H。

○  県道(深夜)

    空っぽの深夜バスが徐々にスピードを上げる。

    爆音を上げ、それを追い抜いていくムスタング。

○  同・バス車内(深夜)

    ハンドルを握る運転手K。

    前方のテールランプがどんどん遠ざかっていく。

 運転手K 「けっ、排気量ならこっちのほうがでかいんだ」
    と、慣れた手つきでシフトをチェンジ。

    速度を落としつつ、車庫の進入口へと曲がる。

○  同・ムスタング車内(深夜)

    運転する男Jの体に、しきりに手を触れる女⑦。

    そのあごに片手をやる男J。

 男J   「昔、オジキからこんな話を聞いた。仲間から疎んじられてた
       ある野郎が、自分が中心になってでかい仕事を成し遂げたん
       だが、案の定、周囲の裏切りやら警察の追求によって組織を
       追われ、全国を逃げまわっていた。だがいつも、あと一歩と
       いうところで相手を出し抜き、やりたい放題の狼藉を繰り返
       したそうだ。いつしか称賛と憧憬の念をもって見られるよう
       になり、映画の登場人物にもなったらしい。なぜそんなこと
       ができたのか。多くの証拠、そして一緒に連れ添った女の証
       言によって、驚くべき秘密が明かされたんだ。………なんだと
       思う?」

 女⑦   「え~、わかんない」

 男J   「ちぇっ、考えてんのか。………そいつは、日本からアメリカま
       で、車を走らせることができたんだ」

 女⑦   「どういうこと?」

 男J   「だから、海で隔てられた土地を車で行き来してたんだ」

 女⑦   「へえ~」
    と、無表情のまま。

 男J   「おい、ほんとにわかってんのか」
    と、女の頬にびんたを食らわす。

○  車庫・自動販売機の前(深夜)

    仕事を終え、ブラックコーヒーで一服中の運転手K。

    数多くの大型バスが背後に並ぶ。

    と、横の段ボールの山がもぞもぞ動く。

    中から顔を出す、女装したホームレスL。

 オカマL 「今夜は冷えるわ」
    と自販機を数度叩き、タダで温かい飲み物をゲット。

 運転手K 「(その姿と動作に)ワオッ」

 オカマL 「眠れないの」

 運転手K 「(その流し目に)うわっ」

○  県道・タクシー車内(深夜)

    郊外の道をやけにゆっくり進むタクシー。

    後部席で頬をかく女⑧。

 女⑧   「こんな時間に渋滞?」

 運転手M 「工事か、それとも事故でもあったんですかね」

 女⑧   「(つぶやくように)重なるときは重なるんだ………」
    と、窓の外を眺める。

    ついに車が停まりかけたとき、夜目に移ろう男の影。

 女⑧   「ん?」

    よく見ると、酔っ払いのオヤジNが空き地で立ち小便。

    体を震わし、ふらふらと立ち去る。

○  車庫・自動販売機の前(深夜)

    ベンチに座り、親しそうに話し込んでいるKとL。

 オカマL 「あなたはわたしを汚らわしい浮浪者と思い込んでいるはず。
       状況からすると止むをえないでしょうが、そこが大きな間違
       い。人は見かけによらず、っていうでしょ。人間の進化って
       いうのはつねに少数の例外から始まっております。ありえん
       とか、取るに足らんと思われても、歴史の膨大な積み重ねの
       なかでそんなことはいっぱい繰り返されておるのです。そこ
       を見ずして、なにが正しいことと言えましょう。わたしは
       今、世界旅行の最中であり、マリア様の教えを伝えるれっき
       としたメッセンジャーなのです」

 運転手K 「マリア様? イエス・キリストだろ」

 オカマL 「その発想自体が浅はかだと、さんざん話してきてやったの
       に………。あのお方の、高貴な、交わりのない懐胎こそすべて
       の信仰の源。神の子たるイエス・キリストとは、あなたであ
       り、このわたしにほかなりません」

 運転手K 「(ぼそりと)単なるキ印だな」

 オカマL 「イエス、イト・イズ。なんちゃって」
    と、煙草をふかす。

 運転手K 「俺は帰る」

 オカマL 「途中まで連れてって」
    と、ヒッチハイクの身ぶり。

○  ドライブインの駐車場(深夜)

