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『学校で起こった奇妙な出来事』 ⑨

⑨ 「ひりひり、からから」


○  真昼の太陽

    初夏。

    晴天である。

    太陽がめらめらと燃えている。

○  グラウンド

    じりじりと照りつける太陽。

    雲ひとつない青空。

    暑い。

○  プール

    ラジカセから聞こえる大音量の音楽。
    (うってつけの楽曲「子供だまし」が流れる)

    水着姿の男子生徒。が、プールに水はない。

    ブラシとバケツを持ってプール掃除。

    遠くからバレーボールをやる女子生徒の黄色い声。

    疲れて汗だくとなり、悶々と時をつぶす男子生徒の面々。

    ラジカセから流れつづける「子供だまし」。

       初夏
       どピーカン
       真昼になったころ
       太陽がめらめらと燃えている
       ヘッドホンからの音楽が歪んで聞こえてきた
       太陽はじりじりと照りつける
       雲ひとつない青空
       グラウンド
       暑い
       あんなに鳥はいるのに死骸を見たことがない
       どこへ隠れているんだ
       永遠に生きているのか
       食われてしまったのか
       ヘッドホンからの音楽が歪んで聞こえてきた
       見渡すかぎりの青
       ずきずきと目に、ぎらぎらと目に
        脈打つばかりの光
       地上がすべて熱となる
       ヘッドホンからの音楽が歪んで聞こえてきた
       しょせん子供だまし、やっぱり子供だまし
       そしてそう言うのさ。みんなそう言うのさ
       ハイ、ハイ、ハイ! バイ、バイ、バイ!

○  バレーコート

    楽しそうにバレーボールをする女子生徒。

    空高く上がったサーブをコートぎりぎりでレシーブ。

    篠川がトスをし、叡子がスパイクを決める。

    白い歯がこぼれ、両手でハイタッチ。

    健康的で瑞々しい姿。

○  プールサイド・金網越し

    バレーコートを眺め、ため息をつく金森と佐伯。

    と、その背後から奇妙な叫び声。

○  プールサイド・樹木の下

    木にロープで縛られて座り込むハカイシ。

    ぐったりし、ときおり狂ったように吠える。

    幹に❝危険物あり、近寄るべからず!❞との札。

    水着の股間に❝インキン注意❞とマジックで印される。

    金森と佐伯の影に気づき、むくっと顔を上げるハカイシ。

 ハカイシ 「おい、この仕返しは絶対してやるからな。そうやってすまし
       てられないように、お前らの股をインキンでぼろぼろにして
       やる」
    と、卑屈に笑いながら続ける。

 ハカイシ 「あとで悔やんでも遅いぞ! お前らの股どころか、全身いた
       るところ、脳ミソの奥までインキンだらけにしてやる。いい
       気味だ。あやまっても泣いても金をくれても許してやらない
       からな」
    と、一気にまくしたてる。

    佐伯が、地面に置いたバケツに消毒液を流し込む。

 ハカイシ 「お、おいッ、何してるんだ?」
    と、急に怯えた様子。

    金森がうなずくと、佐伯はバケツを持ち上げる。

 ハカイシ 「まさか? 止めろよ! わかったとも、いまの言葉は取り消
       す。お前たちのことはなんにも恨んでない。だから止めてく
       れ。なあ、友だちだろ」
    と、体をよじらせつつ嘆願。

 金森淳  「ああ、ハカイシとは仲のいい友だちだと思ってる」

 佐伯哲男 「でもねえ、インキンくんとは友だちになりたかないんだよ」

 金森淳  「お前だってそうだろう。だから、俺たちが退治してやろうと
       思うんだ」

 佐伯哲男 「悪く思わないでくれ」
    と、バケツいっぱいの消毒液を股間めがけてぶちまける。

 ハカイシ 「うわぁ~ッ」
    と、大仰にのたうつ。

 金森淳  「ハカイシを思えばこそ」

 佐伯哲男 「病は憎めど、人は憎まず」

    二人はブラシでその股間をゴシゴシこする。

○  職員室

    上手にある窓際の席。

    黄ばんだタオルで汗を拭きながら本を読む教頭。

    暇を持て余すように鼻をほじくったりする。

    山と積まれた書物は、『教職員服務マニュアル』『学校法人読本』
    『学習治療事例百撰』『学校講話の十二ヵ月』『教育現場における
    トラブル実態調査』など。

