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第12回:"石油製品"をめぐるジレンマ
石油を使わない社会なんて考えられない
私たち人間は、身体を動かし、脳を使うために日々エネルギーを摂取しなければならない。炭水化物はその代表的なものの一つで、西洋では小麦からパンを作り、東洋では米を主食として活動し、文明を発展させてきた。一方生物の生育や活動に欠かせない炭水化物と同じように、経済を動かすにもエネルギーを必要とする。その代表的なものは石炭・石油・天然ガスだが、ここではエネルギー需要だけではない「石油」の汎用的な利便性と脱炭素に向けたジレンマに焦点を当てて考えてみたい。
「石油」は電気エネルギーや内燃機関の駆動力、化学繊維やプラスチックをはじめ、ありとあらゆる形に変換されて、毛細血管のようにすき間なく生活の中に組み込まれていると言っても過言ではない。1859年に米ペンシルバニア州でドレークという人が油井機械堀りを行い、初めて一日30バレルの出油に成功して以来、消費者である私たちは石油の多大な恩恵を受け、その利便性を享受し続けてきた。
「今となっては石油を文明の基盤としない世界など考えられない。脱炭素社会への移行は歓迎するが、石油だけは手放すわけにはいかない。そんなことをしたら、経済は混乱し、モノの値段は高騰し、これまでの生活そのものが成り立たなくなる…」。と、ここまで具体的に考えなくても、多くの国民は車のガソリンはもとより、石油由来のすべての製品・商品がなくなることへの漠たる不安を抱えているに違いない。
洋服もサングラスもプラモもぜんぶ無くなる!?
「石油由来の製品・商品がなくなることへの漠たる不安」は、経済の混乱や商品の高騰だけではない。何よりも私たちの日常生活に深く浸透した利便性が失われることへのパニック感と言っては大げさか。よく、石油の使用を減らしていきましょうとだれかが呼びかけると、時々ヒステリックなまでに過激な反論が出ることがある。
例えば、石油から作られるプラスチック製品について「洋服(化学繊維)もサングラスもアクセサリーも台所用品もぜんぶ無くなってしまうぞ!」といった意見。しかし、レーヨンやテンセルは天然の木材などから精製された化学繊維だし、SDGsを実践している企業の中には、植物由来のプラスチックの代替材料を開発しているところもある。
そもそも常識的に考えれば、石油製品を世の中から完全に駆逐するなどということは、環境活動家のグレタトゥーンベリさんですら考えてはいないだろう。国際エネルギー機関(IEA)は、世界がクリーンエネルギーに移行するにつれて、化石燃料に対する世界的需要は2030年までにピークに達する見通しを示す一方で、石油需要は大幅には減少しないと見ている。
このことからも、生活や産業に欠かせない石油由来の原材料・製品・商品については、代替可能なものは代替するけれど、必要不可欠なものはそのまま残り続けると見た方が自然だ。ただしそのためには、廃棄時に大量にCO2を排出する"焼却"を避け、可能な限りリサイクルやリユースするための努力や工夫が求められることは言うまでもない。
すっかり生活になじんでしまった快適性や利便性を失いたくないという消費者の心理、石油製品でビジネスを営む多くの企業が抱く「食えなくなってしまうのでは」という漠たる不安。こうした焦りや不安が払拭されるのか、それともさらに膨らんで国民全体に広がっていき、より激しい抗議の嵐が吹き荒れるのか。微妙な時代に入ってきたと言える。
赤信号、みんなで渡ればコワくない
これまで述べてきたように、2030年や2050年を見据えた将来と言えども石油製品がこの世から完全になくなるわけではないことは確かだ。要は人間の活動を通じて排出されるCO2の量と地球が自然に吸収できるCO2の量とのバランスの問題であり、人類の英知を結集すれば必要最小限の石油を使用し続けながらカーボンニュートラルを達成することは可能であるとわたしは信じている。
しかしそれでもなお、石油の減産に対する根強い抵抗があることも事実だ。例えば産油国の中には、先ほどのIEAの予測を一蹴し、石油需要はこれからも増え続けると強気の姿勢でいる人たちがいるし、米石油大手のCEOは、有力紙に対して「2030年までに石油需要がピークに達するというIEAの予測は間違っている」と断言している。OPEC関係者は「石油産業への投資不足はエネルギー供給のリスクであり、継続的な投資が必要だ」と警告している。
また、ウクライナ侵攻やイスラエルの戦争はエネルギーの安全保障に関わる問題であるとして、引き続き化石燃料の開発を進めている国も少なくない。昨年EU(欧州連合)は2035年にエンジン車の新車販売を全面禁止する方針を変更し、環境に優しい合成燃料 「eフューエル」を使用するエンジン車を容認することで合意したほか、イギリスはガソリン車などの新車販売を禁止する期限を2030年から2035 年に先送りする方針を決めた。第二次トランプ政権は、これからパリ協定の離脱、化石燃料の増産に踏み切り、皮肉なことに世界最大のCO2排出国を目指そうとしている。石油にまつわる一進一退の攻防は今後もしばらく続きそうだ。