
第3回:気候適応に向けた移行期のリスク
今回は、気候変動が企業社会にもたらす自然災害以外の「移行リスク」に焦点を当てる。TCFD提言では、移行リスクとして「政策・法規制に関するリスク」「テクノロジーリスク」「市場リスク」「レピュテーションリスク」の4つが定義されている。本稿ではこれら4つに「金融」や「人材」に関する影響を加えて2030年を予測する。
(1)政策・法規制に関するリスク
2030年、各国政府は半ば常態化した気候災害を少しでも緩和すべく、カーボンプライシング(炭素税や排出量取引)をはじめとする規制や政策に乗り出している。企業はコンプライアンス上の課題、炭素税、排出削減目標に取り組みながら、刻々と変化する規制を乗り越えていかなければならないが、2030年時点でも遅々として対応や対策は進まない。自社の気候リスクとその影響について適切な情報開示を怠った企業は、株主から訴えられる。迅速な対策や対応を怠れば法的な措置や風評被害、金銭的な罰則につながるだけでなく、企業のコスト増を招いて収益を圧迫し、競争力が損なわれていく。
(2)市場リスク
この頃には、どの企業にとっても気象災害による損害と損失は身近な脅威であり、スローガンではなく中身のある持続可能な経営の実現が喫緊の課題となっている。この認識は産業全体に広がっているが、抜本的な解決策が見えてこず、大企業から中小零細企業に至るまで頭を抱えることになる。かつては強靭であったグローバル・サプライチェーンは気候危機下でその脆さを露呈する。気候変動が関わるインシデントは今や世界同時多発的に発生し、自社のビジネスにどう影響するかも不透明。企業は手探りの状況の中でコストの増加、資源不足、生産の不安定化、市場価格の変動に対処しなくてはならない。
(3)テクノロジーリスク
テクノロジーリスクは、低炭素社会への移行を目指すテクノロジーの急速な進歩に乗り遅れるリスクである。再生可能エネルギー、蓄電池、エネルギー効率の改善、炭素回収等のテクノロジーの進歩に乗り遅れた企業にとっては大きなリスクとなっている。持続可能な技術への移行に伴い、既存の技術や設備が座礁資産化し、新技術の導入にコストや課題が発生するのは避けられない。ただし2030年時点でも、日本は化石燃料や原発との共存も図りたいと考えており、グリーンテクノロジーへの投資や企業支援は限定的だ。これらの対応は遅々として進まず、多くの日本の企業が世界とのギャップに苦しむことになる。
(4)レピュテーションリスク
海外ではゼロエミッションに向けた法的な規制が強まっている。適切に法令を遵守できない場合、企業ブランドが損なわれ、社会的な信頼を喪失する可能性がある。この影響は顧客や株主にも及び、企業価値を減少させる可能性がある。海外では消費者も投資家も株主も、苛酷な気象災害に直面して不安と怒りの矛先を企業の責任に求めている。日本国内ではこうした市民レベルの大規模な抗議は起こりにくいが、脱炭素に後ろ向きな企業や遅れをとった企業は評判を落とし、顧客の信頼を失う。遅かれ早かれこうした企業の業績は悪化し、事業の存続を危うくすることとなる。
(5)評価リスク
金融セクターは気候リスクに最も敏感に反応する分野の一つだ。一向に二酸化炭素の排出が止まらない中、内外の投資家は気候変動の重大な影響を認識し、企業のレジリエンスと危機対応姿勢を精査している。株価の評価、資本へのアクセス、信用格付けが気候変動リスクのマネジメントと絡み合い、企業の財務状況が再構築される。投資家や市場は、異常気象に見舞われやすい地域で事業を展開する企業の持続可能性やレジリエンス性を見直すだろう。気候関連リスクへのエクスポージャーが大きい企業は、投資誘致の課題に直面し、株価の下落や資産価値全体の減少につながるだろう。
(6)人材の流出
2030年の経営では、環境意識と企業倫理を重視しなければ企業としての信頼性を獲得することはできない。形だけのSDGsや環境キャンペーンではすぐに見抜かれる。何よりも問われているのは、その企業の実効性ある持続可能な経営手法と脱炭素、従業員の命を守る取り組みだからである(体感温度45℃の炎天下での外仕事を想像してみるとよい)。これらに応えられない企業は、より強い環境コミットメントを持つ競合他社に優秀な人材を奪われる。人材の流出はイノベーションと生産性に影響を与えるだけでなく、次世代の熟練社員不在による労働力空洞化のリスクを負うこととなる。脱炭素に向けた風土が築かれていない企業には人材が集まらず、生産性の低下や売上減に直面する。
このように、気候変動の進行に伴い企業が2030年頃に直面するリスクは、明白かつ多面的である。異常気象の痛手を被るだけでなく、経済政策や国際協調といった世界の動きとのギャップや自社の環境意識の低さがそのまま経営の未来を左右する。積極的な適応、持続可能なビジネス慣行、企業責任へのコミットは、かつてないほど緊急性を増すことになる。
<< II. 気候危機の未来 に戻る
<< I. 気候危機の現在 に戻る