○  プール

    体育教師の武藤が戻ってくる。

    あわててプール掃除のふりをする男子生徒。

    と、武藤が真っ赤に腫れあがった物体を発見する。

    異臭を放つハカイシ。

 武藤完治 「(顔をゆがめ)これ、埋めたほうがいいんじゃないのか?」
    とつま先で背のあたりを突っつき、生徒に訊く。

    大きくうなずく生徒たち。

 金森淳  「でも、動かすと病原菌が散りますよ」

 佐伯哲男 「せっかく消毒したのに」

 武藤完治 「お前ら、冷たいやつだなあ。最後の面倒ぐらいみてやるもん
       だぞ」
    と、ハカイシの上体を起こす。

    息をこらえながらロープを解いてやる。

    その隙に乗じ、芝を転がるように逃れるハカイシ。

    一目散に駆けていく。

○  職員室

    耳を掻きながら本を読む教頭。

    と、内ポケットのスマホが振動。

    こっそり机の引き出しを開ける。

    と、盗聴装置のランプが点灯中。

    職務かのようにイヤホンを耳にする。

○  シャワールーム

    気持ちよさそうに汗を流す女子生徒。

    嬌声が満ちるナチュラルで無防備な姿。

    と、衝撃音とともにドアが突き破られる。

    猪のごとく、ハカイシが飛び込んでくる。

    騒然となる部屋。

    あっというまに膨らむ❝インキン注意❞の股間

    叡子が体をバスタオルでくるみ飛び出してくる。

    手にしたパイプで打ちかかる。

 ハカイシ 「誤解だあ! ウヘッ、アハッ、イタッ!」
    と、殴られながらもみんなの肢体に目がいく。

 長瀬叡子 「その目は何よ!」
    と、みずからのタオルをハカイシの顔に巻きつける。

    なんだか乳臭い。

    全員から袋叩きにされるハカイシ。

    ボコボコにされ、やっとの思いで逃げていく。

○  給食室の前

    マスクにゴム手袋をした係員が生ゴミを運んでいる。

    横を鼻をつまんで走り抜けるハカイシ。

    その異形と悪臭に給食室のおばさんが卒倒する。

○  中庭

    逃げてくるハカイシ。

    校舎からは生徒たちの歓声と笑顔。

    ホップ、ステップ、ジャンプと、池に飛び込み股を洗おうとする。

    尾てい骨を水底に打ちつけ、噴水台に頭がぶつかり、錦鯉が水面に
    浮かぶ。

    背後から追っ手が迫ってくる。

 武藤完治 「見つけたぞ!」

    声のうしろには金森と佐伯の姿。

    ハカイシはパンツの中に紛れ込んだ小魚を放り投げる。

    何と勘違いしたか、どよめきとともに後退する野郎ども。

    その間に全速力で逃げるハカイシ。

    校舎からは野次と怒号。

○  中央校舎の裏

    スピードを上げて必死に逃げるハカイシ。

    振り返り、中指を突き立てようとしたとき、全身に衝撃が走る。

    バックしてきた残飯回収のワゴン車と衝突したのだ。

    手足をばたつかせ、生ゴミにまみれて宙を舞うハカイシ。

    職員室の窓を突き破り、教頭のデスクの上まで弾き飛ぶ。

○  職員室

    絶妙のタイミング、すさまじい光景、スペクタクルな珍事。

    イヤホンを耳にした教頭の目の前で突然、窓ガラスが割れる。

    生ゴミとともに劣化弾のごとくハカイシが飛び込んでくる。

    あろうことか、その股間が教頭の顔面にみごと挟まる。

    呆然と目を合わせる二人。

○  昼下がりの太陽

    陽がかげり、建物の影が長く伸びる。

    それでも太陽はぎらぎらと輝く。

    空は雲ひとつない快晴。

○  グラウンド(放課後)

