セミナー・展示会のインターネット動画配信について
この投稿は #SaaSLovers バトンブログ(2020年3月1日〜3月31日)の3日目です。
はじめに
集団感染の拡大を抑止するため、セミナーや展示会の中止を通知するメールやニュースに接することも珍しくなくなりました。マーケターの端くれとして、セミナーや展示会の準備がいかに大変かを理解しているので、これらの通知を見るたびに心が痛みます。同時に、これを機にセミナーや展示会のDXに取り組む企業も多くみられ、ピンチをチャンスと捉えるマーケターの力強さを感じています。
以前より、アメリカやEU圏では、地理的な問題によりウェビナー(Webinar)や動画のオンデマンド配信、ライブ配信が見込み顧客との一般的なコミュニケーション・ナーチャリング手段として浸透しています。ところが、日本は東京一極集中が毎年進んでいることもあり、海外に比べてウェビナーやライブ配信が一般化してきませんでした。また、海外では有償のセミナーや展示会が一般的ですが、日本では無償のセミナーが主流のため、気軽にオフラインセミナーに参加できる背景があります。ところが、集団感染の拡大により、多数の方(特にSaaS企業の方)からセミナー・展示会のインターネット動画配信についてお問い合わせを頂くことが多くなりました。そこで、今回はどのように動画配信を検討・実現すべきかについて、できるだけ中立的な目線で寄稿します。
ブロードキャスト配信と双方向配信
まず、一口に動画配信と言っても2つの種類があります。ブロードキャスト(片方向)配信と双方向配信です。ブロードキャスト配信で代表的なものはテレビ放送やYouTubeですが、Twitch、SHOWROOMなどのサービスも含まれます。ブロードキャスト配信において、視聴者は動画を見ることはできますが、動画による双方向通信(インタラクティブ性)はありません。その代わり、チャットやコメント投稿などのテキスト情報により双方向性を実現しているサービスが多くなっています。一方、双方向配信はSkypeやHangout Meet、Zoomのような商品に代表されるもので、Web会議システムとも呼ばれる製品です。前提として、ブロードキャスト配信と双方向配信はそもそも設計思想が異なり、似て非なるもので互いに比較すべき対象ではないことをご理解ください。それぞれに良い面・悪い面があるため、用途によって使い分けすることを推奨します。
ブロードキャスト配信とは?
ブロードキャスト配信は、視聴人数を問わず安定した配信を求められる場合が多く、画質や音質を重視した動画配信システムです。数千〜数万人という視聴者が同時に視聴しても、極めて安定した動画配信を実現するサービスが多くなっています。また、ブロードキャスト配信の種類にはオンデマンド配信とライブ配信の2種類があります。
セミナー・展示会をインターネットライブ配信する場合、まず最初にライブ配信の必要性が本当にあるのかを検討することをお薦めします。ライブ配信には、リアルタイムならではの緊張感や、一度しか見れない(※1 )というプレミアム感があります。ところが、ライブ配信は規模が大きくなればなるほど、失敗できない(撮影の失敗や、システムダウンが許されない)という緊張感が常に付きまといます。リスクを回避するには撮影や配信システムの安定性や冗長性を担保する必要があり、それらがコストや工数に跳ね返ります。どうしてオンデマンド配信できないのかを十分に検討したうえで、ライブ配信の実施有無を判断してください。
少し話が逸れましたが、上記の通り、ブロードキャスト配信は安定した動画配信を最優先したシステムです。代償として動画による双方向通信の機能を持たないのですが、チャットやコメント投稿機能により双方向性を補完している場合があります。YouTubeやFacebookがもつライブ配信機能は、その代表的な製品です。SHOWROOMなどはテキスト情報による双方向性によって成り立っていると言っても過言ではないでしょう。
双方向配信とは?