    酔っ払いのオヤジNが県道からよたよたとやってくる。

    看板に絡んだあと、片隅の蛇口から水を飲む。

    それを見つめる、ミニバン近くにたむろする若者O、P、⑨。

 男O   「マジで?」

 男P   「クワッ、クワッ」

 女⑨   「介抱されたがってるもん」

○  同・片隅(深夜)

    オヤジNの肩を揉み、背広を整えているOとP。

    気持ちよさそうに、なされるがままのN。

 オヤジN 「………遅いんだよ」

 男O   「なんだって?」

 男P   「夢でも見てんじゃないのか」

 オヤジN 「………もっと信用しろ」

 女⑨   「笑ってるみたい」

 オヤジN 「とっくにスられてる。探してもム、ダ! オエッ」
    と、思わず吐きそうになる。

    慌てて飛びのく若者たち。

○  住宅街(深夜)

    造成地沿いの道をやってくる空車のタクシー。

○  同・タクシー車内(深夜)

    しばらく進むが行き止まりの表示。

 運転手M 「(ぶつくさと)あの客め、どこが抜け道だって」

    何度曲がっても同じ。

 運転手M 「(いらいらと)忌々しい町だ」

    まるで迷路。

 運転手M 「(切れそうに)ぶち抜いたろか!」
    と、トルクを全開。

○  住宅街(深夜)

    タイヤを軋ませ、猛発進する空車のタクシー。

○  バイパス(深夜)

    猛スピードでぶっ飛ばすムスタング。

○  同・ムスタング車内(深夜)

 男J   「ヤッホー」

 女⑦   「イエ~」

○  県道(深夜)

    唸りを上げ、路地から出てくる空車のタクシー。

○  同・タクシー車内(深夜)

 運転手M 「抜け出たぞ」
    と体勢をなおし、通常運転。

○  県道(深夜)

    疾走する大型スクーター。

    シートには運転手KとオカマのL。

○  リカーショップの脇(深夜)

    県道沿いに立つ、明かりの消えた店。

    積み上げられたケースを漁っているオヤジN。

    半分ほど残ったウイスキーボトルを発見。

    匂いをかぎ、ぐいっと飲み込む。

○  高台の駐車スペース(深夜)

    遠くに見える町の夜景。

    ミニバンが蛇行ぎみにやってくる。

    片隅に停まっているシャコタンのベンツ。

○  同・ミニバン車内(深夜)

    男Oがルームミラーにちらちら目をやる。

    後部シートを倒し、体を絡ませる男Pと女⑨。

 男P   「(耳元で)見てるぜ」

 女⑨   「(瞳を動かし)ふふふ」

 男P   「………優しいこった」
    と、女の下半身に手をやる。

 男O   「(ハンドブレーキを引き)ち、ちょっと、一服してくる」
    と、煙草を手に外へ出る。

○  同・柵の前(深夜)

    とことこと歩いてくる男O。

    夜景を望み、大きく深呼吸。

    煙草に火をつけ、ベンツのほうを見やる。

○  同・ミニバン車内(深夜)

    力果てたPを突き放し、体を起こす⑨。

 女⑨   「(窓の外へ目を向け)戻ってこないじゃん」

 男P   「………好きにさせてやれよ」

○  同・柵の前(深夜)

    物静かな夜の風景。

    あたりを見まわし、立ち尽くす男Pと⑨。

    すでにベンツはなく、はるか夜空をジェット機が飛んでいくのみ。

○  県道(深夜)

    疾走する大型スクーター。

    掲げた両手でストールをなびかせるオカマのL。

    空には薄い月影と星々。

○  松林の中(深夜)

    窪地の手前に立ち、上空を飛ぶジェット機を見つめる女①。

    目の前で男Aが穴を掘り、トランクを埋めようとしている。

 男A   「一つ、肝心なことを聞き忘れていました」

 女①   「なに?」

 男A   「この中の男って、本当に日本人なんでしょうか」

 女①   「関係ないんじゃない。日本人じゃなかったらどうなの?」

 男A   「いえ、その………」

 女①   「中国人としての気持ちの問題?」

 男A   「………」

 女①   「大丈夫。日本の男に決まってるわ」

    林の向こうに小さく明滅する光の列。

    幹線道路をパトカーが疾駆しているようだ。

 女①   「早くかたづけちゃいましょ」

○  交差点・タクシー車内(深夜)

