第5回:毎日の食卓と水にも温暖化の影響が
食料難の予兆
日本に住む私たちにとってほとんど無縁だった「食料難」や「食料危機」という言葉は、いよいよ現実味を帯びてきたかもしれない。ウクライナ侵攻による小麦価格の高騰は食の安全保障を脅かすと言われたものの、実際に影響を与えたのは主に中東やアフリカ諸国だった。しかしその一方で、日本の小麦の主な調達先であるアメリカやカナダ、オーストラリアでは、高温や干ばつの影響で不作となり、減産を余儀なくされている。いわば気候変動によって食の安全保障が脅かされているのだ。
こうした影響は小麦だけではない。異常気象のために米ジョージア州ではほとんどすべての桃が失われたし、テキサス州でも綿花のさやが大量に落ちてしまった。オリーブオイルの主要生産国であるスペインではオリーブの収穫量が落ち込み、イタリアではトマトの生産量が3分の1に減少した。いずれも熱波(猛暑)が原因である。
日本ではどうだろうか。2023年の状況を振り返ってみよう。まず新潟の米作農家は熱波の影響で米の品質等級が落ち、2023年は赤字になった。果実や野菜にも熱波の影響は及んでいる。例えば柿は収穫量が例年の半分以下に落ち込み、ぶどうも成熟が早まって房と実が小さくなってしまった。ブルーベリーは実が小さくしぼんで硬くなる被害が相次いだ。人参、トマト、ネギなども平年に比べ、軒並み2割~5割の高騰に。家畜への熱波の影響も深刻だ。山形県畜産振興課の発表によると、7月、8月の2ヶ月間に暑さが原因で死んだと見られる家畜は、牛が前年比で2.75倍、豚が2倍、鶏が10.6倍と激増した。
漁業のニューノーマル化?
昔は庶民の魚であったサンマも、近年はあまり獲れなくなったためか値段が高くなってしまった。長年サンマの漁獲量日本一を誇ってきた根室花咲港では、現在の漁獲量が10年前に比べて5分の1にまで減少しているという。温暖化の影響で漁場の環境が変わりつつあることは、疑う余地がない。
サケも同様だ。例えば三陸に帰ってくるサケの数が壊滅的な状況であると言われている。カナダでも同様の現象が起きている。どうやら日本やカナダに来なくなった分、ロシアやアラスカの沿岸の方にサケの幼魚が場所替えしたらしいのだ。温暖化の影響で日本やカナダの海はサケの幼魚が育ちにくい場所となり、代わりにロシアやアラスカの方が生育に適した水温になってきたのだ。
NHKニュースによれば、函館のスルメイカ(10年前に比べて10分の1)、氷見の寒ブリ(10年前に比べて4分の1)、長崎のサワラ(10年前と比べて半分)…、いずれも漁獲高は同じような極端な減少傾向を示している。しかしその一方で、これまで各漁場にはなじみのなかった新顔の魚が増えているという。
例えば北海道で急増するブリ(10年前と比べて6倍以上)などがある。以前なら長崎県や島根県など南方の海で多く獲れた魚だ。岩手県では南国の魚、シイラ(10年前に比べて10倍以上)、宮城県ではタチウオの漁獲量が10年前と比べて500倍に増加。このほか、宮城県では春に獲れないといわれたサバが激増、福島県では高級魚のトラフグやイセエビの水揚げ量が急増している。これらはすべて国内の事例だが、おそらく世界中でこうした異変が起こっているであろうことは想像に難くない。
山も下界も水不足
気温の上昇が常態化すれば少雨や乾燥化が進み、場合によっては深刻な水不足を招く可能性がある。昨年の夏、わたしが久々に北アルプスに出かけた時にもそれを実感した。山小屋の様子がいつとも少し違う。話を聞けば、その夏の北アルプスでは水不足が深刻になり、ペットボトルの販売制限や飲料水の全量持参を登山者に呼びかけているとのこと。今後も高温・乾燥化で山の雪解けが早まり、保水力が保てなくなると、山での水の確保はむずかしくなるかもしれない。
山に限らず、日本ではこれまでもたびたびダムの水位が下がって水不足となった。節水の呼びかけや場所によっては給水車の出動などがあったが、幸い比較的短期間で解消することが多かったようである。しかし高温と乾燥化がさらに進むと企業活動にも影響するような事態が起こらないとも限らない。それは海外の現状を見れば一目瞭然だ。
例えば欧州では輸送にライン川などの内陸水路を利用しているが、こうした河川の水位が低下して船が航行できなくなったり、フランスなどでは少雨のために水力発電量が減って電力価格の上昇や農業用水や飲料水の不足を招いた。マクロン大統領は、水をもっと注意して使うよう消費者に呼びかけると同時に「豊かさの終わり」を宣言したくらいだ。海外で起こっているこうした水不足による影響は明らかに気候変動が作用したものであり、今後日本でも起こり得る予兆ととらえた方がよいだろう。