次に、古くはWebexや、現在注目されるZoomは、2名以上の双方向通信が可能な動画配信システムです。視聴者が互いに動画でコミュニケーションをとれるのが最大の特徴で、インタラクティブ性が極めて高い動画配信を実現するサービスです。双方向性を実現するため、ブロードキャスト配信に比べて画質・フレームレート・音質を犠牲にしている場合が多くありますが、コミュニケーションのリアルタイム性を重視して設計されているため、画質を追求する利用者は少なく、それらの弱点を不満に思う利用者は多くないでしょう。
それどころか、デスクトップの共有は勿論、議事録機能やユーザー管理機能などの様々な機能が豊富に取り揃えら得ており、誰でも簡単に双方向性をもつ動画配信を始めることができます。以下の投稿は、双方向型配信システムの典型的な成功例と言えるでしょう。
ブロードキャスト配信の短所と長所
まず、動画配信にはブロードキャスト配信と双方向配信が存在することを理解頂いたうえで、企業がインターネットライブ配信する際に、何を重要視するか?によって、どのようなサービスを選択すべきかが変化します。以下にそれぞれの短所と長所を記載しました。
YouTube Liveなどに代表されるブロードキャスト配信の弱点は、エンコーダーやカメラ(Webカメラ)、場合によってはマイクなどを別途用意し配信する必要があることです。エンコーダーという聞き慣れない言葉を見て、反射的に嫌悪感を持つ方も多いでしょう。エンコーダーを簡単に説明すると、カメラで撮影した動画を圧縮し、Web上で配信しやすく変換するソフトです(エンコーダーの詳細についてはこちらに分かりやすく記載されています)。
インターネット上で動画を配信する際には、視聴者へできるだけ高画質でネットワーク負荷が少ない配信環境を実現する必要があります。そのため、クラウド上にある動画配信サーバーへ動画をアップロードする前に、カメラで撮影した動画を圧縮する必要があるのです。ハードウェア型やソフトウェア型のエンコーダーが存在しますが、近年はSNS上のライブ配信普及とともに、OBSやWirecastなどに代表されるソフトウェア型のエンコーダーが台頭してきました。
特にOBSは無料のツールであることから、YouTube Liveやニコニコ動画などでゲーム実況配信をされている方に多く利用されています。以下のWebサイト以外にも、操作方法について詳しく記載されているWebサイトが多数存在しています。誤解を恐れずに言えば、エンコーダーの仕組みを理解し、ゲーム実況配信の仕組みを理解すれば、セミナーのブロードキャスト配信は可能です。
エンコーダーの設定や操作は、皆様が想像されるよりは簡単です。また、動画の画質や音質の設定のみならず、デスクトップやブラウザの投影や、複数カメラのスイッチングなど、様々な設定・操作が可能です。しかしながら、大抵のWeb会議システムは、ITや動画の知識がなくとも動画配信を実現できるように、ユーザーインターフェースが設計されています。そのため、双方向性型の動画配信システムに比べると煩雑であることは否めないでしょう。更に、ソフトウェア型のエンコーダーはCPUに高負荷を与えるため、エンコーダーが推奨するスペックのPCを用意することが必須です。
ここで、YouTubeやFacebookなどのスマホアプリにおいて、なぜエンコーダーを接続せずともライブ配信ができるのか?と思われた方も多いでしょう。これらのスマホアプリには、ソフトェアエンコーダーが予め組み込まれている、もしくはクラウド上にエンコーダーが用意されています。そのため、細かな配信設定や操作はできませんが、簡単にライブ配信を始められるのです。(※2 )
また、ブロードキャスト型の動画配信には、数秒から数分の遅延が発生するという弱点もあります。詳しい説明は割愛しますが、動画を安定して配信するために、クラウド上でトランスコードの処理やCDNサーバーによる負荷分散処理を行うため、実際の撮影現場より遅延が発生するのです。この遅延が発生すればするほど、双方向性を補填しているチャットやコメント投稿機能が意味をなさない状態になるので注意が必要です。
弱点ばかりが目立つブロードキャスト配信ですが、優れている点も多数あります。ブロードキャスト配信は、インターネット上のオンデマンド配信に起源があり、再生までの速度や、再生の安定性、画質・音質を重視した設計になっています。そのため、視聴者は再生ボタンを押下するだけで、快適に動画を視聴することができます。
双方向配信の短所と長所
一方、双方向型の動画配信システムは、出張経費の削減、働き方改革の一貫などで企業にも広く普及しています。ネットワーク環境の充実により、安定した双方通信も可能となってきました。しかし、双方向配信の弱点は、視聴者が利用する個々のPCやシステム、もしくはブラウザの設定により、動画の双方向通信が実現するまでに時間を要する場合がある点です。Web会議システムを頻繁に利用した方であれば、初めて会議をする相手と会議を開始するまでに何かしらのトラブルが発生し、時間を要した経験をお持ちでしょう。大事な打ち合わせで、なぜかカメラやマイクが動画配信システムに認識されず(大抵の場合がシステム自体ではなく、システムの設定に誤りがあります)、予定していた会議開始時間に会議を始められなかった苦い経験をお持ちの人も多いのではないでしょうか?
