第15回:地球が熱いのなら冷やせばいい!?
夢の技術かそれとも…
一向に減らないどころか、依然として増え続ける大気中の二酸化炭素。国連が掲げる「世界の平均気温を1.5℃にとどめましょう」という呼びかけも、形ばかりのスローガンみたいなもので終わっている今日この頃だ。そうした中、地球温暖化によってもたらされる最悪の影響を避け、八方ふさがりの状況に少しでも光を見出そうというテクノロジーの研究が世界各地で進められている。
これは、いわゆる「ジオエンジニアリング」と呼ばれる技術のことで、大きく分けて2つの方法がある。一つは太陽光を遮る物質(エアロゾルなど)を大気中に放出して地球が受ける太陽光をコントロールし、地球の寒冷化を図ろうとするもの。ソーラー・ジオエンジニアリングと呼ばれている。この技術のヒントになったのは1991年のフィリピン・ピナツボ火山の噴火だった。成層圏に広がった噴煙に含まれる粒子が太陽光を遮り、1年余りにわたって地球の気温が下がったからだ。
もう一つの方法は、大気中の温室効果ガスを回収し、貯蔵する技術だ。いろいろなアプローチがあり、人工的・機械的あるいは生物学的な力を借りて、炭素を回収したり土壌、森林、その他の陸上の生態系における炭素蓄積量を増加させるものだ。後者の例では、海に鉄を散布することによって海中生物の光合成を促したり、CO2の吸収を促進させる海洋肥沃化や、大気中のCO2を吸収する植物をエネルギー源とし、その際に排出されるCO2を回収・貯留したりする方法(CCSと呼ばれる)などがある。
そのメリットとデメリット
ここで、ジオエンジニアリングのメリットとデメリットについて整理しておこう。まずメリットについて。CO2の排出量を削減できずに地球の平均気温が1.5℃を超えてしまうと、気候システムが劇的に変化して取り返しのつかない状況に入っていく可能性があるわけだが、それを避けるためにもジオエンジニアリングを採用すべきとの主張がある。しかしこれに関してはいくつかの問題点が指摘されている。
例えば成層圏にエアロゾルを散布することで寒冷化の効果を得るソーラー・ジオエンジニアリングの場合、太陽光を遮るのが目的であり、すでに大気中に蓄積している温室効果ガスを減らす効果はないわけだ。また、地球規模で展開しなくてはならないから、資金不足でエアロゾルの散布が追いつかない、規模が大きすぎて散布の効果が見えないといった理由で中断したりすると、短期間で急激な気温上昇を招く恐れがある。寒冷化の効果を持続させるには永続的に実施していかなくてはならないのである。
一方、二酸化炭素を回収して貯留するCCSの場合、非常に多くのエネルギーを消費するだけでなく、地下に貯蔵したCO2を半永久的に封じ込められるかどうかは保証されていない。また、コストも無視できないもので、ある試算では発電所のコストが2倍になり、電気料金も大幅に上昇する可能性があるという。しかもその実用化には数十年かかり、1.5℃目標の2030年までにはとうてい間に合いそうにない。
二兎を追いたい先進国の本音?
ジオエンジニアリングは、日本をはじめ多くの先進国や新興国が支持している。しかしそれは、もっぱら政治や経済界の関係者であり、世界の科学者たちは真逆の立場をとっている。ジオエンジニアリングという考え方が出てきた背景には、「経済には影響を与えずに地球温暖化の影響を低減したい」という期待があることだ。言い換えれば、これまで通り経済成長を追求すべく化石燃料の生産・消費は維持し、増えた二酸化炭素は回収技術などを通じて減らせばよいという考え方である。
このため、ジオエンジニアリングに否定的な目を向ける人々は、これらの技術は先進国が温室効果ガス排出量を減らす必要性から人々の目をそらす、あるいは化石燃料の減産を先延ばしするための口実に過ぎないと指摘する。先進国はジオエンジニアリング開発のために資金を集めたり途上国に研究費用を提供したりして、研究は拡大しているようだが、将来的な実用化のめどはほとんど立っていない。その間にも、エネルギー危機の影響などもあり、石炭・石油・天然ガスの生産・消費は増加傾向にあるのが現実だ。
ジオエンジニアリングの難点は他にもある。前に述べたようにジオエンジニアリングの実用化のめどがつくのは何十年も先だが、仮に早い段階で実用化できたとしても、地球規模で実地運用するためには莫大な資金が必要となる。そうした資金があるのなら、より効果のある実証済みの方法(再生可能エネルギーの普及やエネルギー効率化に向けた投資)に回す方が現実的であるという声も少なくない。
さらに、健康や生態系、気候への影響がどれほどなのか不明である点も気がかりだ。そもそもジオエンジニアリングは、地球規模で展開してはじめてどんな影響があるか否かが分かるもので、小規模な実験施設で理論的に検証できたとしても、それが安全である証拠にはならない。太陽光を遮ることにより植物の光合成が行われず農作物が育たない、栄養成分が作られない、人体に有用なビタミンDなどが作られず健康を損なう、気候のバランスが崩れてさらに経験したことのないような異常気象が発生する…。何が起こるか誰も知り得ない。そんなリスクを抱えているのが、ジオエンジニアリングなのである。