Jリーグ関係者が恐れる「地獄の門」は何をもたらすのか
序
地獄という言葉を聞いて何を想像するだろうか。それは絶え間なく続く、様々な責め苦を受けるとされる世界を思い浮かべるだろう。
サッカーで「地獄」と言われる状況は、下部リーグへの降格が例えられる。スペインやイタリアでもよく使われる表現の一つだ。
ただ日本ではそれほど耳にする言葉ではなかった。だが近年一部のJリーグ関係者からこの「地獄」という言葉を耳にすることがある。それも「地獄の門が開こうとしている」といった具合にだ。
このJリーグ関係者(主にJ3)がいう地獄の門とは何か。その地獄を明らかにする。
関係者が畏怖する地獄の門とは
ここでいう地獄の門は、J3とJFL(4部相当)との昇降格制度の導入を指す。これまではアマチュア最高峰リーグのJFLで上位に入ったJリーグ百年構想クラブ(Jリーグに入会するための資格を持ったクラブ)がJ3へ参入してきた。
そしてJ3の下位チームがJFLへ降格することはなかったが、それも終わりが近づいている。J3の定数は20チームで、今季は18チームと後2チームがJ3に加盟すればリーグの定数が満たされる状況。降格導入の足音が聞こえ始めた中、一部の関係者は「地獄の門が開く」と恐怖している。
昨年時事通信がこのような記事を配信した。内容はJ3とJFLの入れ替えの実施を最速で23年シーズンに実施する可能性を示唆したものだった。今季のJFLはFC大阪と奈良クラブが上位4位以内に入っており、このままJリーグへ加盟すれば定数は満たされるため、実施する可能性は高いだろう。
さて、この制度導入は果たして地獄の門なのだろうか。私は健全な競争を促すカンフル剤と捉えているが、同制度導入をネガティブに捉えている関係者が少なからずいるのも事実だ。
なぜ恐れるのか。それはぬるま湯と化したJ3の実情が影響している可能性がある。
ぬるま湯と化したJ3
では具体的にJ3はどのようにぬるま湯と化しているのか。降格がないのであれば、J2ライセンスを保有しているクラブはすべからくJ2昇格を目指していると考えるだろう。だが実態は異なる。
数年計画でJ2昇格を掲げているチームもJ3に所属している。そして通常では考えられないほど連敗、白星を挙げることができなかったとしてもシーズン途中で監督の解任を実施しないクラブも存在する。例えるなら12試合以上勝ち星なし、5連敗でも監督の首が切られないなど、J1やJ2ではありえないことが起きている。
選手の起用も偏っていることも多く、お気に入りと言われている選手を起用し続け、事態を改善するためのテコ入れをしないなど現場では問題が多発している。連敗街道を突き進む指揮官の首を切らなかったために、選手のモチベーションは削がれ、スタッフも疲弊していく。
そして一番の被害者はスタジアムへ足を運ぶサポーターだ。夢も希望もない試合を見せられ続けることは、正に地獄以外のなにものでもない。監督解任により発生する違約金を支払いたくない腑抜けたフロントのせいでサポーターの抱く夢や希望が汚されている。
さらに成績不振で客入りが少なくなれば、フロントは広報などの裏方に何か案を出せと迫り、知名度の低いお笑い芸人やアイドルグループをスタジアムに呼んで客入りを図る。
まだタレントを呼べるだけマシかもしれない。資金力のないクラブはタレントを呼べるはずもなく、広報が寝る間も惜しんで客入りのイベントを考えて実施するも、大半が焼け石に水で終わる。
なぜならサポーターはサッカーの試合を見に来ているからだ。ファンが求めるのは応援するチームの勝利。その本質から目を背けて手練手管を指示する間抜けなフロントが、クラブを破壊している。
それもこれも下位ディヴィジョンへの降格がないため、緊張感もなく現状に満足して胡坐をかいているのだ。リーグ関係者はこういった怠慢な運営を続ける一部のクラブに首をかしげている。
地獄の門へ落ちた海外クラブの実情
プロリーグからアマチュアリーグへ降格した場合、大幅な減収などが予想される。入場客の減少、放映権収入の喪失、スポンサーの撤退など多岐に渡る。
そのためクラブの事業規模の大幅な縮小や最悪クラブの消滅も起きかねない。では海外のプロディヴィジョンからアマチュアリーグへ降格したチームはどのような道を辿っているのか。比較的日本に近いリーグ運営をしている国を参考に見てみよう。
リーグのコンプライアンスが整備されていて、プロディヴィジョンが3部以上設置されているイングランド、ドイツの降格クラブを表にした。
上記の表は2011-12シーズンから2020-21シーズンの過去10シーズンで、アマチュアリーグへ降格した後にプロディヴィジョンへ再度昇格したチームと降格後に消滅したチームを表にまとめたもの。
英国は8チームが再昇格を果たし、2チームが破産により消滅。ドイツは7チームが再昇格した。
例え大幅な減収があったとしても、向上心のあるチームは心を入れ替えてプロディヴィジョン復帰を目指す。これが健全な競争であり、本来あるべきフットボールリーグの姿と考える。
プロを目指す新進気鋭のチームと再びプロ復帰を目指す名門チームが昇格をかけた死闘を繰り広げることで、健全な競争が生まれて国内プロサッカーの底上げに繋がる。その機会がない日本サッカー界は貴重な成長の機会を失っている。
門の先にある健全な競争と新陳代謝
関係者が必要以上にJFL降格を地獄の門などと恐れる事態は健全な競争からかけ離れている。
2012年シーズンJ2最下位でJリーグ正会員資格を消失してJFLへ降格した町田ゼルビアは苦しみながら、J3を経て2015年に大分との入れ替え戦を制してJ2復帰を決めた。2018年にはJ2で4位に入る躍進を果たすなど、今もJ2で存在感を示している。
アマチュアリーグに降格を恐れることよりも、一つでも上のディヴィジョンを目指さなければいけない。アマチュアリーグへの入れ替えは現状を考えれば、避けられない状況だ。
守勢に回れば大きな野望を抱く新進気鋭のクラブたちに後れを取るだろう。Jリーグクラブは本拠地を置くホームタウンにとって夢や希望を与える存在でならなければならない。それを放棄して怠慢な運営をするのであれば、その存在価値はない。
プロサッカーチームは後ろを見ず、ただ前だけ見て突き進む以外の選択肢しかないのだ。停滞するクラブはアマチュアリーグへ落ち、前を進む覚悟を持ったチームがJリーグに参入する新陳代謝はリーグの発展、日本プロサッカーの底上げに繋がる。健全な競争が生まれたJ3は今までにない魅力を生むだろう。
結—ありもしない門を恐れるな—
J3リーグの取材をしていて、本気で上を目指すチームを多く見てきた。一方で、現状維持といったような言葉で怠惰な経営、チーム運営をするクラブもあった。
とある地方の報道関係者(いわゆる番記者)は「降格がないから色んな戦術を試すことができる実験場ととらえている。某監督が生き生きしていていいですね」と成績不振を擁護するように話していた。確かに某監督は生き生きしていたが、練習に取り組む選手たちから覇気を感じられなかった。
選手もサポーターも勝利以外必要としていない。それが誰かのエゴによって曲げられるのであれば、選手やサポーターがそのエゴの犠牲になってしまう。そんなことあってはならない。
地獄の門とありもしないものを思い浮かべて、怯えないでほしい。あなたたちがやらなければいけないことは、サポーターに夢や希望を与えることだ。すべてのプロサッカークラブは前だけを見据えて突き進むことを切に願う。<了>
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