    カッターシャツ姿でサッカー部の練習風景を眺める金森。

    監督を務める武藤が大声で選手を叱咤する。

 金森淳  「これじゃあ、厳しいすね」
    と、監督の横でぶっきらぼうに声を出す。

 武藤完治 「そう思うか」

 金森淳  「大会まであと二週間でしょ」

 武藤完治 「だから頼んでる」

 金森淳  「やらない理由は、いろいろあるんです」

 武藤完治 「大会までのたった二、三週間のことじゃないか。どうせ暇な
       んだろ」

 金森淳  「決めつけないでほしいな」

 武藤完治 「昼寝ばかりしてるやつが何を言っておる」

 金森淳  「ちょうど文化祭に出す映画つくってて、俺は主役の一人なん
       です」

 武藤完治 「聞いておる。お前のような暇な人間だから選ばれたんだろう
       が、四六時中やっておるわけじゃなし、その合間でいい」

 金森淳  「受験勉強もあるし……」
    と、小さな声でつぶやく。

    大笑いする武藤。

 武藤完治 「お前がか? 冗談もほどほどにするんだな。担任先生もお前
       の成績をけちょんけちょんに言ってた。無駄だよ、ムダ」
    と、その頭を叩く。

    ムッとする金森。

○  生徒会室

    窓からグラウンド上の金森を見やる篠川。

○  学校の廊下

    ふてくされて歩く金森。

    その耳にピアノの音が聞こえてくる。

○  音楽室

    扉を開けるがだれも見当たらず、いぶかしげな表情の金森。

    隅に置かれたウッドベースを軽く爪弾く。

    室内に響く重低音。

    カーテンの陰で息を凝らす新井裕子。

○  裏庭

    焼却炉の前に立つ佐伯とザッカヤ。

    汚染されたハカイシの水着を処分している。

 金森淳  「(背後から)ちゃんと高温で焼いてるか。煙といっしょに菌
       が飛び散ったら学校中インキンだらけになっちまう」

    その声に二人が振り向く。

 佐伯哲男 「だからこうやって監視してるのさ。焼却炉なんて使ってるの
       バレたらまたクレームきちゃうから」

 ザッカヤ 「ジュンは、サッカー部に呼ばれたんじゃなかったの?」

 金森淳  「いいのいいの。俺たちにはやりたいことがいっぱいあるもん
       ね。気晴らしにもっと火をつけようぜ」

 佐伯哲男 「そうだ。今夜、裏山でキャンプしないか。ザッカヤの家には
       アウトドア用品がたくさんあったろ。夏を迎えるには絶好の
       セレモニーになる」

 ザッカヤ 「突然すぎるよ。クッパも誘って別の日にしない?」

○  裏山の草地

    いつもの場所に設営されたドーム型テントとタープ。

    静寂に身をゆだね、寝椅子に横となった金森と佐伯。

    宵闇の空に上弦の月が浮かんでいる。

 佐伯哲男 「……もう入っちゃったのかい、ジュン」

 金森淳  「こんないい感じで今日が終われると思わなかった」

 佐伯哲男 「夜はこれからなんだ。この環境をめいっぱい楽しもう」

 金森淳  「もちろん。取りあえず腹ごなしに焼きそばとカレーパンだ」
    と、テントの中に入って物色。

 金森淳  「テツボー、ラジカセを持ってきてんだろ?」

 佐伯哲男 「教室に置いてきた。スマホなら持ってるけど、ジュンの邪魔
       するつもりはないよ」

 金森淳  「ちょっとそれ、貸してくれないか」

 佐伯哲男 「あれ? ここでは自然のリズムに浸るから音楽なんていらな
       いって言ってたじゃん。やっぱり夜は必要と思うでしょ」

 金森淳  「これだよ、これ」
    と、佐伯の膝の上にオーディオブックを放り投げる。

    「星空のサウンド」という写真集付きのものだ。

 金森淳  「シュラフの隙間に紛れ込んでた。ザッカヤのものだろうが、
       今夜にもってこいと思わないか」

    佐伯は、スマホ画面をあちこちスクロールさせる。

 佐伯哲男 「ほらあった。この“ビッグ・ビッグバン”というアルバムも、
       今夜聴くのにぴったりだ」

 金森淳  「いいね」

 佐伯哲男 「そうこなくっちゃ」

    満面の笑みを浮かべる二人。

    星々に少し近くなった気がする。


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