    信号待ち中の運転手M。

    目の前を大型スクーターが横切っていく。

    発進しようとしたとき、聞こえてくるサイレン。

    首を振る運転手M。

    背後から救急車が追い越していく。

○  間道(深夜)

    田畑に囲まれた抜け道。

    街灯の下でゲロっているオヤジN。

    ずっと後方を貨物列車が通り過ぎていく。

○  夜行列車(深夜)

    コンパートメントに座る乗客Q。

    ふと、手にした中国語の書類から目を離す。

    窓の外をすれ違う貨物列車。

○  間道(深夜)

    頬を街灯につけ、虚ろに遠くを見やるオヤジN。

    その視線の先から夜行列車がやってくる。

○  夜行列車(深夜)

    窓を見つめる乗客Q。

    遠く街灯の下で、こちらを凝視するような怪しげな視線。

 乗客Q  「………こんなところにもいる(中国語)」

    対峙するようにじっと見つめ返す。

○  間道(深夜)

    列車が過ぎ去るのをにらむオヤジN。

 オヤジN 「………バカめ」

    口をぬぐって大きく息をつく。

○  寺の前(深夜)

    山門を過ぎたところで停まる大型スクーター。

 運転手K 「(振り返り)ほんとにここでいいのか?」

 オカマL 「イエス・アイ・ブッダ」
    と、後部シートを降りる。

 オカマL 「(小さく手を振り)じゃ、お釈迦サマ」

    その顔をまじまじと見やる運転手K。

 運転手K 「けっ…」

    スロットルをふかし、勢いよく発進していく。

○  海岸道路(夜明け)

    しらじらと明るみはじめる夜空。

    東空に向かって走り続けるムスタング。

○  公園(夜明け)

    広場の真ん中で横になっている男女、Bと②。

    体を寄せ合い、寝息を立てる。

○  マンション・子供部屋(夜明け)

    電源の落ちたパソコン。

    明るんでいく窓の外。

○  同・ベランダ(夜明け)

    置かれたままの望遠鏡。

○  病院・表(夜明け)

    静かな佇まいの外観。

○  同・病室(夜明け)

    そこかしこに漂う明け方の気配。

    安らかに眠る病人たち。

○  県道(夜明け)

    走る救急車。

    サイレンはなく。

○  霊園(夜明け)

    濃密な墓石の影。

    ひっそりとした墓地に明るみが増していく。

○  ゴルフ練習場(夜明け)

    照明だけが煌々とともる。

    客はだれもいない。

○  バイパス・道路脇(夜明け)

    側溝に隠された、あるいは跳ね飛ばされた男の死体?

    奇妙に折れ曲がったその背が見える。

○  県道・踏切(夜明け)

    遮断機の前に列を作るミニバン、タクシー、ワゴン車。

    点滅する警報機。

    いつまでも続く貨物列車の通過。

○  夜行列車(早朝)

    寝台で目を覚ます男Q。

    窓から射し入る早朝の光。

    なぜか、そこに映るイスタンブールの街並み。

○  終着駅(早朝)

    構内へと入ってくる列車。

○  同・列車内(早朝)

    ゆっくりと動く車窓。

    と、向かいのホームを走ってくる若い女性(⑩)が見える。

    その先でベンチに腰掛ける、風采の上がらない男(R)。

    険しい顔つきのQ。

○  同・構内(早朝)

    ホームの片隅でいつまでも抱き合う二人。

    足元に置かれた影絵芝居の道具。

 男R   「(トルコ語)ああ、愛してる………」

 女⑩   「( 同 )………次に会えるのはいつ?」 

            <FO>

○  エンドクレジット

    (楽曲)そっと流れてくる〇〇〇〇の「△△△」。

    (映像)踏み切りの警報機が延々と点滅している。

○  郊外の国道

    長いあいだ、道の真ん中で見つめあう百郎と真紀。 

         <終>



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