また、最近のWeb会議システムには少なくなりましたが、何かしらのブラウザ拡張機能や、アプリケーションのインストールを求められる双方向型の動画配信システムは未だ存在します。他にも、ログインやアカウントの作成を求められる無償サービスがあります。大手企業ほど、情報システム部門によって、これらの拡張機能やアプリケーションのインストール、アカウントの作成が禁じられている会社も多いでしょう。
このように、参加者の通信する端末やOS、ブラウザが動画配信システムの要件を満たさない限り、双方向通信を実現できないことがあります。これは、双方向通信に参加する人数が増加するほど、双方向通信がうまくいかないリスクを孕むことになります。ITに詳しくない方が参加すると、このリスクはより大きくなるでしょう。Web会議システムへの接続以外にも、操作に不慣れでマイクがミュートされていない(もしくは音が大きすぎる)といったトラブルが発生する場合があります。
とはいえ、一度双方向通信が上手くいけば、インタラクティブに会話ができるのが最大の強みです。聞き取れなかったことや不明点があれば、その場で質問をすることも可能ですし、互いの表情を確認することで、相手の感情を読み取り会話することもできるでしょう。ライブ配信後のオンデマンド配信を想定されていないサービスも見受けられますが、配信内容をアーカイブする機能を持つ有償サービスもあります。お互いのデスクトップや資料を共有することで、より深い相互理解が可能となります。このように、様々な機能において、特にマニュアルを読むことなく簡単に操作できるのが双方向配信システムの優れている点です。
ブロードキャスト配信と双方向配信の性質
ここまで、ブロードキャスト配信と双方向配信の特徴を記載しました。ただ、どのように使い分ければ良いのか、まだ検討がつかない方も多いでしょう。そこで、ブロードキャスト配信と双方向配信のイメージをそれぞれイラストにしてみました。
まずはブロードキャスト配信について説明します。オフラインに例えると、ブロードキャスト配信は登壇者が視聴者に一方的に語りかけるイメージです。登壇者と視聴者には見えない境界線が存在し、登壇者が公演中に視聴者が発言することは許されていません。登壇者もしくは運営者が、視聴者に発言を許可した場合のみ、視聴者は発言(質問)することができます。YouTube Liveのゲーム実況や、SHOWROOMでアイドルが個人配信を実施す際も、視聴者はチャットやコメント投稿が可能ですが、読み上げるか読み上げないかは登壇者や運営者が判断します。つまり、登壇者と運営者の立場が視聴者に比べて強いのがブロードキャスト配信の性質と言えるでしょう。
視聴者を運営者側がコントロールしたい場合に、ブロードキャスト配信は有効です。オンラインの場合、参加者の上限数を気にする必要が無いのも特徴です。
双方向配信はオフラインに例えると、参加者同士が対等に語り合うイメージです。参加者には発言権があり(※3)、参加者同士が積極的に意見交換することが可能です。参加者が発言した場合、残りの参加者がその発言を無視することは基本的にありません。さらに、お互いの資料を共有することも可能です。つまり、参加者間に大きな格差は無く、参加者全員の会話からリアルタイムに結論を導き出すことができるのが双方向配信の性質です。
オフラインの会議と同様に、自由に発言できる参加者が増えれば増えるほど議論が紛糾し、結論を導き出すことが難しくなります。また、運営者が予期しない発言をする参加者も存在するでしょう。とはいえ、運営者が過度な制御をすると、双方向配信の魅力は色あせてしまいます。運営者の適度なバランス感覚が求められるでしょう。
有償サービスと無償サービス
ここまで、ブロードキャスト配信と双方向配信について詳しく記載しました。前述の通り、それぞれの特徴を理解し、目的によって使い分けを頂くことを推奨しますが、どちらの動画配信方法にも無償サービスと有償サービスが存在します。様々なサービスが存在するため、一概には言えないのですが、その差はセキュリティ・機能制限・保証・サポートです。
ブロードキャスト配信において、無償サービスの多くは動画を広く公開する目的で設計されています。そのため、限られた参加者に限定して動画を公開したい場合に不向きなことがあります。有償サービスにおいては、その公開範囲を設定でき、自社のWebサイト(もしくは会員サイトやイントラサイト)にアクセスできる視聴者だけを対象に、動画を公開・配信することが可能です。また、社内の端末からYouTubeやFacebookの閲覧を禁止されている会社も未だ多く存在します。この点も視聴者の属性によっては考慮すべきでしょう。
双方向配信においては、無償サービスの多くが、参加者の上限数や機能に制限を設けています。例えば、無償サービス(もしくは無償版)は会議の録画(アーカイブ)ができないことや、自社のドメインを利用できないなどの制限が存在します。有償サービス(もしくは有償版)は、これらの制限を取り払うことができ、より効率的でセキュアな運用が可能になります。
ブロードキャスト配信・双方向配信を問わず、有償サービスは稼働率を保証していたり、日本語によるサポートを用意していることが多くなっています。非常に重要、もしくは有償のセミナーや展示会をライブ配信する場合、これらの保証やサポートが選定に際して重要視されるでしょう。
まとめ
動画配信に様々な方法があることを理解頂けたと思います。まずは、本当にライブ配信の必要性があるか(オンデマンド配信ではなぜ駄目なのか)を考慮し、ライブ配信の必要性がある場合はブロードキャスト・双方向配信のどちらが適しているかを検討してください。その後、予算や要件に応じて無償・有償サービスのどちらが適しているかを思慮ください。
セミナー・展示会を単にインターネット動画配信に置き換えることは、真のDXとは言えません。インターネットならではの魅せ方や、構成を検討することが必要です。また、取得できる視聴データをどのように活用するか検討することで、オフライン・オンラインを問わず、より良い結果を得ることができるでしょう。
インターネット動画配信の普及により、マーケターによってオフラインイベントの意義が再度検討されることが予測されます。オフラインにはオフラインのメリットが必ずあるため、それが今後どのように再定義されるか楽しみです。
※1 一部サービスはDVR機能により巻き戻し再生を実現可
※2 YouTubeは2018年よりエンコーダーが無くともライブ配信可能
※3 有償サービスの多くは発言権の制御が可能