見出し画像

第6回:対岸の山火事は"対岸の火事"か?


地球が燃えている!

 前回は気温上昇に伴う食料・水不足について述べたが、今回は気温上昇が引き起こすもう一つの脅威、「山火事」の現状について紹介しよう。最近の大規模な山火事で記憶に新しいのは昨年のハワイ・マウイ島の山火事だろう。この大火災では、古都ラハイナを中心部に壊滅的な被害をもたらし、100人を超える多くの死傷者を出した。
 一方、ギリシャではEU史上最大(ニューヨーク市の面積より大きい8万1千ヘクタール)と言われる山火事が猛威を奮い、カナダでは今年の前半だけで950万ヘクタール(北海道の面積は834万ヘクタール)もの森林に火災が広がった。ちなみにカナダで発生した山火事による二酸化炭素排出量は2億9千万トンで、これまで最大だった2014年の約2倍に達したと言われている。一方ロシアでも、サハ共和国で111件の森林火災が発生、18万ヘクタールもの範囲に山火事が拡大した。
 過去にさかのぼれば、オーストラリア、アマゾン、アメリカなど枚挙にいとまがない。アメリカのシンクタンク「世界資源研究所」によれば、山火事の頻発で毎年800万ヘクタール(東京都の約40倍の面積)以上の森林が焼失しているという。この20年で火災による森林の喪失は、実に2倍に増えているのだ。
 一般に山火事の原因は、(とくに日本の場合)焚火やタバコなどの火の不始末が多いと言われているが、世界で起こっている広大かつ同時多発的な山火事の発生原因には当てはまりそうにない。高温や乾燥化が進む中で、落ち葉や木の幹同士の摩擦や落雷なども原因となり得るからだ。また、山が乾燥しやすくなる要因として高温の強風や冬の少雪も指摘されている。

日本では大規模な山火事は起こらない?

 ところで、世界で多発しているような大規模な山火事は、日本ではどうなのだろうか。林野庁によると、平成29年~令和3年の直近5年間の平均でみると、1年間に約1300件発生し、焼損面積は約7百ヘクタール、損害額は約3.5億円となっている。1日あたりに換算すると、全国で毎日約4件の山火事が発生し、約2ヘクタールの森林が燃え、約百万円の損害が生じていることになる。しかし近年の林野火災は、短周期で増減を繰り返しながらも長期的には減少傾向で推移しているという。
 記憶に新しいところでは、例えば2021年2月に栃木県足利市の両崖山が、2023年5月には長野県の霧ヶ峰などで山火事が発生した。一般に日本は湿度が高く、森林火災は起こりにくいと言われているから、これらはたまたま起こった火災に過ぎず、気候変動との関係性は明確ではない。しかし、過去の経験がほとんど当てはまらないような意外性と桁違いのスケールで発生するのが、気候変動がもたらす災害の特徴でもある。
 日本の森林面積は約2500万ヘクタールで、日本の国土の67%、3分の2が森林だ。ゆったりとした丘陵のような森が広がる中に、広い庭を持つ住宅が点在する欧米の住宅地とは異なり、日本では複雑に入り組んだ山の斜面にまで宅地開発が進み、家々がひしめき合っている地域も少なくない。しかも、道路の幅が狭く坂が多い。ひとたび大きな山火事が起これば、避難や消火活動は困難をきわめ、人口密集地域での火災と同じような人的、物的被害が及ぶ可能性は否定できない。

山火事によるビジネスへの影響

 海外の大規模な山火事の事例から分かることは、単に木々が燃えるのみならず、山や野原から下りてきた火が住宅や施設の建物などに大規模に延焼し、人々は煙にまかれ、最悪の場合、山もろとも町や村全体が火災で焼失してしまうという現実だ。このように森林火災というよりも都市火災の様相を帯びてくると、市民や企業への影響も計り知れないものになる。例えば2023年にカナダで断続的に発生した大規模な山火事では、次のような被害が見られた。
 一つは広範囲にわたって大気汚染が深刻だったこと。山火事の煤煙はカナダ国内のみならず、ニューヨーク州を含むアメリカ北東部にまで達した。これにより学校の屋外活動が中止となったり、呼吸障害が発生したりした。山火事の煙にはPM2.5や超微粒子(UFP)を含む粒子状物質(PM)が含まれ、健康への影響として咳や喉のかゆみ、副鼻腔炎、息切れ、胸の痛み、頭痛、目の痛み、鼻水、喘息発作の悪化などが指摘されている。とくに屋外で活動するエッセンシャルワーカーや、観光やシッピングを楽しみたい市民にとっては大きな痛手となる。
 次は旅客や貨物輸送への影響だ。山火事の煙が広範囲に平野部に流れ込むと、場所によっては航空機の運航に支障が出て滑走路が閉鎖される、鉄道が運休となる、高速道路や一般道が視界不良のため封鎖されるといったことが起こる。トラック輸送などの物流にも影響が出るため、工場では原材料や部品が届かず操業を停止したり、小売業でも商品や生鮮食品が入荷できなくなったりする。

山火事をあなどってはいけない。これだけ猛暑が長引いている以上、いつ、どの山から煙が立ち上っても不思議ではない時代に入ってきたと言えるだろう。

<< I. 気候危機の現在 に戻る
<< II. 気候危機の未来 に進む


いいなと思ったら応援しよう!