
第1回: 2030年をどう描くか?
最悪のシナリオは絵に描いた餅か?
私たちの社会や経済が既存の枠組みから抜け出すことができず、結果的にこれまで通りのペースで大気中の温室効果ガスが増え続けて2030年を迎えた時、どのような世界になっているだろうか? この連載では、第一部「気候危機の現在」で見てきた現状をベースに、2030年の気候に基づくリスクアセスメント、もしくは被害想定を描いてみたい。
世の中には、ネガティブな予測は当たらないという見方もある。過去の予測を検証すると、そのほとんど全てが間違っていることが多いという。楽観論よりも悲観論が注目を浴びやすく、たとえ良いニュースの方が多くても目立たないから、というのがその理由だ。結果から判断すれば楽観論の方がより現実に近いということなのだろう。こうした意見を持つ人々の多くは、もっぱら「テクノロジーと優れたリーダーたちがすべてを解決してくれる」という信念に裏打ちされている。本当だろうか?
考えてみれば2030年なんてあとわずか5年後だ。今に比べ、目に見えて事態が悪化すると見なす方が、むしろ非現実的かもしれない。しかし…、温室効果ガスがどんなに増え続けようとも、盤石な世界文明、世界経済がそう簡単に影響を受けるはずはないと、みなさんは言い切れるだろうか。すでにエビデンスとして第一部で見てきたように、驚くべき速さで聞き捨てならない災害や影響が世界中で頻発している。これらを「温暖化とは何の関係もない。たまたま起こった異変に過ぎない」「しばらくすれば事態は落ち着く」と一蹴するだけの理由を見つけることの方が、むしろ難しいのではないか。
気温は1.5℃を超え四季が二季に
登山やハイキングをする人にとっては周知の事実だが、頂上に至る山道というのは、(富士山は別として)常に一直線に上り坂になっているわけではない。少し登っては少し下り、また登り坂になる。これを幾度も繰り返しながら徐々に高度を上げ、いつの間にか1000メートル、2000メートルの高みに達している。気候の変化もこれと似ている。急激な温度変化には敏感なわれわれも、高くなったり低くなったりを繰り返しながら何年もかかって段階的に上昇する温度には気づきにくい。とは言え、ここ数年の温暖化は科学者の予測を上回るスピードで進行中だ。2030年、世界の平均気温は産業革命期に比べて1.5℃を超えている可能性が高いと私は考えている。
気候の性質は「車は急に止まれない」と同じで、全人類が即日から温室効果ガスの排出をゼロにしたとしても、気温の上昇がすぐに止まることはない。すでに大気中や海水中に蓄積した過剰なCO2が減少しない限り、大気や海洋の温度上昇はさらに進み、さらに激しい異常気象を起こすからである。こうした状況は今後数世紀にわたって続くだろうと指摘する科学者も少なくない。
気候の極端化は季節の変化にも極端な影響をもたらす。日本の場合、5月頃から暑さが厳しくなり、春と秋の期間が縮んで四季が二季(長い夏と短い冬)へ変化していくと見られる。この予兆はすでに始まっている。気象庁によると、2023年の秋(9~11月)の日本の平均気温偏差は+1.39℃となり、秋の気温としては統計を開始した1898年以来の異常高温となった。11月でも9月中旬の残暑のような暑さだったし12月に入ってなお真夏日(25℃以上)となった地域もあったくらいだ。
気候リスクを企業活動に投影する
本連載では、上に述べたような2030年における気候を前提としたさまざまなリスクを企業社会に投影して描く。繰り返しになるが、「2030年における気候」とは、本稿を書いている現時点での社会・経済活動はほぼそのまま、そして私たちの危機意識もあまり高まることなく2030年を迎えた時の気候という意味である。
さらに別な表現をすれば、150年以上にわたって依存してきた化石エネルギーを代替エネルギーに転換していく努力は空転するばかりで、石炭・石油・天然ガスをこれまで通りに使い続けざるを得ない世界、大気中のCO2濃度が右肩上がりに増え続け、地球の平均気温の上昇が1.5℃を超えてしまった世界の姿である。もっとも、2030年に至るまでに世界の国々が何もせずに手をこまねいているというのは現実的ではないので、現在各国あるいは国際協調的に行われている気候政策や気候対策は継続されているものとする。
次回第2回と3回では、おおむねどの企業にも共通するであろう2つの視点から2030年を概観する。一つは「異常気象による企業への影響」。いわゆる「物理的リスク」のダイジェスト。もう一つは「移行期におけるビジネスへの影響」。こちらは「移行リスク」を中心としたダイジェストである。
物理的リスクや移行リスクはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース」提言に見られる用語だが、多くの大企業がこの提言に基づいて想定しているリスク・シナリオよりもシビアな内容となっている。大企業が開示している被害想定はどうも形式的な側面が強く、「そんなんで済むわけないでしょう?」というのが実感だからだ。
第4回では、気候危機がもたらす新たな問題について提議する。第5回以降は、上に述べたようなさまざまなリスクや影響を、企業別(業種別)の仮想事例として見ていく。
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